異世界マッチョ

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98 マッチョさん、人間王を鍛える

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 人間王の依頼によって、私は人間王と王子であるアルクの二人のトレーナーを務めることになった。
 いくつかのトレーニングを試してみたところ、王家の肉体がその辺にいる冒険者とはまったく別のものであるということが分かってきた。さすが筋トレを王家の嗜みとまで言うほどのことはある。トレーニーとしての鍛え方は私の方が上だろうが、この世界を生き延びる鍛え方としては最適解であると言えるだろう。戦うこと以上に生存確率を上げていく鍛え方が王家には伝わっているようだ。
 たしかに最高指揮官が死んでしまったら魔物退治も人間国の統治もままならない。攻撃の方法は軍隊やら優秀な冒険者やら他にもあるのだから、これが妥当な鍛え方なのだろう。
 「ふーむ、棒の握り方で鍛えられる場所も変化するのか。それでこれはどういう効果があるのだ?」
 「より安全な握り方だということです。手首にかかる負担を軽減し、明日もトレーニングができるようにします。」
 「なるほど・・・負荷をかけるだけがトレーニングでは無い、ということだな。」
 「そうです。手首や肘は怪我をするとクセになりますから。」
 やはり人間王は聡明だな。一言聞いただけでそこまで理解できるものか。
 「継続的に、部位別に、毎日少しずつトレーニングを行うということが大切なのです。できることならば毎日どこか別のところが筋肉痛になっていることが理想です。」
 鍛え方自体は間違ってはいないが、一週間や一カ月を通していかに鍛えるのかという部分が王家には伝わっていなかったと見える。なんとなく上腕を鍛えたり、なんとなく素振りの回数を増やしたりしている。だがそれではダメなのだ。筋肥大自体を目的とするのであれば、高負荷・短時間でトレーニングを切り上げ、部位別に鍛えた方が早く仕上がる。

 「マッチョさん、以前に僕が教わったやつ、どうにも筋肉痛が無くて不安なのですが・・・」
 アルクはあれほどの体幹トレーニングをこなした上に、さらに負荷も上げていったらしい。
 「分かります。私もそうです。」
 筋肉痛がトレーニングの実感となっているトレーニーは少なくない。
 だが体幹トレーニングの疲労というのは実感できても筋肉痛は出づらいのだ。負荷を上げながら体幹をさらに鍛えた肉体ならば、おそらく既に効果は出始めているはずだ。
 「アルクは素振りもやっていましたね。ドロスさんに見てもらいましたか?」
 「素振りと走り込みは続けていましたが、ドロスさんにはまだ見てもらっていません。」
 「たぶん剣の扱い方や身体の使い方が変化してきていると思います。あとは実戦形式訓練を始めたら、体幹の使い方が分かるようになってくると思いますよ。大丈夫です。鍛えた分だけ成果が出ているはずです。」
 「分かりました。あとでドロスさんに見てもらいます。」
 体幹トレーニングによって起こった私の肉体の変化に、ドロスさんは私よりも先に気づいた。スクルトさんはまったく気づけなかったにも関わらずだ。鍛え強くなることが人生の目的であり日常になっている人のほうが、部位ではなく身体全体の使い方を見られるのだろう。運動能力を見極めるという能力はトレーニーの範疇では無いのだ。格闘家や武道家や軍人といった人たちの方が相手の能力を見極める能力が高いだろう。
 私は外から体幹の変化を見極められるほどの感覚は無いが、筋肉なら分かる。ふくらはぎやヒラメ筋といった、敏捷性に関わる筋肉が一回り大きくなっている。アルクは気づいていないだろうが、あれは使いこなせれば武器になる筋肉だ。この筋肉の特殊な使い方もドロスさんが教えるだろう。

 アルクは外に素振りとランニングに出かけた。本当に勤勉だな。尊敬する父親に追いつこうとする息子の姿だ。
 「アルクは優秀ですよ。人間王様よりも強くなってしまうかもしれません。」
 「うむ。私の子だからな。子どもに追い越されることも悪くは無いだろう。まぁ簡単に追い越させるつもりは無いがな。」
 人間族の実質最強はおそらくドロスさんだろうが、建前上は人間王こそが最強ということになっている。ドロスさんに人間王が師事していることは知られているが、同時にドロスさんが人間王に仕えていることも知られている。いつか魔王が出現するような危機がやって来た時には人間王こそが最後の砦みたいなものだと思われている。
 これは精霊信仰の一種だ。
 初代人間王の末裔である人間王に、精霊が力を貸してくれることで人間王が勇者となり魔王を倒す、と人間族には信じられている。そして実際にそうなるのだろうと私も思っている。現人間王の時代が終わった後にはアルクがその重責を担うのだが、あの調子であれば人間王としてふさわしい肉体の持ち主になるだろう。

 ソフィーさんがサバスを持ってきてくれた。きな粉黒蜜味だ。さらに味が良くなって来ているな。
 「鍛錬のやり方といい、サバスの改良といい、異世界人の知恵というのは驚くべきものだな。」
 「私が考えたものはほとんどありません。既に誰かが考えたものを、私が憶えていたというその程度のことです。それにサバスの改良はこの世界の料理人が考えたものですよ。」
 私が読んだ異世界転生のマンガではこの辺でスゴイスゴイと言われてちやほやされていたが、本気で技術革新を起こしてやろうというドワーフ族の熱意や、オーパーツ並の戦闘用糧食を作ろうとしているスクルトさんの執念や、まだこの世界に存在していない料理を次々と産みだすタベルナ村の村長などを見ていると、どうにもチート的な知識を自分の手柄にする気にはなれない。
 世界を変えるというのは、ああいう人たちがやっているのだ。
 私ができることといえばトレーナーの真似事。それにトレーニーとして自分の肉体で進むべき道を示すことだけだ。
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