異世界マッチョ

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82 マッチョさん、歴史を学ぶ

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 「ではこの大斧はありがたくいただきます。・・・そういえば西の廃墟の話ってフェイスさんから聞いてますか?」
 「うーん、ちょっと場所を変えるか。こういう場所で話すもんじゃないな。」
 そこまでナイーブな内容だったのか。
 私たちは訓練所を離れ、リクトンさんのギルマス部屋で休憩することにした。

 よっこいしょと声を出してリクトンさんはソファーの定位置に座った。
 「マッチョが王家の意向で例の暗号を解読しているってのは知っている。で、マッチョは諸侯ってのがどういうものなのか知っているか?」
 「貴族の方ですよね?特権階級というか。ドレスデン卿とは会食しましたよ。」
 「じゃぁなぜ貴族ができたのか知っているのか?」
 知らない。私は初代王の時代の歴史を誰よりも知っている人間なのだろうが、それより後に起こったことは知らないのだ。
 「知りません。」
 「そうだろうな。凄い田舎から出てきたと聞いている。マッチョが俺に話を聞いて来たら、知っている範囲で教えてやってくれとフェイスの手紙にも書かれていた。貴族って制度は長い内戦が終わったあとにできたものだ。大陸全土を巻き込んだもので大陸内戦と言われている。初代王の跡目争いだな。」
 リクトンさんは一息でお茶を飲んで、話を続けた。
 「初代王には三人の子どもがいた。その中にずば抜けた人間がいなかったから、結局は内戦を勝ち残った王子が人間王になったと言われている。」
 「初代王ってかなり凄い人ですよね。なぜわざわざ跡目争いを起こすようなことをしたんでしょうか?跡継ぎを指名すればいいじゃないですか。」
 「初代王は自分の死を予期できなかったのではないかと言われている。跡継ぎを誰にするか迷っているあいだに唐突に死んだのかもしれないな。まぁ貴族の話に戻そう。大陸内戦のとき、現在の人間王の先祖に当たる王子に手を貸した人間がいた。内戦を鎮め人間王として即位する時にその功に報いるべく貴族階級が生まれた。これがいまの三卿とその他の諸侯だ。ドレスデン卿の先祖もこのうちの一人だな。」
 他種族がドン引きするほどの内戦が起こったという話は聞いたことがあったな。
 「西の廃墟にあったもの、という言い方をした方がいいか。あれは初代王の恋人か奥さんなのだろう。そしてその子ども。世間に知られていない王子がいたとしたら、その王子こそが正当な王位継承者だったのかもしれない。これを知っているということがどういうことなのか分かるか?」
 ゾクリと鳥肌が立った。
 あの墓に眠っている王子こそが正当な王位継承者だとしたら、今の王家の正当性が揺らぐことになる。人間王も王家の血統なのだろうが、魔王と戦う局面で人間王の正当性が揺らぐようなことがあったら、おそらくどの種族もまとめて魔王に滅ぼされてしまうだろう。内憂を抱え込んでいては魔王に向き合うことなどできないだろう。
 私は自分のお茶を飲んだ。だがお茶を飲んだ程度で落ち着きは戻ったりしない。

 「魔王を封印するまでは、この件は表に出してはいけないということですね。」
 各種族が一枚岩になってようやく封印するところまでできたのだ。あの超人的な初代王がいても封印で留まっているのだ。
 「まぁそういうことだ。だが俺とルリがフェイスからこの話を聞いた時、さらにもう一歩踏み込んだ考えを持ったんだ。本当に精霊の恩寵が人間に与えられるのか?人間から勇者は出るのか?」
 王家の正当性を疑う材料が出たのだ。今の王家に精霊が力を貸してくれるかどうかということか。
 「それは・・・」
 「まぁ誰にも断言できることではないよな。あくまで可能性としてあるという話だ。」
 無い話では無いとは思うが、私はもっと楽観的な見方をしている。
 「ロキさんにしてもジェイさんにしても、血統が精霊の恩寵と関係があるのかどうかは分かりませんでした。初代王と精霊の恩寵についてもまだ調べ終わってないんですが、初代王が由緒ある血統の持ち主だったワケではないですよね?意外と簡単に恩寵が与えられるんじゃないでしょうか?」
 「うん、フェイスもそう考えている。だがな、勇者を一人でも欠いた状態で魔王と渡り合えるとは思えないのだ。できることがあるのであればやっておきたい。」
 これはリクトンさんの言う通りだ。だが違和感がある。
 「フェイスさんもルリさんもそうでしたが、なぜ魔王が出ることに確信を持っているんでしょうか?ドレスデン卿などはほとんど魔王の存在を信じていないようでしたし、ドワーフ族も固有種が出るまでは半信半疑でしたよ。」
 「まぁあちこち旅をしてきたからな。限界領域にはフェイスと行ってきたらしいな?」
 「はい。うら寒いところでした。」
 「ああいう場所がこの大陸にはけっこう多くあるんだ。人を寄せ付けない、これ以上人間が進んではいけないと言われているような土地というかな。精霊がそういう土地を人に与えない理由を考えてみると、どうも魔物のための土地があるように思えてな。だったら魔王がいてもおかしくないような気になってくる。」
 リクトンさんが言わんとすることはよく分かる。
 限界領域のような場所に行くと、いかに人間が無力なのか分かってしまう。
 これは筋力で解決できる問題ではない。しっかりとした計画と大勢の人間の結束があって、初めて限界領域の先に行けるかもしれないし、もしかしたら永遠に人間には行けないのかもしれない。
 
 「フェイスが他言するなと言ったのはそういう意味だ。こういう話は今のように固有種が湧いて出てくるようなご時世にペラペラ喋るような類のものじゃない。」
 確かにそうだな。
 「・・・フェイスさんも事情を説明してくれれば私もきちんと納得したんですがね。」
 「マッチョ以外にその場で喋りそうな人間がいたと聞いている。」
 ・・・?
 ・・・!ツイグか!
 「いましたね・・・あの場に・・・」
 「マッチョを信用していなかったということではないだろう。こういう話は知っている人間が少ない方がいいし、無事に魔王を倒せたら血統などどうでもいいことだしな。」
 リクトンさんが言う通りだ。魔王をどうにかできるとしたら、血統の正当性など問題がある話ではない。
 だが万が一勇者の頭数が足りなくなると考えると、やはり恐ろしい話であることには変わりは無い。

 「で、いつ帰るんだ?」
 「明日にでも帰ろうかと思います。この街に長居しても仕事がないですし、王都では仕事が待っていますし。ロキさんとスクルトさんに挨拶をしたら最後にリクトンさんのところにも挨拶をしに来ます。」
 「マッチョ。大斧の封印は考えておけ。」
 リクトンさんに真顔で諭された。
 「私の大斧はドロスさんあたりに預けようかと思います。」
 「うん。その方がいい。」
 他人の肉体を心配してくれるリクトンさんは優しい。斧の使い方を仕込んでくれたのも、私が怪我をすることを憂慮してこその行動だったのだろう。私もトレーニングができなくなるような怪我などしたくはない。
 ランドクルーザー岡田の言葉を思い出す。筋肉とはやはり優しさなのだ。 
 
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