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75話 ディックに甘える猫シラヌイ

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「……ってのがその、私とディックのなれそめと言いますかねぇ……」

 私は赤面しつつも、巫女姉妹にディックとの事を説明していた。
 いやもう、姉妹の妄想劇場に付きあっていたら身が持たないので、話題を変えるべく自分の事を話してみた私であるが……。

「弱った想い人に寄り添い、自らを糧に復活させる……なんて美しい関係なのでしょうか」
「初夜の入りとしては最高だよ。しかも直前に彼のお母さんの魂が来るなんてにくい演出じゃん。それでそれで? どうだったの?」
「初めてだったのですよね、やっぱりその、痛かったりは?」

 自分のフィールドに入るどころか、ぎゃくにずかずかと入り込まれている。あれ? 恥ずかしい思いしているの、私だけ?

「ん、まぁ……ちょっとは。彼があの、凄く優しくしてくれたので、いやはや、あの……もうこれ以上言わせないでぇ……!」

 やば、頭から湯気がわいてきた……。
 なんでこんな羞恥プレイ食らわなきゃならないのよっ、淫魔が猥談でマウント取られるとか情けないことこの上ないじゃないのぉっ。
 ええい、話題を変えなくちゃ。こんな卑猥な話やっていけるか!

「そ、それはまぁ置いておくとして……恋愛というのもいい事ばかりじゃないんですよ。ディックって結構愛が重い奴で、ほらこれ、この間ロケットをプレゼントしてきたんですよ。自分の肖像画を入れて欲しいって遠まわしに言っちゃって」
「素敵じゃないですか。いいなぁ、好きな人からプレゼントをもらえるなんて羨ましい」

 おっ、やっと私の土俵になった? よし、彼氏持ちのアドバンテージは取れた!

「私がワードに貰えるなら、彼にリボンをつけて「プレゼントはぼ・く・だ」ってやってもらいたいなぁ」
「重い重い重い! 要求している想いが重い!」
「うわ、親父ギャグ……」
「ちが、これは違くて……んああああもう!」

 無敵かこいつら! 油断したところに痛烈なクロスカウンター叩き込まれたんだけど!

「それで私がワードにプレゼントするならリボンがいいですね。そのリボンで飾りつけして、「今夜は僕を食べて」なんて言ってくれたら最高……!」
「うーん、ロマンだねぇ」

 ロマンじゃねぇ! 何そのプレゼントの仕方、ワードってのには食われる以外の選択肢ないんかい! Yes/はい以外の選択肢作ってあげて!
 さっきから発言が自分から襲う事前提の物ばかりなんだけど。何この巫女、肉食系ってレベルじゃないわよ、性欲恐竜ばりに強いじゃないのよっ!
 これ以上こいつらの恋バナに付きあってたらツッコミすぎて死んでしまう……こうなりゃ無理やり話題を切り替えねば……そうだ。

「あの、急に話を変えますけど……お二人は幻魔シルフィ、という鳥をご存じですか?」
「幻魔シルフィ? いえ、初めてです」
「鳥かぁ、どんなの?」
「青くて、尻尾の長い鳥です。念話で会話する力があって、認知を操る幻術を使っていました」

 幻術は魔法の一種で、文字通り相手に幻覚を見せる物だ。
 幻視、幻聴は勿論、高位になると相手の記憶や認識にまで影響を与える魔法。チャームもそれに該当するので、本来ならサキュバスが一番得意とする分野だ。
 中でも認知、つまり相手がどう認識しているかを書き換える魔法となると、チャームよりさらに高度な魔法となる。

「エルフは幻術に耐性を持つ種族です、なのにたやすく認知を書き換えるとは……」
「うーん、ちょっとやばいやつかなぁ。世界樹に聞いてみようか」
 二人が世界樹に祈りを捧げ、知識を受け取る。表情から察するに、世界樹は知っていたようだ。
「へぇ、なるほどねぇ」
「そのような存在がいるとは、世界は広いですね」
「あの、世界樹はなんと?」
「幻魔シルフィは、一言でいえば伝説の鳥と呼ばれる存在のようです。滅多なことでは人前に姿を現さず、現しても認知を書き換える魔法で記憶から消してしまう。なのでシルフィに関する記述は殆どないそうです」
「でも好奇心旺盛みたいで、何度か歴史に介入しているんだって。歴史書でもし歪と言うか、なんか都合よくない? 変じゃない? って思う所があったら、大抵シルフィがやった後みたいだよ」
「へぇ……」

 確かに歴史には、妙にすさまじい功績を残す偉人が居る。ただ、睡眠を一時間しかとらないだとか、はた目から見れば独裁なのに長期政権を敷いたりとか、ちょっと妙だなって思うような記述も多い。
 もしそれらにシルフィが関わっているとしたら? 認知を書き換える力を持った鳥だ、偉人や周囲の人に幻術をかけて自在に操れるはず。
 そこまで考えて、ふと思った。

「記憶を消せるのなら、どうして私はシルフィを覚えているんでしょう」
「それはわかりません。ですが、シルフィは時代の流れを読めるそうです。歴史に変化が訪れる時に現れ、渦中の人物に接触する、との事です」
「って事はぁ、シラヌイさんがそれに選ばれたって事なのかなぁ」
「私が、歴史を変えると?」
「だって、勇者フェイスと戦ってるんでしょ? 勇者はいつ、どんな歴史でも、時代を変える存在だよ。そんな相手と関わっているのなら、シルフィが出てきてもおかしくないって」
「……私が、シルフィに選ばれた……」

 歴史に介入するような存在が、私なんかに興味を持つ? にわかには信じられない話ね。

「人知れず力を貸し、人知れず去る、気まぐれな幻魔。それがシルフィです。そんな存在に選ばれたのは、誇るべき名誉ですよ」
「でも名誉って言えるのかなぁ。世界樹の話じゃ、幸運を呼ぶか、破滅を呼ぶかのどちらからしいし。そもそもの目的が、自分が楽しむ事にあるからね」
「……自分が介入することによって、事態がどう動くのか。それを見て楽しんでいる。それがシルフィの目的?」
「そゆこと。あくまで力を貸すだけで、特にアドバイスとかはしない。世界樹曰く、歴史の観測者なんだってさ。だから手放しで喜んでいいかというと、また微妙なところだよね」

 本当に気まぐれな存在だ。けどもしシルフィが手を貸してくれるのなら……シュヴァリエの力を使えるかもしれない。
 神と鬼の魔石、ミストルティンとケーリュネイオン。この二つを使いこなすには、強力な使い魔が必要になる。
 シルフィはエルフの国全域に幻術を広める、強大な幻魔だ。シルフィを介すれば、もしかしたら。

「あの、シルフィと接触する方法はありませんか?」
「んーっとねぇ、無いって」
「シルフィが自分から来ない限り、まず難しいでしょうね」

 やっぱそう甘くはないか。けど、新しい力を制御する糸口は見えた気がする。
 幻魔シルフィ、あいつを絶対使い魔にしてみせる。私に興味を持ったのなら、その力を寄越しなさい。

「さて、情報を提供したところでぇ、話を元に戻そっか」
「ディックさんとの事、もっと聞かせてください」
「え、あ、え? ま、また? もういやぁ!」

 折角真面目な話になったのに、また元通り? 何なのよこの二人はぁ!
 結局、私はディックとの関係を根掘り葉掘り穿り返され、徹底的に精神を打ちのめされたのであった……。

  ◇◇◇

「って事で、もう精神的にくたくたよ……」
「……お疲れ様……」

 んでもって夜、ディックの部屋にお邪魔して、昼間の姉妹の事を話した。
 思わぬ本性にディックも閉口し、表情が凍っていた。本当にあの姉妹、めちゃくちゃ濃ゆい奴らだったわ……。

「人は見かけによらないというけど、ちょっと衝撃的だな。なんていうか、思春期の子供みたいじゃないか」
「……その通りね。年齢こそ私らより上だけど、何百年もの間性的な情報から隔離されていた分、興味が遅れてきているみたい」
「ワード、大丈夫かな……そんながっつき系の女性だとしたら、彼の身が持たないかもしれない……」
「カマキリみたいにならなきゃいいけどね。もうそれはいいとして、昼間見た鳥、覚えてる?」
「鳥? ……さぁ、居たかなそんなの」

 ディックは首を傾げた。ディックも確かに見たはずなんだけど、忘れている。シルフィの力みたいね。
 とりあえず、説明してみる。ディックは半信半疑みたいだったけど、不自然に私が怒りだしたり、見失ったりした事を思い返して、納得してくれたみたい。

「幻術を使う鳥か。幻魔シルフィ……シラヌイはそれに選ばれた?」
「そうみたい。世界樹曰く、歴史を変える奴に接触して力を貸すらしいんだけど」
「それって、シラヌイが歴史を変える人、って事にならないかな」
「勇者フェイスと戦っている以上、有り得ない話じゃないみたい、けど……」

 じっとディックを見る。それなら、ディックに力を貸すのが筋よね。
 私よりもフェイスと関わっているし、明確なライバル関係にあるし。なんで私なんかに興味を示したんだろ。……いや、もう考えるの面倒くさい。

「ディック、膝貸して」
「いいよ」

 一声かけてから、ディックに倒れこむ。あの姉妹にボコボコにのされたから、心が限界よ。
 今なら誰もいないだろうし、思い切りだらけてやる。

「ディック、頭撫でて」
「わかったわかった。今日は随分甘えてくるね」
「いいでしょ別に」

 ストレスが溜まった時、私は思い切りディックに甘えるようにしている。というよりそうしないとやってけないと言うか、我慢できないというか。
 けどディックに甘えているとストレスが薄れていく。こいつの手、肉刺だらけのくせして気持ちいいんだもん。
 あっ、頬を撫でてくれた。これがまたなんとも言えずたまらんのだ。

「猫みたい」
「うるしゃい」

 はぁ、なんか骨抜きにされるぅ……しゃーわせだわ……。

『魔王四天王がここまでぐにゃぐにゃになるか。いやー珍しい物が見れた』
「サキュバスが男に甘えて悪いかってんだ……あ!?」

 この高飛車な声、昼間聞いた声だ。思わず飛び起きて周囲を見渡す。
 ディックも驚き、刀に手をかける。窓を見やるとそこには……。

「シルフィ!?」
『よう! 昼間ぶりだな、お邪魔してしまったかな?』

 青い体に長い羽、間違いない、幻魔シルフィだ。いつの間にか室内に入っているじゃない。
 思わず身構え、シュヴァリエを握る。そしたらシルフィは興味深そうに杖を見た。

「……幻魔シルフィ、どうやって入った? 窓は閉まっているぞ」
『秘密だ、ネタを明かすマジシャンはいないだろう、剣士ディック。淫魔を愛した変り者、と呼ぶべきか?』
「変り者で結構だ、充分以上に幸せだからね」
『そいつは馳走様だ。してシラヌイ、どうしてそんな敵意むき出しにしている?』
「……見たわね?」
『ん?』
「さっきの、見たわね!?」

 シルフィに会えたのは驚きだけど、それよりも恥ずかしさが募る。
 ……さっきの、ディック以外の前では見せていない姿だ。というか見せられるわけがない、あんな気の抜けきった私なんかを。
 だってのに、こいつは見たわね。私の見てはいけない姿を見たわね!?

『ああ、ばっちりと見せてもらったぞ。まるで猫のようにごろごろにゃーんと甘えるシラヌイ、中々可愛いではないか』
「殺す! ぶっ殺す!! 骨身の髄まで焼き殺す!!!」

 あんな姿見られてただで帰すものか! あ、逃げた!

『ふははー! 焼鳥にしたければ追いかけてみるがいい! ふっはっはー!』
「このぉ、待てぇ!」
「だからシラヌイ! 窓から飛び出しちゃダメだって!」

 ディックの警告も遅く、窓から飛び出した私は、真っ逆さまに落下してしまったとさ。学習しねーな私!
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