異世界マッチョ

文字の大きさ
76 / 133

76 マッチョさん、リベリに向かう

しおりを挟む
 「ドレスデン卿の話は退屈でしたね。」
 牛が引く荷車でスクルトさんはこう切り出した。
 「やはり諸侯の方々というのは、魔物や魔王というものについてあの程度の認識なんでしょうか?」
 「うーん・・・私が知る限り、危機感を持った人たちは人間王と勇者くらいじゃないでしょうか。いつもと変わらない明日がある、と考えている人間は軍にも多いです。」
 「勇者が出たのに、ですか?」
 「それほど古い話であり、信ぴょう性がどれほどのものなのか、それぞれが計りかねているというところですかね。」
 「僕、ジェイさんに聞いたんですが、龍族の方々は魔王復活というものを全員が信じていたみたいですよ。ご先祖がよっぽど酷くやられたらしいです。」
 「へぇー。ドワーフ族ではどうなのですか?」
 「精霊の恩寵が出てから変わりました。それまでは古い昔話のひとつだと思われていましたね。」
 なるほど。私は異世界で魔王がいると言われたら、そういうものがいるものだと思っていたが、人によって種族によって考え方はずいぶんと違うようだ。
 魔王がいる、いないという話が問題なのではない。
 目下の脅威になるか、ならないかが問題なのだ。
 つまるところ、魔王のために予算人員計画等のもろもろをどう配分するべきかという問題なのだ。 
 魔王がいるから倒そうという話ではない。限られた人的物的資源を魔王にどう配分するべきか決めかねているというところだ。現実の異世界?でも危機が起こらない限りは簡単に一枚岩にはなれないものなのか。

 「スクルトさん、リベリってどういう場所なのでしょうか?」
 「ロキ殿も気に入ると思いますよ。ゆるやかな潮風が常に吹いていて、程よい暑さで快適な土地です。海はご存じでしょうか?」
 「大きな塩入りの湖ですよね?初めて見ます!」
 「気に入ると思いますよ。近くにいい草原があるので、牛たちがそこを気に入ってくれればいいんですけれどもね。」
 いまのところ牛には干し草やその辺の草を食べさせている。移動する先々に牛用の飼料を人間王が配置してくれたのだ。潮風にもまれた草原か。そういう土地で育てた牛というものが私が元いた世界にいた気がする。そういう土地の草が牛にとっては旨いのかもしれない。
 そして程よい暑さか。日焼けをするにはちょうどいい。
 そういえば異世界に来てからまだ一度も日焼けをしていないな。タンクトップに短パンの暮らしから、いつの間にか鎧ばかり着ているような生活になったら日焼けもしなくなった。タンニングは筋肉を美しく見せるし、なによりもトレーニーのやる気が上がる。やる事が無くなったらリベリで日焼けをしよう。
 
 「今回はなぜスクルトさんが道案内をやろうと思ったんですか?休暇だと聞いていたんですが。」
 「リベリは保養地でもあるのですが、あそこのギルドは強いギルドメンバーが多いんですよ。私のもう一人の師匠がギルドマスターです。」
 どういう理由でそういう土地になったのだろうか?
 「なぜ強い人が多いのですか?」
 「引退した冒険者や軍人が住みたがるんですよ。食事は美味いですし、気候も王都より暮らしやすいですからね。もともとは初代王が保養地として開発したらしいですよ。」
 「ものの値段が高そうですね・・・」
 「私の給料では行けないところですね・・・」
 「僕、そんな場所に行って大丈夫なんでしょうか・・・」
 「人間王から充分な資金を預かってていますよ。ロキ殿にはなんとしても肉牛生産を行える人材を育てていただかないといけませんからね。」
 うむ。これは国家プロジェクトの一つなのだ。出先の物価を気にする理由は無い。

 「でっかい犬ですね・・・これがワーウルフですか・・・」
 リベリに近づくにつれ魔物の死体を見ることが増えた。
 「うーん、最近ちょっとした魔物災害が起きたみたいですね。規模数は100というところでしょうか。」
 リベリという街の力だけで魔物災害を解決したのか。リベリのもと冒険者とやらは、どれだけ強いのだ。
 街が近づくにつれて、死んでいる魔物の数が増えていった。うーむ、これだけ倒されていると魔物のほうが気の毒になってくるな。
 しかし一方で、これだけリベリの街の人間が強いとなると、やはり良い筋肉に巡り合えるような気もしてくる。また楽しみが増えたな。

 「あ、いい感じの草原がありますね。」
 ドワーフの里で見た、ロキさんが作り上げた牧草地ほどではない。しかし、自然に作られた草原にしてはなかなか美しい。
 海風が程よく入り込んでくる。風の香りの中に、わずかに塩気を感じる。これがリベリの風か。
 「牛たちにここの草を食べさせても大丈夫でしょうか?」
 「それを試しに来たんです。ロキ殿が思うようにやってみてください。」
 モリモリ草を食べている。どうやら気に入ったようだ。しかしこれは・・・
 「ロキさん、牛ってこんなによく食べる動物でしたっけ?」
 なにか想像以上の食べっぷりなのだが。
 「・・・たぶん妊娠していますね。いきなり実習から教えることになります。」
 「おおっ!」
 スクルトさんが感心している。無理もない。事業の成功を考えると願ってもないほど幸先のいい話だ。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

処理中です...