17 / 32
16話 ばるきりーさんの疑問
しおりを挟む
職員室にて、ラーズグリーズは明日の補習の準備をしていた。
使用する教室を確保して、ダ・ヴィンチの意見を取り入れたテキストの用意と、受講者に合わせた学習法を個々に考えておく。それが終わったらバスケ部の地区大会出場の申し込みをして、他にも月曜からの授業の備えと……バリバリ音を出しながらめまぐるしく動くラーズグリーズのバイタリティに、他の教師は舌を巻いていた。
「ふぅ」
操作に慣れたパソコンを打ち終え、ラーズグリーズは一息ついた。
琴音から感謝されて以降、この仕事が楽しくて仕方がない。各生徒と向き合い、個性を伸ばしていく仕事が、こんなにも楽しいだなんて。
よく見ていくと、一人一人違うのだ。この生徒はここが苦手で、あの生徒はあれが得意で、それを伸ばすにはそうやって、どれを克服するにはどうやってと、考えているうちに日が暮れる。もう時間が足りなくてもどかしかった。
やっと軌道に乗った教職にほっとする一方、ラーズグリーズは一人の生徒に関して悩んでいた。浩二である。一歩離れた所で浩二を見れるようになったからだろうか。彼の心の動きが、なんとなく伝わってくるのだ。
浩二は大人に対し不信感を抱いている。それは琴音から聞いた通りだが、その不信感の後ろには、大人への憎しみがあるような気がした。それも、随分深い根があると見える。
どうして彼が、そうまで大人を憎むのか。気になるし、調べるのは簡単だが、ラーズグリーズから調べるのは、彼のためにはならない。
今なら分かる。琴音の言う、触れられたくない領域とやらが。生徒は皆、大なり小なり不安や悩みを抱えている。それをつつくのは、人の心に土足で踏み込むのと同じだ。浩二が抱えている物は、決して軽くない。無理に触れようとしたら、彼の心に悪影響を与えてしまう。
教師は手を出すだけでなく、あえて距離を開ける必要もある。待つのもまた、教育だ。
「待つしか出来ないのはつらいがなぁ……」
ラーズグリーズは背もたれに寄りかかり、窓を見やった。
そしたら窓の外に、部下の姿が見えた。
「……ほう」
途中報告に来たか。ラーズグリーズは目を閉じ、部下に意識を向け、頭に直接声を届けた。
「首尾はどうだ?」
「未だ発見出来ません。何度か感知はするのですが、すぐに気づかれてしまいます」
「そうか……引き続き、奴を追ってくれ」
部下は敬礼し、いずこへと飛び去った。
教師の悩みとは別の、戦士としての苦悩に、ラーズグリーズはため息をついた。
あれから、ヘルの行方を掴めずにいた。主様との戦いで力をだいぶ失っているだろうが、それも時間が解決してしまう。時間が立てば立つほど、奴は本来の力を取り戻していくはずだ。
奴が本来の力を取り戻したら、ラーズグリーズでは勝てない。奴と戦えるのは主様くらいのものだ。しかしその主様は今、戦うどころか動く事さえできないのだが。
「……ヘルか」
つい先日、ラーズグリーズは奴について聞くために、主様の下へ参上していた。
主様はヴァルハラの奥、自身の寝室にて、深い眠りについている。お言葉を得られるのは本当に稀で、ごく短時間に限られている。
原因はヘルだ。ヘルが主様の持つ槍を目的に、襲撃してきた事から起因する。
自身と互角の力を持つヘルを倒すべく、主様は立ち上がり、先陣を切って戦い続けた。結果としてヘルを撃退することはできたが、引き換えとして、主様の意識は深奥へと沈んでしまったのだ。
それでもなお、主様は夢で世界を見渡し、時折ヴァルキュリア達に助言を与えてくださる。
ヘルについて伺うため、ラーズグリーズはここしばらく尋ね続けていたのだが、やはり、主様は黙したまま。有力な情報は、得られなかった。
「ヘルがおとなしい内に対処するべきなのだが……」
唯一分かっているのは、奴の狙いがはっきりしている事だけだ。
最初は、浩二と琴音の二人を狙っているのかと思っていた。しかしフレースヴェルグ、アルミラージの行動を振り返るに、浩二を重点的に攻撃していた。ヘルは浩二を狙い、そして殺そうとしている。それだけは、どうにかわかった。
しかしなぜだ。なぜヘルはたった一人の、それも子供の人間なんかを付け回している?
ヘルは馬鹿ではない。意味も無く、道端の石ころを壊すような真似は断じてしない。恐らく、浩二には何か秘密があるのだ。ヘルにしかわからない、秘密が。
ただその秘密だが、ラーズグリーズにはうっすらと心当たりがある。ヴァルハラで浩二は、秘密の片鱗を見せている。
なぜ彼が主様の武器を使えるのか。そしてもうひとつ、彼の言葉に含まれる、不可思議な強制力。彼が命令を下すと、ラーズグリーズの意思に関係なく、勝手に体と思考が動いてしまうのだ。ラーズグリーズ程高位の存在に影響が出るのなら、他のヴァルキュリアも恐らく同じだろう。彼の命令に、誰も逆らえない。
ただ、それだけわかっていても、答えはわからなかった。なぜ彼がそのような力を持つか、そこから調べていくしかあるまい。
「君は、何者なんだ?」
ラーズグリーズのつぶやきは、誰にも届かなかった。
使用する教室を確保して、ダ・ヴィンチの意見を取り入れたテキストの用意と、受講者に合わせた学習法を個々に考えておく。それが終わったらバスケ部の地区大会出場の申し込みをして、他にも月曜からの授業の備えと……バリバリ音を出しながらめまぐるしく動くラーズグリーズのバイタリティに、他の教師は舌を巻いていた。
「ふぅ」
操作に慣れたパソコンを打ち終え、ラーズグリーズは一息ついた。
琴音から感謝されて以降、この仕事が楽しくて仕方がない。各生徒と向き合い、個性を伸ばしていく仕事が、こんなにも楽しいだなんて。
よく見ていくと、一人一人違うのだ。この生徒はここが苦手で、あの生徒はあれが得意で、それを伸ばすにはそうやって、どれを克服するにはどうやってと、考えているうちに日が暮れる。もう時間が足りなくてもどかしかった。
やっと軌道に乗った教職にほっとする一方、ラーズグリーズは一人の生徒に関して悩んでいた。浩二である。一歩離れた所で浩二を見れるようになったからだろうか。彼の心の動きが、なんとなく伝わってくるのだ。
浩二は大人に対し不信感を抱いている。それは琴音から聞いた通りだが、その不信感の後ろには、大人への憎しみがあるような気がした。それも、随分深い根があると見える。
どうして彼が、そうまで大人を憎むのか。気になるし、調べるのは簡単だが、ラーズグリーズから調べるのは、彼のためにはならない。
今なら分かる。琴音の言う、触れられたくない領域とやらが。生徒は皆、大なり小なり不安や悩みを抱えている。それをつつくのは、人の心に土足で踏み込むのと同じだ。浩二が抱えている物は、決して軽くない。無理に触れようとしたら、彼の心に悪影響を与えてしまう。
教師は手を出すだけでなく、あえて距離を開ける必要もある。待つのもまた、教育だ。
「待つしか出来ないのはつらいがなぁ……」
ラーズグリーズは背もたれに寄りかかり、窓を見やった。
そしたら窓の外に、部下の姿が見えた。
「……ほう」
途中報告に来たか。ラーズグリーズは目を閉じ、部下に意識を向け、頭に直接声を届けた。
「首尾はどうだ?」
「未だ発見出来ません。何度か感知はするのですが、すぐに気づかれてしまいます」
「そうか……引き続き、奴を追ってくれ」
部下は敬礼し、いずこへと飛び去った。
教師の悩みとは別の、戦士としての苦悩に、ラーズグリーズはため息をついた。
あれから、ヘルの行方を掴めずにいた。主様との戦いで力をだいぶ失っているだろうが、それも時間が解決してしまう。時間が立てば立つほど、奴は本来の力を取り戻していくはずだ。
奴が本来の力を取り戻したら、ラーズグリーズでは勝てない。奴と戦えるのは主様くらいのものだ。しかしその主様は今、戦うどころか動く事さえできないのだが。
「……ヘルか」
つい先日、ラーズグリーズは奴について聞くために、主様の下へ参上していた。
主様はヴァルハラの奥、自身の寝室にて、深い眠りについている。お言葉を得られるのは本当に稀で、ごく短時間に限られている。
原因はヘルだ。ヘルが主様の持つ槍を目的に、襲撃してきた事から起因する。
自身と互角の力を持つヘルを倒すべく、主様は立ち上がり、先陣を切って戦い続けた。結果としてヘルを撃退することはできたが、引き換えとして、主様の意識は深奥へと沈んでしまったのだ。
それでもなお、主様は夢で世界を見渡し、時折ヴァルキュリア達に助言を与えてくださる。
ヘルについて伺うため、ラーズグリーズはここしばらく尋ね続けていたのだが、やはり、主様は黙したまま。有力な情報は、得られなかった。
「ヘルがおとなしい内に対処するべきなのだが……」
唯一分かっているのは、奴の狙いがはっきりしている事だけだ。
最初は、浩二と琴音の二人を狙っているのかと思っていた。しかしフレースヴェルグ、アルミラージの行動を振り返るに、浩二を重点的に攻撃していた。ヘルは浩二を狙い、そして殺そうとしている。それだけは、どうにかわかった。
しかしなぜだ。なぜヘルはたった一人の、それも子供の人間なんかを付け回している?
ヘルは馬鹿ではない。意味も無く、道端の石ころを壊すような真似は断じてしない。恐らく、浩二には何か秘密があるのだ。ヘルにしかわからない、秘密が。
ただその秘密だが、ラーズグリーズにはうっすらと心当たりがある。ヴァルハラで浩二は、秘密の片鱗を見せている。
なぜ彼が主様の武器を使えるのか。そしてもうひとつ、彼の言葉に含まれる、不可思議な強制力。彼が命令を下すと、ラーズグリーズの意思に関係なく、勝手に体と思考が動いてしまうのだ。ラーズグリーズ程高位の存在に影響が出るのなら、他のヴァルキュリアも恐らく同じだろう。彼の命令に、誰も逆らえない。
ただ、それだけわかっていても、答えはわからなかった。なぜ彼がそのような力を持つか、そこから調べていくしかあるまい。
「君は、何者なんだ?」
ラーズグリーズのつぶやきは、誰にも届かなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる