異世界マッチョ

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73 マッチョさん、紹介する

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 いい朝だ。身体も軽いし、関節に痛みも無い。関節が熱を持ったり痛みがあると感じたら、とにかく冷やして安静にしよう。トレーニングをしないというのは落ち着かないが、休むのもトレーニングのうちだ。関節への負荷が少ない体幹トレーニングだけは続けていこうと思う。
 ・・・トレーニーの先輩方もこういう時間と気持ちを経験してきたのだろうな。焦るが焦ってはいけない。私は生涯を賭けてトレーニングを続けたいのだ。
 今後は栄養摂取についてもしっかりと記録をしようと思う。トレーニングもしていないのにいつも通りに食べてしまったら、食べた分だけ脂肪になってまた重くなってしまう。筋トレが大切だと思うのであれば、関節への負荷を一番に考えないといけないな。

 朝食を摂りストレッチをして、ソフィーさんにアポイントを取ったらすぐ来てくれとのことだった。
 王宮薬師の研究室がどこにあるのか分からないので衛兵に案内してもらった。理系の研究室という感じだ。ガラス製の器などこの世界に来てからあまり見た記憶が無い。なにに使うのか分からないようなものばかり置いてあるな。勝手に触ったりしたらマズそうだ。
 久しぶりにソフィーさんを見たが、けっこうヘコんでいた。
 用件はやはりサバスの味のことだった。各方面に量産品を配ったが、体調不良になる人たちが続出してしまったのだそうだ。やはり味のことは考えていなかったとのこと。薬のような感覚で大量生産してしまったので、大量に在庫がだぶついているそうだ。粉のままのサバスは日持ちするので、捨てるという選択をするよりも解決策があったほうがいいので相談したとのことだ。
 「マッチョさんに以前、やんわりと味について意見されたことを思い出しました。なにか改良案が無いでしょうか?ぜんぜん人気が無くて。」
 「うーん、なにかを混ぜて飲みやすくするしかないですね。私には案が無いですが、いい考えを持っていそうな人なら知っています。」
 「どなたですか?」
 「この王都で働いている料理人です。」

 王宮薬師からの呼び出しということで、さっそくタベルナ村の村長さんがやって来た。
 「王城からの呼び出しということでしたので、マッチョさんだと思ってましたぞ。昨日は店に来ていただけたのに顔も出せませんで申し訳ありませんでしたな!」
 あれだけ繁盛していたら調理場から出られないだろう。しかし会うたびにエネルギッシュになっていくなぁ。
 「ちょっと村長さんの知恵を借りたくてお呼び立てしました。こちらは王宮薬師のソフィーさんです。」
 「タベルナ村の村長です。いまは王都でタベルナ食堂の料理人をやっていますぞ。」 
 「王宮薬師のソフィーです。」
 村長さん、王城だというのにぜんぜん緊張していないな。
 「とりあえず、これを飲んでいただけませんか?」
 一口飲んで、村長さんが顔をしかめる。
 「・・・お世辞にも旨いとは言い難いですな。」
 「栄養は肉や魚と同じくらいあるのですが、私はその・・・味の方は自信が無くて・・・」
 やはりソフィーさんは味オンチだったのか。大量生産する前に誰か止めなかったのだろうか。
 「材料は、粉末にしたエルフ豆ですかな?」
 「そうです!乾燥したエルフ豆を高濃度にしたものです!」
 一口飲んで材料を言い当てた。この村長さんはどれだけの食材を知っているというのだ。
 「ふーむ・・・乾燥させているということは、日持ちと携帯を目的とした薬品のようですな。」相変わらず察しが良くて助かる。
 「これを美味しくするにはどうしたらいいものかと思いまして。村長さん、なにか名案は無いですか?」
 「・・・難しいですなぁ。乾燥していないエルフ豆でしたらやり方もあるでしょうが。ですがマッチョさんの頼みです。少し乾燥させた状態のものをいただけませんかな?食堂に持ち帰って考えてみましょう。」
 「よろしくお願いします。」
 「よ、よろしくお願いします!」
 まともなプロテインが手に入るかどうかの瀬戸際なのだ。なんとか村長の調理センスに期待するしかない。

 夕方には私とソフィーさんがタベルナ食堂に呼ばれた。
 もうできたのか。あの村長さん、どれだけ仕事が早いのだ。
 「いくつか試作品を作ってみましたが、これが一番しっくり来ましたな。飲んでみてください。」
 まぁまぁ溶けているな。どれ・・・
 「・・・私にも分かります!美味しいです!お薬じゃないみたいです!」プロテインと薬を混同してもらっては困るが、開発の過程を考えると似たようなものに思えてくるのも理解できる。
 「うん、これなら飲めますね。」
 驚くほど美味しいものでは無いが、マズくもない。しかしどこかで食べたことのあるような、郷愁のある味だ。
 「乾燥させたエルフ豆だということでしたので、まずは使用量を半分に減らしました。匂いがきついですからな。同じ豆ということで香ばしく炒った大豆を粉にして混ぜています。さらにトロトロになるまで炒めて黒くなった砂糖水を少しだけ入れています。マッチョさんは甘いものが苦手でしたからな。」
 なるほど。豆には豆。きな粉と黒糖に近い組み合わせを考え付いたのか。
 きな粉という点がいい。大豆であるならエルフ豆と同じように筋肉には効くだろう。黒糖のカロリーは気になるが、大量のタンパク質を摂取できるのであれば多少の糖質が入っていても仕方が無いだろう。
 
 「で、次点はこちらですぞ。」
 飲んでみる。こちらはきな粉と蜂蜜か。最初に出されたものに比べたら味は劣るが、飲めない味ではない。
 「こちらの粉は、軍の備品になるものとお見受けました。砂糖は高価ですからな。より安価で保存が効く蜂蜜でしたらこういう味になります。」
 「・・・こ、こ、これ!二つとも持ち帰って研究させていただいてもいいでしょうか!」
 「王宮薬師の方に頼まれたら断れませんぞ。調理法もメモしておいたので、材料とともに持ち帰ってください。」
 「あ、ありがとうございます!マッチョさんもスゴい方を紹介していただいてありがとうございました!」
 ずいぶんと刺激になったようだ。こちらがなにか言う前に走って王城へと向かっていった。

 「ふぅ。マズいものを食べられるようにするというのは、難しい仕事でしたな。」
 村長さんをして難しいと言わしめるのか。
 「本当にありがとうございました。」
 これで私も手軽にプロテインで栄養補給ができる。また筋トレが捗ってしまうな。
 「マッチョさんも隅におけませんな。女性に頼られて問題を解決したら笑顔が出ますか。」
 そういう笑顔では無い。プロテインが手に入ることが嬉しいのだ。
 ・・・ん?女性?
 「女性って、ソフィーさんですか?」
 「ええ。先ほどの王宮薬師の方ですよ。マッチョさんの恋人ですかな?」
 ソフィーさん、女性だったのか。肉体的に細くて出るところが出ていなかったので、細身の男性だとばかり思っていた。王宮薬師という高い立場にいる人だったし。
 最近はすっかり女性から縁遠くなってしまっていたが、どうにも私は女性よりも筋トレの方がスキなのだ。ソフィーさんの喜びよりも、まともに飲めるプロテインが手に入る方が喜ばしい。
 ・・・いつかは至高のストロベリー味も作ることができたらいいのだが。
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