ようこそ!アニマル商店街へ~愛犬べぇの今日思ったこと~

歩く、歩く。

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26頭目(前編)いやーな予防接種

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 朝からご主人様と里琴さんの様子がおかしいです。
 お二人に連れられてお散歩をしているのですが、笑顔が不自然です。里琴さんも普段自由にさせているちゃこさんさんをキャリーに入れて運んでいますし、散歩コースからも大きく外れています。
 なんでしょうか。脳裏に凄く嫌な記憶がよぎるのですけど……間違いなくお2人は、私達にとって都合の悪い何かを隠しています。

「ねぇ、私も凄く嫌な予感がするんだけど……」
「ええ……なんでしょうね、この圧迫感と、そこはかとない刺激臭は……」

 少しずつお薬の匂いが漂ってきます。同時に遠くから……阿鼻叫喚も聞こえてきます。
 この匂い、この悲鳴……まさか……!

「くそ、勘づかれたか。こらべぇ逃げるな」
「ぎにゃー! こんなもんに入れてるから変だなとは思ったんだよねー!」
「ちゃこも、暴れないでよ」

 そうです、時期的にも今日は私達にとって恐怖の日。予防接種の日ではありませんか。
 私とちゃこさんさんは逃げようともがきますが、ご主人様には敵いません。予防接種の会場の公園についてしまいました。そこには。

「いやだー! 注射いやだー!」
「薬気持ち悪いー! 飲みたくないー!」
「獣医だ、逃げろー!」

 様々な動物さん達が、大嫌いなお医者様から逃げようと暴れまわる姿がありました。
 公園には車が多数停まっていて、サッカー台を置いた受付がいくつかのブースに分かれて設置されています。

「あうう……まさかこんな、犬生最悪の日に巡り合ってしまうとは……」
「今からでも遅くないわ、とっとと脱出しましょう!」
「ちゃこ! 予防接種しとかないと、あとで辛い思いするのよ」
「今一瞬辛い思いをするか、後で長々と辛い思いをするか。お前ならどっちがいいんだ?」

 究極の選択を迫られました。病気になってからでは確かに遅いですけど、注射は嫌ですし……うぅ~!

「わぁ! なんかいっぱい動物と人がいるー!」

 苦渋の悩みをしていたら、クロさんが飛んできました。彼女も予防接種に来たみたいですね。

「ねね! 色んな動物が居るよ、遊んでいい!?」
「こーらクロ、今日は遊びに来たんじゃないんだよ」
「あら2人とも、予防接種に?」
「はい。クロは物おじしないですね」
「ハスキーは肝が据わってるからね。さ、おいでクロ」
「うん! あっ、変な服着てる人、あそぼ!」

 受付の人に愛想を振りまき、サッカー台に乗り上げました。あまりの元気の良さにお医者様が苦笑しています。
 並んでいる間もわんわん楽しく鳴き続け、あまりのうるささに順番が繰り上げられたほどでした。そして肝心の注射なのですが。

「はいちくっとするよー」
「ん? 何?」

 首の後ろに刺してすぐに終わり。クロさんは全く気づきません。

「はいもう終わりだよ、お疲れ様」
「えー、遊んでくれないのー? じゃあべぇあそぼ!」
「クロさん、痛くなかったんですか?」
「え、何が?」

 ……注射された事に全く気付いていません。信じられない、鈍感この上ないです。

「……こうなりゃ腹くくるしかないわね。ここで逃げたらクロに笑われちゃう」
「ええ、なんだか勇気をもらった気がします。ありがとう、クロさん」
「なんだかわかんないけどどういたしまして!」

 しぶしぶ、犬猫の予防接種に並びます。心の底から凄く嫌ですけれども、予防接種をしないと私達はすぐ病気にかかり、死んでしまいます。ご主人様達と二度と会えなくなってしまうんです。
 ならば一瞬の痛み程度、我慢しなければ。少しでも長生きしたいですから。

「はぁ……ん? おやおや、お前達か」
『あっ、マリンダさん』

 注射が終わった列から、知り合いの姿が出てきました。商店街のボス猫、マリンダさんです。
 あのマリンダさんすら焦燥しきった顔をしています。それだけで私達は顔を青くしてしまいました。

「ねぇ誰あの白い猫?」
「失礼よあんた! マリンダさん相手に」
「別にいいよ。今日はそんな怒る気力なんかないからね……あんた達、これから予防接種だろう? なら先に忠告しておくよ。……今日の医者、めちゃくちゃ下手くそだ……」

 なんでしょう、それ聞いた途端に足がすくんで動けなくなってしまったんですけど。
 え、ちょっと待ってくださいご主人様。私を連れて行かないでください、痛いの嫌です、注射は嫌です! 誰か! 助けてくださいーっ!

  ◇◇◇

「わっはっは! どうだい騙されただろうお前達」

 予防接種で焦燥しきった私達を、マリンダさんが笑い飛ばしました。
 注射は全然痛くなかったですよ、ええはい。でも直前にマリンダさんがあんな事を言ったものですから、がくぶるしながら受ける羽目になってしまいました。

「酷いですよ、あんな事言われたら否応なしに緊張するじゃないですか」
「偏屈婆のちょっとした悪戯だよ。ちゃこは勿論、珍しく取り乱すべぇが見れて私は満足さ」
「マリンダさん、酷いよぉ……」

 この人には敵いません。強すぎますよ。
 ご主人様達はご歓談されていて、私達もその間おやつをつまみながらお話しに花を咲かせます。予防接種で受けた心の傷はこうやって治さないと、お家に帰れません……。

「ねーね! なんでそんなに真っ白けなのー?」
「ちょ、クロ!」
「心が綺麗な猫だからだよ。とりあえずあんたは歳上に対する口の利き方を覚えな」

 クロさんへ痛烈な猫パンチ。流石に手加減したようですが、クロさんの顔が弾けました。
 ですがそれでめげる方ではなく、

「あはは! よーしじゃあプロレスごっこだ!」
「しょうがないやつだねぇ、ちょっとだけだよ」

 シベリアンハスキーのパワーを真正面から受け止めています。流石はマリンダさん、最強のボス猫さんです。

「クロの相手はマリンダさんに任せるわ……もー疲れたー。注射打たれるだけでへとへと」
「私も疲れてしまいました……暫く動きたくないです」

 ちゃこさんさんを頭に乗せてべったりと伏せます。首に刺された注射のショックは暫く癒えそうにないですね……。

「待て待てぇーい! そこの狐め、待つがいい!」

 なんて思っていたらです。ドコドコドコと荒々しい足音が聞こえたかと思うと、弁慶さんが私達の頭上を飛び越えて行きました。
 ニワトリさんといえども鳥さんです。翼を使って高々と跳躍します。したらば、マリンダさんが狙いすまして弁慶さんを叩き落しました。

「騒々しいよ弁慶! あんたはもっと静かに出来ないのかい!」
「すみませんマリンダさん! しかし我にとって許せぬ者が現れた故、追いかけまわしていました」

 弁慶さんはうやうやしく首を垂れます。先日の一件以来、マリンダさんに絶対服従をされているのです。

「弱い者いじめして悦に浸ってんじゃないよ。肝心の追いかけまわしていた奴はどこに行ったんだい?」
「あの大きな木の方へ向かったようです。我は口にチューブを突っ込まれ、体のあちこちを触られる屈辱を受けたというのに、あの狐め……敵前逃亡とは武士の恥よ」
「狐? 狐さんなんて住んでいましたっけ」
「私も知らないねぇ。ともかく探してやろうじゃないか。弁慶に追われて怯えているだろうし、助けてやらなきゃあね」
「追われる? 違いますぞマリンダさん。我は日本の動物たるもの、大和魂を持つよう教育したまでです」
「それがダメなんだっつのバカ。ともかく追いかけましょう」
「うん!」

 クロさんは早速飛び出してしまいます。相手が狐さんという情報だけでどこへ向かおうというのでしょうか。

「見つけたよー! 狐ってあれー?」
「あ、意外と近くにいたんですね」

 野生の勘と言いますか、直感で居場所を見つけたんでしょうね。クロさんが吠えて居場所を伝えてくれました。
 そこへ向かうと、珍しい方が木の上にいらっしゃいました。
 フェネックさんです。大きな耳をピンと立て、警戒した様子で私達を見下ろしています。
 犬と猫、両方に属する狐さんの仲間ですね。とても珍しい動物なので、私も初めて見ました。

「こ、来ないで! こっち来ないで! もう蹴られるのはやだよ!」
「うわ凄い警戒されてる。あんたどんだけ虐めたのよ」
「虐めたのではない、根性注入だ」
「だからやりすぎなんだよ馬鹿モン」

 マリンダさんが弁慶さんを殴り飛ばします。これで脅威は去りました。
 それでも、フェネックさんは降りてきません。警戒心が非常に強い方みたいでして、私達から距離を取り続けています。

「というかさ、あれもしかして降りられなくなってない?」
「えっ? そうなんですか?」
「……そんな事、ないもん。降りられるよ。お前達が居るから降りられないだけだい」
「そうかい。じゃあ私らは消えるとするさね」
「待って! あ……」

 あっという間にボロが出ました。弁慶さんを恐れて登ったはいいですけど、恐くて降りれなくなっているみたいです。

「しょうがない奴ねぇ。マリンダさん、一緒にいいですか?」
「いいだろう。本をただせばうちのバカ弟子がやらかした失態だ、私が処理する必要があるだろうさ。べぇにクロ、弁慶の阿呆がやらかさないよう見ておきな」

 マリンダさんとちゃこさんさんは軽く木に登っていきます。クロさんもはしゃいで登ろうとしますが、私達犬は木登りが得意ではないですから転がり落ちていきます。
 フェネックさんは怯えた様子ですが、恐くて身動きが取れないみたいです。

「はい着いた。一緒に降りてあげるから、とっとと動きなさい」
「嫌だ! 降りたら今度は注射が待ってる、注射も嫌だ!」
「あれも嫌だこれも嫌だ、面倒な奴だねぇ。何をどうすりゃ降りてくれるんだい?」
「それは……」

 フェネックさんは言いよどみました。本心を引き出さないと降りてこないでしょう。

「貴方は、ご主人様は好きですか?」
「嫌いじゃないよ。でも今は嫌いだ。だって僕に注射なんか打たせようとするんだ。絶対僕が嫌いになったんだよ」
「違いますよ。好きだからこそ注射を打たせるんです。あの注射は私達が病気にならないようにするための薬が入っているんです。あの注射をしないと私達は、たちまち病気になって死んでしまうんです」
「そうなの?」
「はい。決して私達に痛い思いをさせるためではなく、逆のためにやらせるんです。一瞬痛いかもしれませんが、それさえ我慢すればずっと痛くなくなりますよ」

 ゆっくりした説得にフェネックさんの心が惹かれているのが分かります。この調子ならば……。

「ええいまだるっこしい! とっとと降りてこんか!」

 なんて思った時に弁慶さんが木を蹴り飛ばしました。驚いたフェネックさんが落っこちてしまいます。
 すぐに背中で受け止めます。弁慶さんはクロさんが押さえ込みました。

「なーいすキャッチ。あの鶏め、余計な事して」
「あとでしっかりお仕置きしといてやるよ。ともあれ、結果的にはオーライか」
「こ、恐かったぁ……」
「よしよし、今すぐ安全な場所に連れて行ってあげますからね」
「あとクロとあそぼ!」

 クロさんがぴょんぴょん回りを跳ねて歩きづらいです。私達では飼い主様が分からないので、ご主人様の元に運ぶことにします。

「べぇ、どうしたんだそのフェネック」
「実は迷子になっていまして、飼い主様を探していただけませんか?」

 鼻を擦り付けると伝わったようです。フェネックを抱き上げ、近くに飼い主様がいないか探してくれました。
 そしたら、すぐに出てきました。

「あら、貴方が見つけてくれたの」
「あなたは……」
「やぁ、久しぶりだねべぇ」
「にしきさん」

 そう、フェネックさんの飼い主さんは以前出会ったボールパイソンさんの主、織江さんだったのです。

※フェネック
 狐の仲間であり、アメリカのケーブルテレビCNNにて世界一可愛い動物ランキング1位になった動物。希少な動物であり、価格は100~180万と非常に高価。
 夜行性の動物で、北アメリカの砂漠地帯やサハラ砂漠と言った乾燥地帯に生息しているため、水分をそこまで必要としない。
 天敵が多い環境で生活しているため臆病かつ警戒心が強く、人にはなかなか懐かない。小さな頃から人の手で育てられた個体であれば多少は人慣れするが、それでも人とのスキンシップはあまり好まない動物である。
 入手が難しく、フェネック用のグッズもないため、飼育するのは非常に難しい動物である。
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