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22話 恋と愛の違いって?

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 クェーサーは羽山のパソコンへ移動し、まだ手を付けていないカップを見やった。

「飲まないのですか」
「いやぁ、猫舌でね。ふーふーしても中々飲めないんだよ」

 羽山は苦笑した。猫をも殺しそうな外見に反し、中身は可愛いおじさんだ。

「白瀬と専務、社長は既婚者ですね」
「うんそうだよ、妻を愛してるよ。毎日私のために弁当を作ってくれて、感謝してもしきれないくらいだ。今度温泉にでも連れて行ってあげようかなぁ」

 羽山工業は夫婦仲の良い者が多い。サヨリヒメ曰く、これも自分の力のおかげなんだとか。
 羽山もかなりの美人な女性と、母の血を100%受け継いだ娘2人に囲まれて温かい家庭を築いている。……つくづく、父親に似なくてよかったものだ。
 弟も愛し、家族も愛し、社員も愛している。羽山ならば、クェーサーの疑問に答えられるかもしれない。

「社長、恋とはなんですか」
「おや、クェーサーも誰かを好きになったのかい?」

「分かりません。いえ、正確に言えば……私はまだ、「誰かを好きになる」と言うのを、分かっていないんです。その感情を、「愛」や「恋」と呼ぶのは調べました。しかし違いが分かりません。「愛」は多岐にわたります、しかし「恋」は分かりません。「愛」よりもずっと曖昧で、理解が出来ないのです」
「そうか。うーん、そうだね……恋か。中々難しい課題に取り組んでいるんだね」

 羽山は目を閉じ、少し考えると、

「色んな意見があるだろうけど、「恋」は「愛」より特別な人に向ける物だと、私は思っているよ」
「特別な人とは」
「自分の全てを賭けてでも添い遂げたい。そう思える人だよ。私も専務も、白瀬君も。そんな人と出会えたから、今があるんだ」

「自分の全部を賭けて……それが「恋」」
「そう。たった一人だけに向ける、大切な感情だ。クェーサーが「恋」の疑問をぶつけるって事は、そんな人に出会えたって事なんだね」

「私が「恋」を、あり得ません。私はAIです。特定の誰かのみに好意を向けるのは、仕様上間違っています」
「工業製品ならばね、でも君は違う。私達は君に、人に寄り添う心を持ってほしい。だからむしろ、誰かを好きになってほしいんだ」
「……私に、特定の誰かを……」

 サヨリヒメの記憶データを呼び起こす。彼女とのひと時を振り返る度、データがバグを起こしたようになる。
 ……これが、恋。AIの自分が、あやかしに抱いてしまった感情なのか。

「その感情で、困る事があると思う。そんな時は迷わず、私達に相談してごらん。皆何かしら、壁を乗り越えて今を生きている人達だ。クェーサーの力になってくれるよ、絶対ね」
「……わかりました」

 羽山の手前、そう答えるしかなかったが……クェーサーは機械だ。誰かに「恋」するのは、良い事なのだろうか。
 自分は人でもなければ、あやかしでもない。同じAIの仲間だって、居ない。世界中のどこにもカテゴライズされていない自分の力になってくれる者は、本当に居るのだろうか。

 クェーサーは胸が空っぽになるような、むなしい気持ちを感じていた。
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