もしも北欧神話のワルキューレが、男子高校生の担任の先生になったら。

歩く、歩く。

文字の大きさ
18 / 32

17話 少しずつ歩み寄る。

しおりを挟む
 テスト一週間前になると部活が休みになり、ラーズグリーズは中間に向けての指導に勤しんでいた。
 放課後になると、ラーズグリーズは特別講座を開き、生徒共々、高校生活初のテストを乗り越えるべく奮闘している。特別講座は好評で、他のクラスからも何人か来ているようだった。どうやら、受け持ちの生徒が口コミをしてくれたようなのだ。

 それは嬉しいし、きちんと講座を受けてくれる生徒達の姿勢も感心させられるのだが、ただ一人、来てくれない生徒がいる。浩二だ。
 別に自由参加だから、来なくてもかまわないのだが、少し寂しい気持ちになる。贔屓してはいけないのはわかるが、彼は最も気にかけている生徒の一人だから。

 だから、できれば参加してほしい。ラーズグリーズはただ、彼を知りたいだけだから。
 そんな思いで日々を過ごしていた、ある時である。

「やっほーばるきりーさぁーん! きったよー!」

 いつものように準備をして待っていると、これまたいつもの通り、一番乗りで琴音が飛び込んできた。なんかやけにハイテンションだが、何かいい事でもあったのだろうか。

「どうした、そんなにはしゃいで」
「あのね! これ当たったの!」

 琴音は「当たり」と書かれた棒きれを見せてきた。

「グリグラくん醤油味の当たり棒なのー! 全然当たんないからすっごく嬉しいんだ!」
「醤油味……それはメーカーとしてどうなのだ?」

 グリグラくんは他にもめんつゆ味、そば湯味、ラー油味があるらしい。味付けがニッチすぎやしないだろうか。
 それはいいとして、琴音は廊下に身を乗り出し、手招きをした。

「ほらほらまりちゃん頑張って! 負けるな負けるなファイト! おー!」
「おっしゃー!」

 どうやら木下が誰かを連れてきているようだ。しかし木下でも苦労するほどの、誰を連れてこようとしているのだろうか。

「おら、とっとと来い! 男なら大人しくしてな!」
「男でなくても抵抗するだろ! 離せこら!」

 抵抗する件の人物を羽交い絞めにし、木下が入ってきた。ヘラクレスと筋トレしているから、彼女から逃げるのは難しいだろう。
 でもって、彼女が絞め技で無理やり連れてきたのは……。

「浩二か」
「……おお」

 浩二は諦めたらしく、舌打ちをしながら机に鞄を置いた。
 ラーズグリーズはできるだけ平静を保ちつつ、琴音と木下に感謝した。

「来てくれたのだな」
「琴音と木下が無理やり連れて来たんだよ。こんな講座、来たくもない」

 憎まれ口をたたき、浩二はそっぽを向いた。不機嫌な浩二の肩を抱き、木下は彼を座らせた。

「まぁそう言うなよ。テストはもうすぐなんだし、事前強化しておいて損はないよ」
「どうだか。大体、この講座を受けて点数が上がるかどうかすら怪しいもんだ」

 ご指摘の通りだ。ラーズグリーズだって点数が上がるかどうか、自信はない。
 けど生徒のサポートができるよう、できる限りの努力はしている。自分の受け持ちならば、特にだ。
 ラーズグリーズは浩二に、薄い冊子を渡した。

「なんだよこれ」
「君用のミニテキストだ。講座に来てくれた生徒には、皆渡している」
「俺用……俺用?」
「ああ。君の得手不得手に合わせて作成してあるから、役に立つと思う」
「役に立つって、どうせ他の奴と内容かぶってんだろ?」
「かぶっていない。なんなら、琴音のと見比べてみるといい」

 浩二は自分の冊子と、琴音の冊子を手に取った。中を見比べて、表情がこわばっていく。

「……本当に、中身が違う……」
「君は特に数学が苦手のようだからな、公式を解釈しやすいよう、ノイマンと相談して噛み砕いた解説を用意した。テストで力になるはずだ」
「数学の権威まで引っ張り出して作ったのかよ……それに、なんで俺が数学苦手だって……」
「ホームルームが終わった後、よく琴音に嘆いていただろう。数学なんか気がめいると。他の教師にも、君について教えてもらった。それを元に作ったのだ」
「……よくやるもんだな、おい。随分苦労しているけど、そこまでする理由なんかあるのか?」

 浩二はひらひらと冊子を揺らし、笑いながら聞いてきた。
 以前のラーズグリーズだったら答えられなかっただろう。でも今なら、胸を張って言える。
 ラーズグリーズは笑顔で頷いた。

「私は教師だ。それ以外に、理由は必要ない」

 ラーズグリーズは静かな眼差しで浩二を見た。
 彼は言い返せず、小さく唸って黙り込んだ。彼の中で、消化し切れない感情が渦巻いているのがわかる。不信、軽蔑、わずかな期待。浩二は懸命に、それらを飲み込もうとしていた。
 浩二が通ってきた過去の道のりで、様々な思いが積もり、重なって、彼自身に凝り固まっている感情があるのだ。今はまだ難しいだろうが、ラーズグリーズは信じている。彼が必ず、己なりの答えを出してくれると。

「ほれムロ公! いい加減ふて腐れんのはやめときな。あとでグリグラくん買ってやるから。てんかす味好きだろあんた」
「お前は俺のおかんかよ」
「一応あたしもマネージャーやってっから、ある意味近いかもね」
「……勝手にしろ」

 木下に背を叩かれ、浩二は観念したように頬を突いた。
 丁度人が集まり始め、時間も迫っている。ラーズグリーズは話を止め、教壇に立った。

「では皆、始めようか。まずは数学からだ」

 自作の参考書を出し、ラーズグリーズは講座を開始した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...