ようこそ!アニマル商店街へ~愛犬べぇの今日思ったこと~

歩く、歩く。

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27人目(後編)いやーな予防接種

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「飼い主~どこ行ってたんだよ~」

 フェネックさんが織江さんへ駆け寄ります。織江さんはフェネックさんを抱きとめると、目を細めました。

「急に逃げ出しちゃって、そんなに注射嫌だった?」
「そんなの当たり前だい。痛いのが好きな奴なんかいるもんか」

 フェネックさんは抗議しますが、織江さんには伝わっていないようです。
 織江さんはフェネックさんを撫でながら、私と目線を合わせました。

「貴方がごんを見つけてくれたのね。ありがとう」
「どういたしまして。そちらのフェネックさんは、ごんさんと言うのですね」

 騒ぎのせいで自己紹介を忘れていましたね。織江さんはご主人様を見上げると、ほんのりと微笑みました。

「また会えたわね。覚えてる?」
「ええ、まぁ」
「ふぅん、そう。まだ思い出しては貰えてないみたいね」
「思い出す? 何をです」
「いけず」

 ご主人様は心当たりがないようです。私も織江さんとの思い出は全くないのですが、どこかで会った事があるのでしょうか。

「大将さん、そちらの方は?」
「前にボールパイソンの件で知り合って」
「あら、知り合い? ま、別にいいか」

 織江さんは里琴さんに興味がなさそうです。再びご主人様の方へ向くと、艶めかしい目を向けました。

「少し時間を貰えるかしら? 貴方とお話しがしたいのだけど」
「やれやれ、始まったな。気を付けた方がいいよべぇ、こうなると織江は面倒だからね」

 にしきさんはため息をつきます。ちゃこさんさんも織江さんに対し、敵愾心を向けていました。

「なんで俺にそんな執着するんです?」
「やっぱり思い出せてないのね。覚えてない? 高校の時に一緒のクラスだったんだけど」
「高校? 織江……小川織江さん?」
「よかった、思い出してくれたのね」
「あの、大将さん。そちらの方は?」
「高校の頃、3年同じクラスだった人なんです。そうそう思い出した。委員会もずっと同じだったっけ」
「どうして思い出してくれなかったのかしら」
「ごめん。綺麗になって見違えていたよ」
「この男、ナチュラルに口説き文句言ったわね」
「ご主人様は素直な方なのです」

 決して隠し事をしない人ですから、多くの人に慕われるんでしょうね。
 ご主人様はしばし織江さんとお話しをされました。その間、里琴さんがはらはらした様子で見守っています。

「ねぇ、私の家に来ない?」
「いや、この後用事があるから」
「いいじゃない、ほんの少しだけだから」

 織江さんは強引にご主人様を連れて行ってしまいました。するとにしきさんが目配せしてきます。

「急いでついて来て、面倒な事になる前に。前に言ったよね、織江は蛇みたいな奴だって。下手するとそこの女の人を泣かせる事になりかねないよ」
「わかりました」

 私も何やら胸騒ぎがしましたし、すぐに追いかけます。
 織江さんが営んでいる宝飾店に着きました。ご主人様と一緒に中へ入ると、織江さんはごんさんを放し、ご主人様に距離を詰めました。

「大将くん。ふふ、君付けすると高校時代に戻ったみたいね」
「そうだな。懐かしいもんだ、俺ってば頭悪かったから、テストの度に赤点取ってさ。何度も小川さんに助けてもらったよな」
「空手ばっかりやって勉強を疎かにしてきたからよ。それにしても小川さんなんて、急に他人行儀になったわね」

 織江さんはご主人様に身を寄せました。鈍感な私でも分かります、織江さんはご主人様に好意を抱いています。
 もしかして、ご主人様を里琴さんから取るつもりなんでしょうか。はっ! にしきさんがおっしゃっていたのは、もしかしてこの事では?

「僕らの飼い主、ちょっと強引な所があるんだ。僕を飼う時も、他の飼い主候補を強引に追いやったって」
「宝飾店を経営するにしてもそう、同業者を蹴落とす勢いで仕事しているみたいだからね。自分が欲しいと思ったのは、人であろうと強引に手にしようとするんだ」
「大将くんは気付いていなかったでしょう。私が貴方の事、好きだってこと」
「…………」
「今でも気持ちは変わってないのよ、ずっと貴方を想い続けていたの。そのために沢山努力してきたんだから。私ね、このお店以外にも沢山の店舗を持っているの。いつ貴方に会えてもいいように。貴方を傍に置き続けられるよう、お金持ちになるように頑張ってきたの。だから、私だけの人になって? 働かなくたっていい、貴方が傍に居れば、私はそれだけでいいのよ」

 織江さんが迫ってきます。これは大変です、すぐにご主人様をお助けしなければ、里琴さんが離れ離れになってしまいます。
 飼い犬として、ご主人様を守らなければ!

「ごめん小川さん。それに応える事は出来ない」

 ところが、ご主人様はきっぱりと断りました。

「なんで? どうして? ……彼女ね、里琴って人。あの人と、付き合っているの?」
「そうなんだ」
「でもそんなの理由にならないわ。だって私の方が彼女よりも魅力的でしょう? 私なら彼女よりも貴方を幸せに出来る自信がある。だったら、私を選ぶべきじゃないの?」
「そうじゃないんだ。君の気持ちは確かに嬉しい、けど俺は」

 ご主人様がお話しをしようとした時、外から大声が聞こえました。
 急いで現場へ向かうと、私達のお家です。そこには里琴さん達が居ました。そして私達のお家の屋根には……。

「山羊思う、ゆえに山羊あり」

 なぜかハナコさんが黄昏ていました。

「遅いのよあんた達! なんか知らないけどあの馬鹿山羊がまたあほな事やらかしてて!」
「鹿ではありません、山羊です。べぇ、私はいくどかスカイツリーへ向かうため、商店街からの脱出を試みました。しかし、電子リードある限りそれは叶わぬ夢……よって私は決めたのです。私を導いた貴方の邸宅にて、山羊としての真理を悟ろうと」
「勝手に阿呆な事考えてんじゃないわよ、人の家に登って迷惑かけないの!」
「困りましたね、今回は説得が通じそうにないですよ」

 となると、強引に屋根から引きずり下ろすしかないのですが……。
 悩んでいると、里琴さんがお家へ入っていきます。彼女にはご主人様が合い鍵を渡していまして、いつでも入れるようにしているんです。

「里琴さん、何を?」
「私がハナコを連れてきます、あそこに居たら落ちてしまうかもしれませんし。勝手にお邪魔してすいません」
「……いや、俺も行きますよ。家主なんだから、自分で処理しないと。一緒に行きましょう」

 ご主人様は里琴さんと一緒にハナコさんを追いかけます。織江さんはその様子をじっと見つめています。
 屋根に上がった2人は、ハナコさんへ詰め寄ります。ハナコさんは鼻を鳴らすと、

「私の邪魔をするつもりですか? 私は山羊の真理へと向かうべく、自分と対話しているのです。邪魔をするのはおよしなさい」
「さ、ハナコ。こっちへ来るんだ。危ないぞ」
「怪我したら大変だから、ね」
「お断りします。邪魔をされて気分を害しました、ここは去るとしましょう」

 ハナコさんが屋根から飛び降りようとしました。ですが足場がありません、落ちたら大事故につながってしまいます。

「だめっ!」

 里琴さんが飛びつき、キャッチします。が……すでに両者空中に居ます。これでは2人そろって大怪我です。
 ですが、私のご主人様が里琴さんを抱きとめ、屋根の縁を掴んで持ちこたえました。だけど1人で支えられる重量ではありません。

「大丈夫だ里琴さん……俺が、必ず助ける……!」
「そう……そんなに彼女が大事なのね」

 織江さんはうつむいた後、周囲に働きかけました。布を持って、大人数でご主人様の下へ向かうと、即席のトランポリンを広げます。
 ご主人様は里琴さんとハナコさんを抱えて落っこちました。トランポリンがクッションになって、皆さん無事です。

「こら里琴! あんた何無茶やらかしてるの!」
「痛いよちゃこ、猫パンチするのやめて」
「……貴方、恐くはなかったの? 山羊を守るためにあんな危険な事をして、死んでしまうかもしれなかったのに」
「それは、まあ。でもハナコがケガしたら大変ですし、何より大将さんが居ましたから。この人なら私が無茶しても助けてくれるって、信じてますから」
「そう……貴方は、こんな無茶をする人がいいの? 貴方まで危ない目にあったじゃない」
「違うんだ。俺は里琴さんの危うすぎるくらい優しい所に惹かれたんだ。そして気付いたら、彼女の全てが、他の人が目に入らないくらい好きになっていたんだ」
「……そう、私が入り込む隙間は、最初からなかったわけか」

 織江さんは諦めたように踵を返しました。

「本音を言えば、無理やりにでも奪ってやりたかったけど……そんな事をして好きな人に嫌われるのは嫌だからね。仕方ないから、諦めてあげる。でもその代わり」
「その代わり?」
「指輪は私の所で買いなさい、多少は割引してあげる」
「ありがとう。俺も今度来た時は、替え玉1玉サービスするよ」
「釣り合わない取引ね」
 織江さんは優しく微笑むと、手を振りながら去っていきます。
「あの、何があったんです?」
「ちょっとした昔話をしていただけですよ」

 ご主人様は快活に笑いました。一瞬とはいえ、ご主人様を疑ってしまった自分が情けないです。
 ご主人様は真剣に里琴さんを愛されています。なら、他の女性に言い寄られてもなんの問題もないに決まっています。

「なんかよく分からないけど、あんたの主人の問題は解決したみたいね。私は最初から大丈夫だって信じてたけど」
「私よりご主人様を信じていただいたんですね、ありがとうございます」
「そうじゃないわ。私は、里琴があの男を信じているから信じていたの。別にあの男自身を信じていたわけじゃないんだから」

 ちゃこさんさんはぷいとそっぽを向きました。

「おっとっと、そうだそうだ。べぇ、注射を頑張ったご褒美、忘れてたな」
「ご褒美! それは嬉しいですね」

 ご主人様はソーセージを食べさせてくれました。滅多に食べられない物なので嬉しいです。
 私もご主人様の全てが大好きです、優しくて芯のある方に飼われて、私は幸せですね。

「よし、これで飲ませろって言われてた薬も飲んでくれたな」
「これもわんちゃんとの信頼あってこそですよね」
「……あんた、犬としてそれでいいの?」

 はて、なんのことでしょうか。
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