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125 マッチョさん、出発する
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荷物を積んだ馬車を私が試しに引いてみたら、あっさりと車軸が壊れた。ふつうの馬車では私の力に耐えられないらしい。
ちょうど献上用にと、リベリから王都に持ってきていた大型帆船に使用する鉄製の車軸の代用品とベアリングを用いて、ロキさんがうまいこと馬車に転用してくれた。
「点検しながら走った方がいいですね。魔王がいるところまで持たせないと・・・」
試験を重ねてどうにか馬車の目途はついた。あとは四勇者を乗せて出発するだけである。ついでに私用の装備も突貫で新調してもらった。ストレッチ性を期待してタンクトップに短パンを着てみたらなんとか身体が入っただけであって、こんな姿で魔王と戦うワケにはいかないのだ。
私たちはアルクとドロスさんに挨拶をし、正式に魔王封印の旅に出かけた。
私の最期の旅になるかもしれないのだから多くの人に会いたい気もしたが、覚悟が揺らいではいけないだろう。
二台の馬車を引き、私はニャンコ族の集落の手前まで走った。
筋肉がデカくなるだけではなく走る速度まで速くなるのか。これは筋トレだけでは身に着かなかった能力だな。
「マッチョさん、疲れないんですか?」
「疲れていますけれど、軽く走ったくらいですね。」
文字通り馬車馬のように働いても今の私にとってはジョギング程度のものなのだ。さて、ここから先は樹木に遮られて馬車では通れない。どうしたものか・・・
「マッチョ。馬車を重ねて持てないかニャー?」
妙案である。
私は馬車を重ねて片手で持ち上げ、斧で道を切り開きながらニャンコ族の集落まで移動した。
限界領域の手前まで来た。私は斧を鞘に納め馬車を両肩で抱え、崖をジャンプして渡った。
たった半日で限界領域まで来てしまった。
適当な広場を見つけてそっと馬車を置いた。振動で壊してしまうと旅に支障が出るだろう。
もうすぐお昼だな。みんなもお腹が空いているだろう。
「食事にしましょう。」
「ま、マッチョさん、一回休憩させてください・・・」
「我もだ・・・頼む・・・」
どうやら上下動する馬車のせいで乗り物酔いになったようだ。
「・・・私がエルフ国で読んだ勇者の旅物語と違いすぎて少し混乱しています。人間族が持ち上げた馬車に乗ったまま移動するなんて思ってもみませんでした。もっとこう、勇者同士で距離を縮めて仲良くなりながら、歩いて旅をするものだとばかり思っていました。」
私も自分が馬の代わりになるなどとは思ってもみなかった。
「休憩でしたら馬車の点検をしますね・・・」
ヘロヘロになりながらロキさんが馬車の点検を始めた。食欲があるのは私とミャオさんだけか。
「マッチョ、鎧を着たまま運動するのはしんどくニャいのかニャ?」
サバ缶をなめるように食べながら、ミャオさんに聞かれた。
「木を伐りながら進まないといけないワケですから、怪我をしないように着ておいた方がいいでしょう。」
馬車に鎧を載せたとしても私が運ぶ重量は同じなのだ。
フラフラだがジェイさんもロキさんも相当に警戒をしている。以前ゴーレムに襲われた場所なのだ。
「ジェイ、ロキ。たぶん大丈夫だと思うニャ。罠をしかけるとしたら魔王が住んでいるところの近くにいるはずなんだニャ。」
「そうか。ミャオ殿が言うのであればそうなのだろうな・・・」
「僕、なんだか落ち着かないので、進路上の樹木を少し落としてきますね。」
ミャオさんは落ち着いたな。魔王の食事風景で動けなくなるほど恐怖を感じていたミャオさんはもういない。目の前に居るのは肉体的にも精神的にも鍛え上げられた勇者の一人だ。
「マッチョ殿。小さい方の斧を借りてもいいかな?我も身体を動かしておきたい。」
「いいですよ。大切なものなので折らないようにお願いします。」
「承知した。」
リクトンさんから頂いた大切な斧だが、勇者が使うのなら許されるだろう。
「樹木を切り倒すというのもあまり気持ちがいいものではありませんが、魔王を封印するためなら仕方ありませんね。」
白湯だけ飲んでいたフィンさんが話し出した。
「フィンさん、エルフ族に伝わる勇者の話ってどんなものだったのですか?」
「子どものおとぎ話ですよ。初代人間王とエルフ国の勇者が邪悪な魔王を倒し、魔物が出なくなった。お話によってはニャンコ族や龍族も従者として出てきます。」
ドワーフ族が出てこないあたりに作為を感じるな。
「エルフ族には独自の言葉があることは私も知りました。それにエルフ族は長命ですから、おとぎ話としてではなく史実として魔王や勇者について伝えられていることは無いんですか?」
「・・・他の種族にも魔王について伝えられていないんですか?」
「聞いたことがないニャー。ニャンコ族の勇者が人間族と魔王を倒したってお話しか知らないニャー。」
「人間族にも記録が残っていなかったんです。」
まぁ初代人間王は記録を残せなかったのだ。今でも魔王のところに人柱として居るはずだ。
「そうですか・・・実はエルフ族にも伝えられていないのです。魔王を封印したエルフ族の勇者は疲弊して国に帰ってきました。勇者は魔王との戦いについて具体的にはなにも語らず、死ぬまで旅の話をしませんでした。最長老様の御母堂ですね。」
「ゴボドウってなにかニャ?」
「母親のことですよ。」
そうか。
最長老様が唄ったあの唄は、今なお魔王を封じ続けている初代人間王に捧げた唄だったのかもしれない。称えているのか悲しんでいるのか。複雑な感情になるのだろうな。
長命というのも考えものだな。長い時を生きている間、苦しい思いをずっと胸に秘め続けることなどできないということか。最長老様が御母堂の唄の域に到達することは永遠に無いだろう。大切なものを失った人間にしか分からない感情が唄に乗っているのだ。
「マッチョ、なにを考えているのかニャ?」
「エルフ族の最長老様の唄を思い出しまして。あれが勇者についての唄だとすると、私たちも唄になるかもしれませんね。」
「マッチョさんは最長老様の歌声を聴かれたのですね。私はまだ年若いエルフなので、あの唄がどういう唄なのかは知りません。エルフ族の勇者様が作った、エルフの寿命以上の悠久の時を称える唄だとは知っていますが・・・」
「きっとマッチョがでっかいカラダで馬車を担いで走る唄になると思うニャー。」
それはそれで元トレーニーとして誉れである気がする。
ちょうど献上用にと、リベリから王都に持ってきていた大型帆船に使用する鉄製の車軸の代用品とベアリングを用いて、ロキさんがうまいこと馬車に転用してくれた。
「点検しながら走った方がいいですね。魔王がいるところまで持たせないと・・・」
試験を重ねてどうにか馬車の目途はついた。あとは四勇者を乗せて出発するだけである。ついでに私用の装備も突貫で新調してもらった。ストレッチ性を期待してタンクトップに短パンを着てみたらなんとか身体が入っただけであって、こんな姿で魔王と戦うワケにはいかないのだ。
私たちはアルクとドロスさんに挨拶をし、正式に魔王封印の旅に出かけた。
私の最期の旅になるかもしれないのだから多くの人に会いたい気もしたが、覚悟が揺らいではいけないだろう。
二台の馬車を引き、私はニャンコ族の集落の手前まで走った。
筋肉がデカくなるだけではなく走る速度まで速くなるのか。これは筋トレだけでは身に着かなかった能力だな。
「マッチョさん、疲れないんですか?」
「疲れていますけれど、軽く走ったくらいですね。」
文字通り馬車馬のように働いても今の私にとってはジョギング程度のものなのだ。さて、ここから先は樹木に遮られて馬車では通れない。どうしたものか・・・
「マッチョ。馬車を重ねて持てないかニャー?」
妙案である。
私は馬車を重ねて片手で持ち上げ、斧で道を切り開きながらニャンコ族の集落まで移動した。
限界領域の手前まで来た。私は斧を鞘に納め馬車を両肩で抱え、崖をジャンプして渡った。
たった半日で限界領域まで来てしまった。
適当な広場を見つけてそっと馬車を置いた。振動で壊してしまうと旅に支障が出るだろう。
もうすぐお昼だな。みんなもお腹が空いているだろう。
「食事にしましょう。」
「ま、マッチョさん、一回休憩させてください・・・」
「我もだ・・・頼む・・・」
どうやら上下動する馬車のせいで乗り物酔いになったようだ。
「・・・私がエルフ国で読んだ勇者の旅物語と違いすぎて少し混乱しています。人間族が持ち上げた馬車に乗ったまま移動するなんて思ってもみませんでした。もっとこう、勇者同士で距離を縮めて仲良くなりながら、歩いて旅をするものだとばかり思っていました。」
私も自分が馬の代わりになるなどとは思ってもみなかった。
「休憩でしたら馬車の点検をしますね・・・」
ヘロヘロになりながらロキさんが馬車の点検を始めた。食欲があるのは私とミャオさんだけか。
「マッチョ、鎧を着たまま運動するのはしんどくニャいのかニャ?」
サバ缶をなめるように食べながら、ミャオさんに聞かれた。
「木を伐りながら進まないといけないワケですから、怪我をしないように着ておいた方がいいでしょう。」
馬車に鎧を載せたとしても私が運ぶ重量は同じなのだ。
フラフラだがジェイさんもロキさんも相当に警戒をしている。以前ゴーレムに襲われた場所なのだ。
「ジェイ、ロキ。たぶん大丈夫だと思うニャ。罠をしかけるとしたら魔王が住んでいるところの近くにいるはずなんだニャ。」
「そうか。ミャオ殿が言うのであればそうなのだろうな・・・」
「僕、なんだか落ち着かないので、進路上の樹木を少し落としてきますね。」
ミャオさんは落ち着いたな。魔王の食事風景で動けなくなるほど恐怖を感じていたミャオさんはもういない。目の前に居るのは肉体的にも精神的にも鍛え上げられた勇者の一人だ。
「マッチョ殿。小さい方の斧を借りてもいいかな?我も身体を動かしておきたい。」
「いいですよ。大切なものなので折らないようにお願いします。」
「承知した。」
リクトンさんから頂いた大切な斧だが、勇者が使うのなら許されるだろう。
「樹木を切り倒すというのもあまり気持ちがいいものではありませんが、魔王を封印するためなら仕方ありませんね。」
白湯だけ飲んでいたフィンさんが話し出した。
「フィンさん、エルフ族に伝わる勇者の話ってどんなものだったのですか?」
「子どものおとぎ話ですよ。初代人間王とエルフ国の勇者が邪悪な魔王を倒し、魔物が出なくなった。お話によってはニャンコ族や龍族も従者として出てきます。」
ドワーフ族が出てこないあたりに作為を感じるな。
「エルフ族には独自の言葉があることは私も知りました。それにエルフ族は長命ですから、おとぎ話としてではなく史実として魔王や勇者について伝えられていることは無いんですか?」
「・・・他の種族にも魔王について伝えられていないんですか?」
「聞いたことがないニャー。ニャンコ族の勇者が人間族と魔王を倒したってお話しか知らないニャー。」
「人間族にも記録が残っていなかったんです。」
まぁ初代人間王は記録を残せなかったのだ。今でも魔王のところに人柱として居るはずだ。
「そうですか・・・実はエルフ族にも伝えられていないのです。魔王を封印したエルフ族の勇者は疲弊して国に帰ってきました。勇者は魔王との戦いについて具体的にはなにも語らず、死ぬまで旅の話をしませんでした。最長老様の御母堂ですね。」
「ゴボドウってなにかニャ?」
「母親のことですよ。」
そうか。
最長老様が唄ったあの唄は、今なお魔王を封じ続けている初代人間王に捧げた唄だったのかもしれない。称えているのか悲しんでいるのか。複雑な感情になるのだろうな。
長命というのも考えものだな。長い時を生きている間、苦しい思いをずっと胸に秘め続けることなどできないということか。最長老様が御母堂の唄の域に到達することは永遠に無いだろう。大切なものを失った人間にしか分からない感情が唄に乗っているのだ。
「マッチョ、なにを考えているのかニャ?」
「エルフ族の最長老様の唄を思い出しまして。あれが勇者についての唄だとすると、私たちも唄になるかもしれませんね。」
「マッチョさんは最長老様の歌声を聴かれたのですね。私はまだ年若いエルフなので、あの唄がどういう唄なのかは知りません。エルフ族の勇者様が作った、エルフの寿命以上の悠久の時を称える唄だとは知っていますが・・・」
「きっとマッチョがでっかいカラダで馬車を担いで走る唄になると思うニャー。」
それはそれで元トレーニーとして誉れである気がする。
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