異世界マッチョ

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130 マッチョさん、探索する

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 気絶しているあいだに魔王を適当に拘束し、魔王の洞窟をみんなで探索した。
 空調が効いているかのようなやたら快適な温度と湿度だ。魔王はいま魔法を使えないはずだから、この洞窟特有の性質なのか。だとしたら外に出たくないのも理解できる。快適過ぎるのだ。
 洞窟の奥に位置する、寝室とおぼしき部屋に見覚えのあるものが転がっていた。赤いパッケージのポテトチップス、赤いパッケージのコーラ、白いパッケージの超大盛りのカップ焼きそばだ。デカデカと2000キロカロリーを超える数字が書かれている。常軌を逸しているとしか思えない食生活だな。
 「こ、これだニャ・・・漆黒の食事に漆黒の飲み物・・・」
 表現として間違ってはいないが、私が居た世界ではその辺で売っている食糧と飲み物だ。
 「見覚えがあります。私が居た世界にあったものです。」
 体脂肪率40%を超えるとなると尋常ではないカロリーを摂取しなければならない。こういう食生活をして快適な洞窟でゴロゴロしていたら一年も経たずにああいう肉体になるだろう。糖質は生物のエネルギー源でもあるが、同時に生物を支配している麻薬でもあるのだ。
 「マッチョさん。エルフ族の古い物語では魔王が堕落した人間だという話があります。人間族とも共闘しなくてはいけないのでなかなか口には出せませんでしたが、あの魔王は堕落したもと人間だったのでしょうか?」
 「・・・残念ながらその通りだと思います。」
 この食生活を堕落と呼ばずに何と呼ぶのか。まずは食生活の改善から行わなくてはいけないか。

 魔王の寝室にはデスクトップパソコンまであった。どういう仕組みか分からないがネットに繋がっている。私も見たことがある匿名掲示板が開かれたままだった。魔王だけれどなにか質問ある?part38というところでレスバトルをしている。現役の魔王がやっているからスレッドが伸びているのだろうか・・・
 「マッチョさん、これは・・・なにか文字のようなものを表示して光っていますが・・・」
 「私の世界にあった機械です。遠くの人と文字で会話したり、買い物ができたりします。」説明として間違いでは無い。
 ふーむ。買い物。
 ログイン状態だったので私は勝手に魔王のパソコンのブラウザ履歴を見てみたら、やはりネットスーパーがあった。私はさらにパソコンを操作し適当に水と食料を勝手に購入してみた。商品は見覚えのある箱に入った状態で魔王の部屋に転送された。まったく仕組みは分からないが、魔王はこうやって日用品を手に入れていたらしい。なるほど。欲しいものはだいたい手に入るな。ここにいるあいだは私たちの食料や水もこうやって手に入れたらいいだろう。
 ちょっと気になってブラウザの検索ページからランドクルーザー岡田の現在を確認してみた。前に居た世界の時間軸の上では、私よりも魔王が生きていた時代の方が後だったのだ。つまり私が生きていた時代より先の未来を、私は確認しようとしている。
 ランドクルーザー岡田はシニアの部で世界一になっていた。さすがの一言である。
 「マッチョ。このおじいさんは誰なのかニャ?」
 「私の師匠です。」正確には心の師であるが。
 年老いてもなお現役であり続けたランドクルーザー岡田の肉体と笑顔に、私は勇気づけられた。
 魔王の筋トレを指導するというこの役割、しっかりと果たしてみせる。

 魔王に筋トレを教えるという方針は勇者のあいだでけっこう揉めた。
 そもそも魔王を強くしたら封印すらできないではないか、というのが主な論点だ。
 私は筋トレの効能についてじっくりと語った。いかに人間が変わるか、私が変わったか。平行線の議論に終止符を打ったのは意外にもミャオさんだった。
 「もういいニャ・・・マッチョの宗教上の信念ニャんだから、揺らぐことは無いと思うニャー。それに封印できるのはマッチョだけなんだから、マッチョが決めたらいいニャ。」
 「しかしそれでは勇者としての使命が・・・」
 「いや、僕も諦めました。宗教上の理由でしたら仕方ありません。マッチョさんの言葉を信じるしかないでしょう。」
 「宗教は大切ですからね。私もマッチョさんの信じるものを信じたいと思います。」
 「・・・そうか。ならば仕方ないな・・・マッチョ殿。我もマッチョ殿が信じるものを信じるとしよう。」
 魔王の監視は引き続きジェイさんに任せて、他の勇者たちと私は補給をするために洞窟をいったん出ることにした。

 洞窟を出たらもう夜だった。ちょっと冷えるな。また星が見られるとは思ってもいなかった。言葉が通じない魔王だったら私は魔王を封印して帰れなかったはずだ。
 議論も長引いたし、お腹も空いた。それに久しぶりに怒った気がする。
 トレーニーになってから私はどちらかというと寛容な人間になっていた。私がトレーニングをすることと、他の人間がトレーニングをしないことなど何の関係も無い。だが魔王との会話はなぜか私を苛立たせ怒らせた。
 魔王には成功体験というものが感じられない人間独特の卑屈さを感じたのだ。
 人間が変わることは難しい。悩みながら考え続けたトレーニングが狙い通りに必ず成功するとは限らないのだ。そして他人を変えることはもっと難しい。安易に人間は変わらないし、人間を変えられると思っている人間はあまりにも自信家で傲慢が過ぎるだろう。
 だが魔王のような状況の場合は別だ。そもそもの成功体験というものがおそらく無いのだ。その空虚な経験の積み重ねが言葉から透けて見えて私を苛立たせたのだと思う。そういう人間が匿名掲示板でレスバトルをしているのだろうと。
 肉体が変わればそれは成功体験になり、卑屈さも消えるだろう。
 元気なランドクルーザー岡田の顔を見て、私は勇気と確信をもらった。
 魔王は変われる。少なくとも肉体だけは変えてみせる。
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