異世界マッチョ

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69 マッチョさん、有名人になっていることに気づく

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 クレイとダニエルとは竜族の里で別れた。結局最後までどっちがクレイでどっちがダニエルだったのか分からなかった。だいたい私は筋肉の付き方で人を見分けるのだが、あまりに肉付きが似ていると本当に誰だか分からなくなる。
 ジェイさんが私たちとともに人間国を訪れることになった。今後は里長代行の役割も担うので、ジェイさんの判断が龍族の判断となる。魔王を倒す手がかりを探し、他の勇者と出会い、精霊の恩寵に報いたいのだそうだ。竜族の宗教的な姿勢を考えるとそういう行動になるのか。  

 里長から餞別にと、かつて魔王を封印した時に竜族が使っていたとされる三叉鎗をもらっていた。うーむ。伝説の武器というとカッコよくて強そうな気がするが、現実問題として数百年前の武器というものは使いものになるのだろうか。
 ジェイさんは奥さんに別れを告げ、私たちに紹介してくれた。が、龍族というだけで見分けをつけるのが大変なのに、女性となるともう完全に分からない。話の流れ的に美しく聡明で優しい女性なのだということだけは分かったが、もう一度龍族の里に来て会ったとしても誰だか分からないだろう。あとで聞いてみたらフェイスさんにも分からなかったが、ツイグだけは女性だと分かったようだ。彼女のチャームポイントを指摘してジェイさんと盛り上がっていた。ツイグ、なぜそこまで分かるのだ。

 今回の魔物襲撃によって、竜族の人たちはずいぶんと考え方が変わったらしい。人間族との交流を認めることや、対魔物の軍事協力などがあっさりと決まった。竜族の里の場所が場所なので、なかなか機動力を持った対応は難しいだろうとは思うが。
 タカロスさんは軍事顧問として竜族の里に受け入れられることになったが、私たちと一緒に一度王都へ帰ることになった。裁可も無しに人間族がこうも山に消えたら、さすがに訝しがられるだろうとのこと。それもそうだ。今回は龍族の里に危機があったから長期滞在になったのだ。

 帰りはタカロスさんの部隊の撤収と同時なのでこれまたラクではあった。山道なので当然歩かなくてはいけないが、水や食料を自分で持たなくてもいいし歩哨もしなくていい。
 こういう旅で私は十分だ。サバイバルに近いような旅などもう経験しなくてもいい。あれは筋肉に悪い影響がありそうだ。
 西の廃墟からタベルナ村まで向かい、きちんとしたタンパク質を補給して一泊した。またしても村長さんは留守か。今度はどこでなにをやっているのだろうか?
 こうやって肉を食べていると、川魚を用いた栄養摂取がいかに難しいのか分かる。ふつうに生きていくだけならあの程度のタンパク質で十分なのだろうが、私の肉体ではかなり厳しいと思った。そもそも私は川魚で肉体を作ったことなど一度も無いし、そういうトレーニーの話も聞いたことが無い。
 やはり家畜があってこそのトレーニーなのだ。

 ソロウで一泊して明日にでも王都に向かおうということになった。今回の旅は強力過ぎて私もツイグも随分と消耗してしまった。ソロウのギルドも久しぶりな気がする。ルリさんも久々に見たな。
 「今度はなにをやったんですか、フェイスさん・・・」
 「なにって、龍族が困ってたんで魔物退治をしてきた。固有種だったんで魔石も取れた。タカロスの部隊が王都にもう運び込んでいるはずだ。」
 タカロスさんの部隊はタベルナで休まずに一気に王都まで帰って行った。軍属というのはやはり大変なものだな。
 「王都にできるだけ早く出頭するようにという話でしたよ。マッチョさんも来るようにとのことです。」
 王にしてみれば、なにがあったのか当事者からできるだけ早く話を聞きたいだろう。私がいきなり山に連れていかれて消えたと思ったかもしれない。王に詰められて困ったら、予定通りフェイスさんのせいにしよう。
 「今回は大事な客人もいるんだ。龍族のジェイだ。長旅だったし王都は明日でいいだろう。適当に使者を出しておいてくれ。そうすりゃ謁見の準備もしておいてくれるだろう。」
 「龍族の勇者、ジェイと申す。」
 「・・・精霊の恩寵、また出たんですね。ルリと申します。城塞都市ソロウへようこそ、ジェイさん。」
 「しばらく人族の国で世話になる。よろしく頼む。」
 相変わらず堅苦しいが、無礼よりはマシだろう。ジェイさんなりに勇者っぽい言動をしなくてはいけないと気を張っているのが分かる。
 「エルフ国に遊びに行っていたんだろう。どうだった?」
 「あそこはあんまり変わりようがありませんよ。それに遊びに行ったんじゃないですよ。休暇を使って訓練をしに行ったんです。」
 「ふーん、相変わらずか。長命ってのも難しいもんだな。あまり変化があり過ぎるのも疲れるのかもしれんな。」
 「エルフの長老が同じ事を言っていましたよ。変わらない日常を愛せよと。」
 「なんだかんだで俺より長生きしそうだな、あのバアさん。」
 いい言葉だ。変わらない日常。
 筋トレをするのであれば、日々の栄養補給とトレーニングも変わらない日常でありたいものだ。

 久々のソロウなので、ジェイさんとツイグを連れて食堂に行った。
 「あれー、マッチョさん。久しぶりです~!」
 いつもの給仕さんだ。・・・あれ。この子も少し筋肉質になったか?
 「給仕さん、少しカッコよくなってないすか?」ツイグ、女性の体形の変化を扱うには言い方が雑だ。あとで注意してやらないとな。
 「流行りの筋トレってやつですよ!肩こりも消えましたし、安眠になりましたし、お通じまで・・・失礼!これからお食事ですよね!いつものやつですか?」
 「ええ、いつものやつ三人分ください。」
 温野菜に肉。これぞトレーニーの食事だ。
 「龍族の方にお肉って大丈夫なんでしょうか?」
 タベルナ村では近くの川から自分で魚を獲ってきて生で食べていた。
 「むかし族長に聞いたことがある。毒でもないし、魚とは違う旨さがあると聞いている。マッチョ殿の勧めならいただいてみよう。」
 マッチョ殿。やはり龍族の勇者として見られようと気負っているのだろうな。
 ツイグは勝手に食べ始めている。こういうところもあとでしっかり教育してやらないとな。そういえばいつかタベルナ村に行った時も、私よりに先に料理へ手を出してたな。トレーニーにとって食事が大切なことは教えたが、礼儀作法も教えなくてはいけないか。トレーニーの食事を横取りなどしたら、血の雨が降ることになる。ツイグはやらかしそうだ。
 久々にこの食堂で食事をした。うん、これだよ。きちんと筋肉に効いている。
 「これ、マッチョさんセット(大)って名前がついてるやつっすよね。」
 なんだそのネーミングは。恥ずかしいな。
 「マッチョ殿の名前がついているのか?食事に?」
 「マッチョさん、動いたあとは食事って言ってたじゃないすか。んでトレーニングを始めた人たちの中でもお金を持っている人たちがこれを食べに来てたんですよね。マッチョさんと同じ食事をって。」
 そんなことになっていたのか。初耳だ。
 フェイスさんがスクワットをするくらいだ。ソロウでは筋トレが一般的になりつつあるのだろう。一時の流行としてではなく、実用的な習慣として根付いてほしいものだ。
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