異世界マッチョ

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81 マッチョさん、斧をもらう

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 ロキさんと行った食堂はまずまずの味だった。鶏料理も美味しかったし、ロキさんに笑顔が戻って来たのがなによりだ。ブロッコリーは店主の庭で育てているものらしい。ブロッコリーってそんな簡単に栽培できるようなものだったのか。だったら種をもらえないかあとで聞いてみよう。
 「マッチョさん、王都へ帰るんでしょうか?」
 「ええ。ロキさんを送り届けるまでが仕事でしたので。」
 単純にこの街では仕事が無いのだ。王家のトレーニングルームやらドワーフ族のトレーニングマシン開発やら気にかかることも多い。翻訳の進捗も気になる。保存食の問題はまるごとスクルトさんというか軍に任せようと思っている。道具や原材料の調達から加工に輸送まで一人で解決できるサイズの問題では無い。

 ああ、そうだ。この街の武器屋さんに聞いた言葉を思い出した。
 「ロキさん、缶って知っていますか?」
 「知りません。なんですかそれ?」
 私は缶詰と瓶詰の話をし、ドワーフ族が缶を作れないのか聞いてみた。
 「うーん・・・難しいかもしれませんね。」
 「やはり大量に同じ品質のものを作るのが難しいんでしょうか?」
 「試作として一個なら大親方でなくても簡単に作れるでしょう。ですが、同じものをドワーフ族がたくさん作るというのは考えづらいんです。改良改善され作者の顔が分かるような一点ものを作ることを僕たちは好みますから。どうにもマッチョさんが言う缶詰は、誰かのために、あるいはなにかのために特別に作られた作品という感じがしません。」
 作品。
 なるほど。ドワーフが作る武器や防具や道具というものは作品であり、工業製品では無いのだな。
 こういう誇りを持った人たちにイヤイヤ缶詰を作らせるのは本意ではない。
 「それにしても長期保存可能な食料ですか。マッチョさんのお国って変わったことを考えるんですねぇ。」
 「災害が多かったですからねぇ。保存食についてはかなり進んでいたと思いますよ。」
 間違いではない。

 翌日にはリベリのギルドへ行って、リクトンさんに近々出立する旨を告げた。
 「そうか。まぁ仕事が無いんなら長くいても仕方が無いもんなぁ。そのワリにはずいぶんと充実した生活をしたように見えるな。」
 そう、私はじっくりと肉体を焼き上げた。そしてこの世界に来て久しぶりに魚を食べて、サポーターを誂えたのだ。充実していることには間違いないが、これ以上は自重トレーニング以外にやる事が無い。
 「でもまぁせっかくリベリまで来たんだ。俺と少し遊んでいったらどうだ?」
 「あれ。関節は大丈夫なんですか?」
 「練習台くらいにはなるさ。斧を使うってんなら、小技のひとつでも教えておいてやるよ。」
 「よろしくお願いします。」
 この大陸一番の斧使いに教えてもらえるのだ。ここは一つでもラクできる技を教えてもらった方がいいだろう。

 リベリの練習場で見たリクトンさんの斧さばきは見事だった。
 木製の斧を模した木刀ならぬ木斧を用いて訓練をしてもらったのだが、精度がまるで違う。体幹の差や筋力の差ではなく、これは年期の差である。
 「剣と大斧の最大の違いは、重量物が武器のどこにあるかという点だ。剣はだいたい重心が刀身の中央に位置するが、斧の場合は重心は極端に上になる。剣は大剣であっても刀身に沿って相手を切ることが目的だが、斧の場合は孤を描かせて殴りつける感覚に近い。肘と手首で刀身をさらに回転させたら、威力と重さがさらに増すと思えばいい。」
 ふーむ。今まで教わってきた扱い方とは違う、斧を使うための動き方だ。汎用的な武器の扱いの話に比べてより具体的だ。
 「まぁ重いものを扱うから、怪我しないってのが大前提だがな。マッチョの動きはフェイスとドロス師匠から教わったものだろう?」
 「そうです。見て分かるものなのですか?」
 「まぁな。武器の基本的な扱いの延長線上に斧の扱い方を持ってきている。斧特有の扱い方ってのを知らないってカンジだ。綺麗な武器の使い方っていうかな。ああ、悪い意味じゃないぞ。武器を扱う人間としては満点に近い。斧特有の扱い方というものとは違うという話だ。」
 なんとなくルリさんの趣味で斧を扱うことになってしまったが、熟練者が使うとこうも違うものか。
 「リクトンさんの動きをもう少し見せていただきたいのですが。」
 「悪いな。肘が熱を持ってきた。ここまでだな。」
 そうか、残念だな。熟練者から学べることが多いというのは、トレーニングの世界に限らずどの世界でも同じなのだな。熱心に見ていたが、便利な小技みたいなものは無いようだ。

 「ああそうだ。ちょっと待ってろ。」
 リクトンさんが武器の山からなにかを探し始めた。
 「これ持っていけ。餞別だ。」
 大斧だが、私のものより二回りほど小さい。ずいぶん使い込まれた斧だな。
 「俺がフェイスたちとパーティを組んで大陸中を回っていた時に使っていた斧だ。もう使わないからな。やるよ。」
 大切な思い出の品じゃないか。
 「いただけませんよ。ドロスさんから聞きましたが、大陸で一番多く旅をしたパーティだったんですよね?大切なものじゃないですか。」
 「武器ってのは使い込んで一人前になるんだ。使われない武器は死んでいるのもおなじだ。お前にならくれてやってもいいと思ったんだよ。お前、あちこち旅に出るんだろう?ソイツも連れて行ってやってくれ。」
 気づいたら私はあちこち旅に出るような生活になっていた。ソロウやタベルナ村の周辺でゆっくりと筋トレを中心とした生活になると思ったら、生活の必要上どうしてもあちこち回ることになってしまっていたのだ。
 ずいと私に渡そうとするので、思わずリクトンさんから受け取ってしまった。
 「これを私が持っていったら、リクトンさんが戦う時の武器はどうするんですか?」
 「もう少し軽いものでなんとか凌ぐよ。まぁこのギルドでは俺が一番強いってワケでは無いからなぁ。どうしても戦いが長引くと若いやつにやられるんだよ。それとな、マッチョ。お前の大斧もできる限り使わないでおけ。できればどこかに封印でもした方がいい。そんなデカい斧を振り回していたら、俺と同じように関節を壊すぞ。腕や手首を保護してもいつかは壊す。」
 いつかは壊す。それはトレーニーとしての私の終わりを示す言葉だ。実際に壊した人間が言う言葉は重い。
 「固有種でもソイツで倒せるようになっておけ。今のお前なら大丈夫だろう。今まで足りなかったのは技術だ。冒険者として戦い続けられなくなるぞ。」
 いや、私は冒険者として戦い続けたいワケではない。
 トレーニーとしてトレーニングを積み重ねたいだけなのだ。
 だがここはありがたくいただくことにした。お互いの意図は違うにせよ、関節は労わらなくてはいけないのだ。

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