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第八話 sideスピネル 2
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そうしながらも成長していくステラ姫は、どんどんと美しくもなっていった。誰の目にもわかりやすく。
だんごっ鼻は変わらずにいるけれど、垂れた目尻が愛らしくて。
そして、何よりふくよかな胸に細いウエスト。
確かに華がある方ではない。しかし、決して醜くくはなかった。それは侍女たちの努力もあったのだろうけれど。
すらりとした姿勢がよい体に胸が揺れる姿に、下品に鼻の下を伸ばした男を何人も見た。
その視線が許せなくて、どうしても出なくてはいけないパーティでは彼女を人目につかない場所に移動させていた。そうして婚約者同士の二人きりの世界に見せかけて、彼女を他の男からガードしていたのだ。
それを彼女は何も考えず、これ幸い、とこっそり勉強していたけれど。
とびぬけた美しさとは違うが、知識が豊富で、話していても楽しい。気さくで憧れられる対象ではなく親しまれる存在。偉ぶるところもなく素朴で、一緒にいて気疲れをせずに長い間を過ごせる彼女は皆に、国民に親しまれていった。
しかし、自分は知っていた。彼女はけっして社交的な人ではない。
だからこそ、婚約者のガードが固いという名目であまり彼女が誘い出されないように仕向けて。
自分の方もあまり頻繁に顔出しをするのも迷惑かと思ってはいたが、顔を出しても自分の存在など気にせず、勉強に没頭していた姫は、あれはもしかしたら、本当に自分の存在に気づいていなかったのかもしれない。
そして、そのうち美しくないとステラ姫を笑う者は、その冴えわたる頭脳を嫉妬しているのだと言われるくらいに、彼女の知性は有名になっていった。
彼女が提出した衛生問題と都市計画に対する論文は、学会でも話題になっていたし、実際にそれをモデルにした計画も立てられた。大体年齢が二桁になったばかりの人間が専門家の大人相手に自分の考えを述べること自体がどれほどの偉業か。
彼女のその偉業も、後ろから見守っている我々が……特に自分が支えているからだと自負していた。勝手に。
あの時までは。
あの朝。
ステラ様が一度目の試験で帝国最高試験に合格されたということを聞いて、王宮に呼び出されたあの日、姫は晴れやかに言ったのだ。
婚約解消しましょう、と。
それを聞いた時、目の前が真っ暗になり、しまった、やられた!!と思った。
あの瞬間に、どういう図式で彼女が自分との婚約破棄へのルートを計算していたかが読めた。
彼女は自分と結婚したがっている……いや、そこまでではないにしろ、自分と結婚してもかまわないと思っている、という思い込みが自分の中で無意識にあった。
彼女の受験の目的は、まさに真逆だったのだ。
ほとんど逃げ帰るように屋敷に戻った自分は、彼女から正式に絶縁が叩きつけられるものだと覚悟をしていた。しかし、ステラ様は何も言ってこない。
婚約者が修道院に入ると言っているのだから、婚約破棄を申し渡すいいチャンスですよ、さぁ、言ってこいとアピールするだけで、自分の方からするようには仕向けない。
それはフラれてあげるから、と言っているのも同じだった。
それを見て当惑した。
彼女は自分と結婚したいわけではないが、捨てたいわけではないのか?
そして自分は……?
最初は彼女と結婚したくなかったはずだった。プライドのために。
そして、結婚しなくてはいけないと思い込んで過ごしてきた四年間。
いざ結婚しなくていいと目の前に権利が差し出されているのに、なぜそれを掴もうとする気がないのだろう。
「スピネル、お前、ステラになんか言っただろ!?」
ステラ様が聖堂教会の大聖母となると言い出したと教えてくれたカルマリン様に詰め寄られた。
その話をきいて、ああやっぱりとも思うが、しかし、本当に何かを言った心当たりがないのだから困ってしまう。
こうして心配して、怒ってくれ、自分に情報をもたらせてくれるカルマリン様の存在はありがたかった。
カルマリン様と自分は、きっと最も仲のよい主従だろう。
将来カルマリンの近侍となるべく育てられていたが、もともと我々二人は疎遠だった。
ステラ様と婚約してから、彼は将来の義兄だからというわけで親しくなったわけでもなく、ただ、自分がもっとステラのことが知りたくなって、彼から話を聞きだしていたのがそもそものきっかけだ。
ステラ様がいなかったら、彼と自分のこういう関係はありえない。
「俺の方から父上に言っておくから、お前なんとかしろよ?!」
「なんとかしろとおっしゃられても……」
「お前、ステラが好きなんだろ!」
俺には分かっている、と上から言われて、ぐっと詰まる。顔に血が上っていくのが見なくてもわかった。
「早く何とかしろよ! いいな!」
この顔の熱さは、怒りや屈辱からではない。
自分のその顔色に気づいていたのかいなかったのか。きっと気づいていても自分のために彼は見ないふりをするくらいの気遣いができる人だ。そして言いたいことだけ言うと、忙しい王子は去っていった。
「俺が、ステラ姫を……?」
自分とステラが結婚することは決められたことであって、我々が恋をすることは必要がない。
だから、一番考えたことがなかった。
しかし、ステラ様と自分にそのような未来がないということが考えられなかった。
その時、初めて自覚した。
――自分はステラ姫を慕っている、ということを。
だんごっ鼻は変わらずにいるけれど、垂れた目尻が愛らしくて。
そして、何よりふくよかな胸に細いウエスト。
確かに華がある方ではない。しかし、決して醜くくはなかった。それは侍女たちの努力もあったのだろうけれど。
すらりとした姿勢がよい体に胸が揺れる姿に、下品に鼻の下を伸ばした男を何人も見た。
その視線が許せなくて、どうしても出なくてはいけないパーティでは彼女を人目につかない場所に移動させていた。そうして婚約者同士の二人きりの世界に見せかけて、彼女を他の男からガードしていたのだ。
それを彼女は何も考えず、これ幸い、とこっそり勉強していたけれど。
とびぬけた美しさとは違うが、知識が豊富で、話していても楽しい。気さくで憧れられる対象ではなく親しまれる存在。偉ぶるところもなく素朴で、一緒にいて気疲れをせずに長い間を過ごせる彼女は皆に、国民に親しまれていった。
しかし、自分は知っていた。彼女はけっして社交的な人ではない。
だからこそ、婚約者のガードが固いという名目であまり彼女が誘い出されないように仕向けて。
自分の方もあまり頻繁に顔出しをするのも迷惑かと思ってはいたが、顔を出しても自分の存在など気にせず、勉強に没頭していた姫は、あれはもしかしたら、本当に自分の存在に気づいていなかったのかもしれない。
そして、そのうち美しくないとステラ姫を笑う者は、その冴えわたる頭脳を嫉妬しているのだと言われるくらいに、彼女の知性は有名になっていった。
彼女が提出した衛生問題と都市計画に対する論文は、学会でも話題になっていたし、実際にそれをモデルにした計画も立てられた。大体年齢が二桁になったばかりの人間が専門家の大人相手に自分の考えを述べること自体がどれほどの偉業か。
彼女のその偉業も、後ろから見守っている我々が……特に自分が支えているからだと自負していた。勝手に。
あの時までは。
あの朝。
ステラ様が一度目の試験で帝国最高試験に合格されたということを聞いて、王宮に呼び出されたあの日、姫は晴れやかに言ったのだ。
婚約解消しましょう、と。
それを聞いた時、目の前が真っ暗になり、しまった、やられた!!と思った。
あの瞬間に、どういう図式で彼女が自分との婚約破棄へのルートを計算していたかが読めた。
彼女は自分と結婚したがっている……いや、そこまでではないにしろ、自分と結婚してもかまわないと思っている、という思い込みが自分の中で無意識にあった。
彼女の受験の目的は、まさに真逆だったのだ。
ほとんど逃げ帰るように屋敷に戻った自分は、彼女から正式に絶縁が叩きつけられるものだと覚悟をしていた。しかし、ステラ様は何も言ってこない。
婚約者が修道院に入ると言っているのだから、婚約破棄を申し渡すいいチャンスですよ、さぁ、言ってこいとアピールするだけで、自分の方からするようには仕向けない。
それはフラれてあげるから、と言っているのも同じだった。
それを見て当惑した。
彼女は自分と結婚したいわけではないが、捨てたいわけではないのか?
そして自分は……?
最初は彼女と結婚したくなかったはずだった。プライドのために。
そして、結婚しなくてはいけないと思い込んで過ごしてきた四年間。
いざ結婚しなくていいと目の前に権利が差し出されているのに、なぜそれを掴もうとする気がないのだろう。
「スピネル、お前、ステラになんか言っただろ!?」
ステラ様が聖堂教会の大聖母となると言い出したと教えてくれたカルマリン様に詰め寄られた。
その話をきいて、ああやっぱりとも思うが、しかし、本当に何かを言った心当たりがないのだから困ってしまう。
こうして心配して、怒ってくれ、自分に情報をもたらせてくれるカルマリン様の存在はありがたかった。
カルマリン様と自分は、きっと最も仲のよい主従だろう。
将来カルマリンの近侍となるべく育てられていたが、もともと我々二人は疎遠だった。
ステラ様と婚約してから、彼は将来の義兄だからというわけで親しくなったわけでもなく、ただ、自分がもっとステラのことが知りたくなって、彼から話を聞きだしていたのがそもそものきっかけだ。
ステラ様がいなかったら、彼と自分のこういう関係はありえない。
「俺の方から父上に言っておくから、お前なんとかしろよ?!」
「なんとかしろとおっしゃられても……」
「お前、ステラが好きなんだろ!」
俺には分かっている、と上から言われて、ぐっと詰まる。顔に血が上っていくのが見なくてもわかった。
「早く何とかしろよ! いいな!」
この顔の熱さは、怒りや屈辱からではない。
自分のその顔色に気づいていたのかいなかったのか。きっと気づいていても自分のために彼は見ないふりをするくらいの気遣いができる人だ。そして言いたいことだけ言うと、忙しい王子は去っていった。
「俺が、ステラ姫を……?」
自分とステラが結婚することは決められたことであって、我々が恋をすることは必要がない。
だから、一番考えたことがなかった。
しかし、ステラ様と自分にそのような未来がないということが考えられなかった。
その時、初めて自覚した。
――自分はステラ姫を慕っている、ということを。
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