霧の魔女と青銀の翼

祥々奈々

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瘟鬼 ナインテーター

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 バヒュッ ドスッ 「がぁっ!?」
 森の闇から一条の黒線が神速で男の掌を貫いた、パアッンッ 弾ける音と共に手首から先が消失する。
 「ぎゃああああっ!!」返り血を嫌がった男が自分の血を浴びて転がる。
 「ローペン!」私は森の闇に叫んだ。
 「つくづく貴方は甘いお人だ、その外見ほどにクールであれば、よもや足蹴にされるなどということは無かったでしょうに」
 暗闇から足音もなく滑り出してくる細身で小柄な男、キリア同様に黒髪に黒のタキシード、鷲鼻の大きな黒目がギョロリと私兵たちを見据えた。
 蹴ったことを怒ってくれている。
 「何者だ!?」
「私ですか?この状況でお尋ねになるとは呑気ですね、いいでしょう、私はローペン、霧の魔女の守護者です」
彼らは聞くべきではなかった、名乗ったからには生かしてはおかない。
 バヒュッ ローペンのスローイング、何かを投げた!肘を追って突き出す様な投擲はダーツか!?最小のストロークで弾かれた矢は重い弾丸となって二人目の喉元を食い破る。
 「キリア様、これに懲りましたら少しは私の忠告も聞き入れて頂きたいものですね」
 「うっ、五月蠅いわね、仕方ないじゃない!」
 暫く小言と嫌味に耐えなければならない。
 「さて、二人倒しました、残りは四人と二人でよろしいですか?」
 「四人でいい、二人は関係ない……」
 私は俯きながら答える、目の端に盛大な溜息をついたローペンが映った。
 「私兵の三人は引き受けましょう、そちらの親玉はお任せしてもよろしいかな?」
 「わかったわよ」
 目の前の子爵だけを殺す、つまりは夫人や今助けた娘からも恨みを買うことになる、将来への遺恨を絶つなら皆殺しにするしかない。
 だがせっかく助けた自分の努力が無駄になるのが悔しい、すべてを溝に捨てるのは安い、しかし私は魔女だが病喰いであって人喰いではない、殺しなんて大嫌いだ。
 「とんだ茶番だ、そんな曲芸が儂に通じると思っているか?愚か者め」
 敵を切り伏せ、時には味方さえ踏みつけて戦場から成り上がった子爵の正統派剣術の実力は確かだ、中途半端なゴロツキなど相手にはならない。
 子爵に私は敵として映っていないらしい、剣を抜くと真っすぐにローペンに向かって歩みを進める。
 「馬鹿な男……」
 つまらないプライドのために魔女を裏切るなんてことを考えなければ健康な体のまま一生を過ごすことが出来ただろうに。
 「瘟鬼、ナインテーター(九秒殺)」小さく呟く。
 ザアッ 私の身体から瘴気の霧が湧き出し、意思を持って子爵を飲み込む、 「!?」子爵にとってはチクリと痛みを感じた程度、それは極々小さな違和感、心臓を蟻が噛んだような痒みにも似た痛み。
 (1、2、3、4……)  カウントダウン (9!)
  ドクンッ 不意に子爵の鼓動が停止した。
 「がっ……あっ」脚を縺らせ止まった心臓を胸の上から掴むようにしてバタリッと地面に転がる。
 「!?」
私兵たちが何事かと注目したとき既に子爵の目はただのガラス玉になり命の輝きを失っていた。
 「しっ、死んでる!!」駆け寄った私兵の一人が驚愕と戦慄の声を上げた。
 「魔女!?」
 次は疑惑と恐怖の視線が絡まる。
 「魔女の呪い、私に刃を向ければ皆こうなる」
 「ひいっ」
 私兵の男たちが尻ごむには十分な脅し。
 「にっ、逃げろ!」
 一人が駆け出すと残った三人も後を追う。
 「逃がさない!!」「殺さないで!逃がしていい!」
 ローペンがハンドアローを振りかぶる、私は射線の上に立ち塞がって制した。
 「っ!!」ローペンの呆れたような視線が痛い、でも必要以上に殺したくはないし殺させたくもない、たとえ将来に遺恨を残しても。
 立ち塞がる魔女の影に隠れて暗い森の道を私兵たちの背中が消えていった。
 「あなたっ!!」
 倒れて動かない当主を見て馬車から夫人が飛びだしてくる、取り付き揺さぶるが当主は既に息をしていない。
 「魔女様!申し訳ございません、こんなつもりではなかったのです!これは勘違いで間違いです、どうかお許しください」
 直感、夫人は魔女を始末する計画を知っていた。
 青ざめて震える唇が掠れた声で懇願する、もう遅い、元へは戻らない。
 「……」
 娘を助けて夫を殺した、ローペンが伺っている、彼は容赦しない。
 それは私のため、分かっている。
 「魔女様!!」
 貴族が自分の顔を土で汚しての懇願、必死の訴えを聞く術を私は持っていない。
 返す言葉が見つからずに涙目で唇を噛むばかりなのを見かねてローペンが代役になってくれた。
 「貴方たちは魔女を裏切った、当然の報いだ」
 「!!」
 懇願が憤怒に変わる瞬間を見た、下から睨む顔にそれまでの頼りない女はいない、般若のごとき鬼面があった。
 「魔女めえぇぇぇぇ!この恨み、いつか必ず!!」
 「!!」
 唖然とする私を前に バッ 意外な俊敏さで立ち上がると再び馬車に飛び乗りバタンッと扉を閉めて立て籠もるように息を潜めてしまった。
 私は馬車との間を踏み越える勇気を持っていない、夫人の顔が焼き付いてしまった。
 「馬車ごと燃やしてしまいましょう」
 ローペンが平然と言う。
 「馬鹿な事言わないで!娘も乗っているのよ」
 だから何だと言わんばかりのローペンを引き摺るように私は馬車を後にした。
 
 足が鉛のように重かったのを覚えている、疲労感だけが身体を支配していた、早くベッドに入って丸まってしまいたい。
 部屋の棚に安いブランデーがひと瓶あったはずだ、どのくらい酔えばあの顔を忘れられるだろう、私に向けられた怨嗟の顔を。

 若かった、迂闊だった。
 もっと慎重に考えなければいけなかった、娘を想う母の涙に判断力が曇った。
 私は涙脆い、自覚はある、特に同性であっても女の涙には弱い、直ぐに騙されてしまう。
 ローペンがいなければ殺されていただろう。
 例えどんな能力があろうと人を助けることは難しい。

 「護身術の一つも覚えなさい」
 二日酔いの痛い頭にローペンの嫌味が返って優しかった。
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