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100 マッチョさん、急報を聞く
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「ふーむ、魔物については書かれているが、魔王については分からぬままか。」
「勇者の人たちが精霊に教えてもらったことを頼りにするしか無いですね。」
初代人間王の手記の翻訳作業、その最終説明を私ひとりで人間王に行っている。ペンスとイレイスも説明をする予定だったが、内容が魔王に関することでもあり異世界人としての私の知見を聞きたいとのことだったので、人間王と二人だけで話し合うことになった。
魔王についての理解が深まる、あるいは魔王に対抗する力についてなにか書いてあればと翻訳作業を進めていたのだが、結局は分からなかった。ペンスとイレイスが言うには自分たちが知らなかった先祖の歴史が分かっただけでも価値があるというのだが、私や人間王が求めているのはもう少し実用的な知識だ。
「ドワーフ国にあった手記も魔王とは直接には関係のない知識ばかりだったな。」
「初代人間王なりの独自の肉体鍛錬法などが書かれていれば良かったのですが、そういう記述も無かったですね。ほぼ初代人間王の個人主観による歴史書です。簡略化された日記みたいなものですね。」
「魔王の封印方法どころか、魔王の居場所も特徴も分からなかったか。広範囲高威力の魔法が相手となると軍隊で魔王と対峙することはできぬな。だからこその勇者パーティという少数精鋭で魔王を封印したということか。それにしても、いったい魔王はどこに封印されているというのだ・・・」
落胆しているというほどでは無いが、魔王の封印場所のヒントくらいあっても良かったという言い方だな。
魔王そのものの話ではないが、気になることがあった。
「初代王は本のように綴じられた紙に文章を書いていたのですが、最後の書き込みから余白がかなりあるんです。」
「・・・つまり魔王を封印した後に戻ってきたにも関わらず、なにも残さなかったということか?」
「そこが気になるのです。なにも書かなかったのか、なにも書けない状況だったのか。本当に初代人間王は魔王封印後に人間国へ戻ってきたんですか?」
「王家の言い伝えでは初代王のパーティが戻ってきたことになっている。他の国に勇者が出たと伝わっているのも、勇者たちが戻ってきたからだろう。・・・マッチョは初代人間王が魔王のもとから戻って来なかったと思っているのか?」
私はずっと引っかかっているものがあったのだ。
「土地土地で初代人間王の話や大陸内戦の話を聞いていると、初代人間王の最後についての話が少しずつ違うんです。いなくなったという言い方をする人たちもいれば、死んだという人もいます。初代人間王の最期を見た人間というのはいるんでしょうか?」
「初代王の墓はこの城内にあるが看取ったという話は聞かないな。大陸内戦で記録が失われたのだろうと思っていたが・・・まさか・・・」
「初代人間王は、戻って来られなかったのかもしれません。それが大陸内戦に繋がったように思えました。」
「・・・いや、その可能性もあるな。どういう理由なのかは分からないが・・・」
ふぅーと人間王は大きく息を吐いた。
「大陸内戦の始まりについては諸説あってな。初代王の跡目争いが発端であることには間違いないだろうが、その初代人間王は亡くなったという説もあれば消えたという説もあるのだ。消えたという言い方は死んだという意味そのものと捉えることができるからな。考えたことも無かったが、初代王が魔王のもとから戻って来なかった可能性は否定できないな。そもそも魔王の封印から大陸内戦までにどれほどの時間が空いたのかすら分かっていないのだ。」
魔王自体も謎が多いが、そもそも初代人間王自体が謎の塊みたいなものなのだ。
「まぁ考えたところで仕方があるまい。勇者が魔王を封印しに行って帰って来れるかどうかなど、精霊のみが知ることだ。」
人間王の言う通りだ。分からないものに時間をかけるというのはムダなことだろう。
「私は魔王を封印したら何事もなく平和でみんなが幸せになるものだと思っていました。」
「所詮は人の世だ。跡目争いも起これば内戦も起こるだろう。勇者として精霊に選ばれたのであれば、魔王と戦って命を落とすなり帰って来られなくなる程度の覚悟はあるだろう。精霊に選ばれし勇者とはそういうものだと俺は思っている。」
成功して帰って来られれば生きた英雄、帰って来られなくてもそれは勇者ということか。
「魔王についても分からず、魔王が封印された場所についても分からず、魔王を封印する方法についても分からず、さらに初代王が人間国へ帰ってきたかどうかも分からないということか。」
「精霊が勇者となった人たちに謝ったというのも、やはり意味が分かりませんね。それに勇者の数も足りません。ニャンコ族、エルフ族、人間族から勇者が出ないと魔王を封印する条件が揃わないかと思います。」
「分からぬことが増えただけか。いや、少なくとも初代王の時代にどう統治したのかは分かったが・・・うーむ・・・」
そもそもは魔王対策として初代王の手記の翻訳が進められたのだ。人間王としてはここまで魔王について分からないとは思ってもみなかったのだろう。
「まぁ唸っても仕方が無いか。やれる事と言えば勇者を集め、精霊の恩寵によって肉体に及ぼす疲労を和らげるために鍛え上げる。ヒトがやれる事などその程度かもしれないな。」
ロゴスとドワーフ族の仕事が効いてきた。トレーニングマシンがあれば短期間でそれなりの肉体が作られるだろう。そしてそれを指導することが私にできることだ。
部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「どうした?緊急事態以外では二人きりにしておけと伝えただろう。」
見知った顔の大臣だ。だが顔色から察するに、いい報告では無さそうだな。
「申し訳ありません。その緊急事態です。」
「なんだ?」
「ニャンコ族の集落が魔物によって潰されました。生き残ったニャンコ族が人間国での保護を求めています。またニャンコ族の領土に近いハイネスブルク卿から軍の出動依頼が来ました。」
魔王について話していたと思ったら魔物の襲撃か。
「勇者の人たちが精霊に教えてもらったことを頼りにするしか無いですね。」
初代人間王の手記の翻訳作業、その最終説明を私ひとりで人間王に行っている。ペンスとイレイスも説明をする予定だったが、内容が魔王に関することでもあり異世界人としての私の知見を聞きたいとのことだったので、人間王と二人だけで話し合うことになった。
魔王についての理解が深まる、あるいは魔王に対抗する力についてなにか書いてあればと翻訳作業を進めていたのだが、結局は分からなかった。ペンスとイレイスが言うには自分たちが知らなかった先祖の歴史が分かっただけでも価値があるというのだが、私や人間王が求めているのはもう少し実用的な知識だ。
「ドワーフ国にあった手記も魔王とは直接には関係のない知識ばかりだったな。」
「初代人間王なりの独自の肉体鍛錬法などが書かれていれば良かったのですが、そういう記述も無かったですね。ほぼ初代人間王の個人主観による歴史書です。簡略化された日記みたいなものですね。」
「魔王の封印方法どころか、魔王の居場所も特徴も分からなかったか。広範囲高威力の魔法が相手となると軍隊で魔王と対峙することはできぬな。だからこその勇者パーティという少数精鋭で魔王を封印したということか。それにしても、いったい魔王はどこに封印されているというのだ・・・」
落胆しているというほどでは無いが、魔王の封印場所のヒントくらいあっても良かったという言い方だな。
魔王そのものの話ではないが、気になることがあった。
「初代王は本のように綴じられた紙に文章を書いていたのですが、最後の書き込みから余白がかなりあるんです。」
「・・・つまり魔王を封印した後に戻ってきたにも関わらず、なにも残さなかったということか?」
「そこが気になるのです。なにも書かなかったのか、なにも書けない状況だったのか。本当に初代人間王は魔王封印後に人間国へ戻ってきたんですか?」
「王家の言い伝えでは初代王のパーティが戻ってきたことになっている。他の国に勇者が出たと伝わっているのも、勇者たちが戻ってきたからだろう。・・・マッチョは初代人間王が魔王のもとから戻って来なかったと思っているのか?」
私はずっと引っかかっているものがあったのだ。
「土地土地で初代人間王の話や大陸内戦の話を聞いていると、初代人間王の最後についての話が少しずつ違うんです。いなくなったという言い方をする人たちもいれば、死んだという人もいます。初代人間王の最期を見た人間というのはいるんでしょうか?」
「初代王の墓はこの城内にあるが看取ったという話は聞かないな。大陸内戦で記録が失われたのだろうと思っていたが・・・まさか・・・」
「初代人間王は、戻って来られなかったのかもしれません。それが大陸内戦に繋がったように思えました。」
「・・・いや、その可能性もあるな。どういう理由なのかは分からないが・・・」
ふぅーと人間王は大きく息を吐いた。
「大陸内戦の始まりについては諸説あってな。初代王の跡目争いが発端であることには間違いないだろうが、その初代人間王は亡くなったという説もあれば消えたという説もあるのだ。消えたという言い方は死んだという意味そのものと捉えることができるからな。考えたことも無かったが、初代王が魔王のもとから戻って来なかった可能性は否定できないな。そもそも魔王の封印から大陸内戦までにどれほどの時間が空いたのかすら分かっていないのだ。」
魔王自体も謎が多いが、そもそも初代人間王自体が謎の塊みたいなものなのだ。
「まぁ考えたところで仕方があるまい。勇者が魔王を封印しに行って帰って来れるかどうかなど、精霊のみが知ることだ。」
人間王の言う通りだ。分からないものに時間をかけるというのはムダなことだろう。
「私は魔王を封印したら何事もなく平和でみんなが幸せになるものだと思っていました。」
「所詮は人の世だ。跡目争いも起これば内戦も起こるだろう。勇者として精霊に選ばれたのであれば、魔王と戦って命を落とすなり帰って来られなくなる程度の覚悟はあるだろう。精霊に選ばれし勇者とはそういうものだと俺は思っている。」
成功して帰って来られれば生きた英雄、帰って来られなくてもそれは勇者ということか。
「魔王についても分からず、魔王が封印された場所についても分からず、魔王を封印する方法についても分からず、さらに初代王が人間国へ帰ってきたかどうかも分からないということか。」
「精霊が勇者となった人たちに謝ったというのも、やはり意味が分かりませんね。それに勇者の数も足りません。ニャンコ族、エルフ族、人間族から勇者が出ないと魔王を封印する条件が揃わないかと思います。」
「分からぬことが増えただけか。いや、少なくとも初代王の時代にどう統治したのかは分かったが・・・うーむ・・・」
そもそもは魔王対策として初代王の手記の翻訳が進められたのだ。人間王としてはここまで魔王について分からないとは思ってもみなかったのだろう。
「まぁ唸っても仕方が無いか。やれる事と言えば勇者を集め、精霊の恩寵によって肉体に及ぼす疲労を和らげるために鍛え上げる。ヒトがやれる事などその程度かもしれないな。」
ロゴスとドワーフ族の仕事が効いてきた。トレーニングマシンがあれば短期間でそれなりの肉体が作られるだろう。そしてそれを指導することが私にできることだ。
部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「どうした?緊急事態以外では二人きりにしておけと伝えただろう。」
見知った顔の大臣だ。だが顔色から察するに、いい報告では無さそうだな。
「申し訳ありません。その緊急事態です。」
「なんだ?」
「ニャンコ族の集落が魔物によって潰されました。生き残ったニャンコ族が人間国での保護を求めています。またニャンコ族の領土に近いハイネスブルク卿から軍の出動依頼が来ました。」
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