異世界マッチョ

文字の大きさ
132 / 133

最終話 マッチョさん、大決断をする

しおりを挟む
 マシントレーニング中の魔王の姿勢が気になり、何度か正しい姿勢をとるように指導した。
 なぜか魔王はボディタッチを極端に嫌がるのだ。
 「フィンさん。魔王の姿勢が気になってたまに矯正するんですが、やたら身体に触られるのを嫌がるんですよね。」
 フィンさんが呆れかえった顔で私を見ている。
 「魔王とはいえ女性なんですから、そりゃ男性に気軽に身体を触られたらイヤでしょう!」
 ・・・そうなの?
 他の勇者もマジかコイツというポンコツを見る目で私を見ている。
 「ほら・・・マッチョさん、やっぱり気づいてなかったでしょう・・・」
 「賭けはお主の勝ちだな。次期龍族族長としてドワーフ族には龍族領地周辺の資源探索を許可するようにしよう。」
 私が気づくかどうか賭けの対象になっていた。
 だいぶウエストが減ってきたと思ったが、あれは女性のくびれだったのか・・・
 「マッチョさんが教えてくれるから、彼女は必死に食らいついてきているんだと思いますよ。女性として。」
 ・・・魔王からなにか視線を感じることはあったのだが、あれはぶっ飛ばされた恨みではなく、思慕の視線だったのか。

 うーむ。魔王とはいえ私は女性をぶっ飛ばした上に、ムチャクチャハードなトレーニングを強いてきたようだ。今までのトレーニング方法はすべて成人男性用(スポーツの経験あり)のものだったのだが、よく魔王はついてこれたな。もともとトレーニーとしての資質があったのかもしれない。
 魔王が女性だとしてもトレーニングは続けなくてはいけない。そしてもっとも魔王と多くの時間を共にするのは私なのだ。慕われていると知ってしまったら私だって意識する。二人の男女が多くの時間をともに過ごしていれば、それなりの関係にはなる。
 DVの悪癖が抜けない男とダメ男にしか魅かれない女のような関係だが、やはり責任というものは取らなくてはいけないだろう。
 私は魔王と所帯を持つことにした。

 数ヶ月後。
 既に勇者たちは人間国へと報告に行き、自国へと帰っていた。
 そしてフェイスさんを護衛にして、わざわざ人間王が魔王の山へと訪ねて来た。
 魔王は私の嫁としてしおらしく振る舞い、温かいほうじ茶を客人に振舞った。お茶請けは例のエルフ族のプロテインバーである。しかし見事にトレーニーの肉体へと変貌したな。フィンさんが化粧の仕方や髪の手入れの仕方やボディケアを教えたら、魔王は別人のように美しくなった。2000キロカロリーを超えるようなカップ焼きそばを求める魔王はもう居ない。ここのいるのは一人のトレーニーだ。
 「このような可憐な女性が魔王だとは・・・報告にはあったが実際に目にしないことには誰も信じないぞ・・・」
 「主人にカラダを変えられましたから・・・」
 筋肉の話である。
 「そして魔王を封印ではなく更生させるとはな・・・私はそこまで王家の秘儀を信じたことは無かった。お前と俺との大きな差がこれだな。」
 ダイニングテーブルに人間王が座り、対面に私が座って私の隣には魔王が座る。
 「私としても賭けでした。ですが勝算のある賭けでした。」
 「その報告も聞いている。魔王がお前とともにある限り、魔物は我らの領土には出ないのだな。」
 「魔物は定期的に召還しなくてはいけませんが、魔王の言いつけを聞く種類だけを選んで召還しています。どんな種族も襲いません。私は農業から始めようと思っています。魔物が自給自足を行える生活を目指します。」
 植物が育てば動物を育てることもできるだろう。動物が育つようになれば、魔物の食料事情もネットに頼らずに済む。
 いつかは魔物たちが穏やかに暮らし魔王が統治できる国ができるかもしれない。

 「マッチョ。お前、魔王の婿とか呼ばれているが、それでいいのか?」
 久しぶりにお茶を噴いた。いや・・・現実だけ見たらそう呼ばれても仕方が無いのか。
 「私もやる事があるのでここを離れるワケにもいきませんし。もうそういう呼ばれ方でもいいですよ。」
 「そうか。そう・・・か。もうお前と筋肉について共に語ることも無くなるのだろうな・・・」
 「私はここに魔物のための国を作ろうと思います。ずっと先になると思いますが、いつか他の種族とも交流できたらと思っています。その折にはまた筋肉について語り合いたいです。」
 この異世界に来てから私と人間王が筋肉について語り合えた時間。
 あれはまさに黄金の時間だった。
 筋肉について人間王と語り合う日が再びやって来ることを私は祈っている。
 
 「ああそうだ。フェイス。お前も話があるだろう?」
 護衛として立っていたフェイスさんが話しだした。
 「リクトンとルリと一緒に海の向こう側まで行く。こちらの限界領域はお前のおかげで見られた。次は海の向こう側だ。」
 「この世界に・・・海があるのですか・・・」
 魔王はこの山にずっと引きこもっていたから、この世界になにがあるのかほとんど知らないのだ。 
 そういえば群馬にも海が無かった気がする。彼女は群馬と魔王の山周辺しか世界を知らないのだ。残りの知識はネットで得た知識だ。
 「いつか海にも行けますよ。連れていきます。」
 魔王はにっこりと微笑んだ。私たちの関係は順調であるが、新婚旅行もしていないのだ。彼女は私とともにずっとトレーニングを続けている。私は少しずつこの山を持ち上げる手ごたえを感じているため、できることならもう少しこの場で挑戦し続けたいのだ。
 「・・・で、報告なんだが・・・その・・・ルリと結婚した。魔王と結婚したやつがいるのに、人間にビビってても仕方ないからな。」
 「おめでとうございます!」
 私と魔王はフェイスさんの結婚を祝福した。ルリさんもようやく落ち着けただろう。
 話を終えた二人を見送って、私は今日の分のトレーニングをすることにした。今日こそは持ち上げてみたい。

 私の名前は街尾スグル。
 異世界に飛ばされたトレーニーであり、美しい魔王の夫である。
 そしてもうすぐ新しい魔王の父となる。
 タベルナ村のハムは今日も美味しい。
 諸事情を深く考えなければ、幸せな家庭と充実した趣味の中で私は生きている。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

処理中です...