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マルコス・レイン
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そんなことを繰り返しながら十年が過ぎた、今年で二十五になったはず、自分の誕生日を知らないから推測だ。
「良く生き残ってきたものです」
この十年、私はローペンの溜息を肴にしてブランデーを呑んでいる。
バーは明るすぎるほど灯りが置かれたカウンター九席のみの小さな空間。
「キリア様、今日は少しピッチが速いですよ」
客より店主の方が多く飲んでいる。
腰のくびれたグラスに注がれた琥珀色の液体は三杯目だ、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
一番奥の端が彼の定位置、仕事が無ければ日に一度は顔を出してくれる。
「この香り初めてですね、新しいラインナップでしょうか?」
「さすがローペン、その通りよ、お隣の国の十年物、いい出来なの、一目惚れ?一口惚れしちゃったのよね」
「XOですね、高いのじゃないですか?幾らで売るつもりなのです?キリア様」
「その様っていうのいい加減やめてくれないかしら、原価が銀一枚だから二枚くらいでいいのじゃない」
「ほう、様が嫌なら……殿、氏、閣下などはいかがでしょう?ちなみに五枚は取らないと商売になりませんよ」
「ええっ!?銀貨五枚?そんなに高く?」
「それを店主がカバガバ飲んでいては利益など出るはずはありません、キリア閣下」
「様のままでいいです……」
くだらない遣り取りが嬉しい、友人の少ない、いや友人のいない自分にとってローペンとの会話は貴重な時間だ。
「今日はマルコスの所ですか?」
「そう、娼館の女の子、客に梅毒うつされちゃったみたい」
「マルコスなら安心です、上客なのですから飲み過ぎて失礼のないようにお願いしますよ、着替えの時間も考慮してください」
普段は黒衣を纏うことはしていない、むしろ明るい色の服、しかもカジュアルな物の方が好きだ、今日は太めの白いパンツに薄いブルーのシャツだけだ、これもだらしないと駄目だしを貰っている。
「その分ブランデーを楽しむピッチを早めていたの!貴方はお母さんなのかしら」
「フッフフ、母様ではなく保護者と言ってください、それに時間の調整をするなら早く飲むではなく三杯を二杯にするとか、そもそも仕事中なのですから飲まない選択が正しいのではないですかな」
「私の中の瘟鬼は酔っぱらうことはないからね、仕事には影響はないよ」
「なんとも都合のいい話です」
磨き上げたグラスを揺れるランプの炎にかざしみる、歪みのあるグラスから見える扉が開いた。
ギイッ 顔を見せたのはマルコス本人だった。
「おや、今日は本人がお迎えにいらっしゃるとは珍しいですね」
「早いじゃない、マルコス」
身長百九十センチ、灰色の髪をオールバックにしている、その眼光は鋭く一目でその筋の者だと分かる。
店の中にいるのが二人だけだと知るとようやくその表情を崩した。
「近くに野暮用があってな」
彼の名前はマルコス・レイン、傘下には十の組織と三百人を超える構成員を抱える中堅組織モンテ・ファミリーの若集筆頭だ。
そのシノギは娼館経営、傭兵派遣、密輸と幅広いが麻薬はやらない、数ある犯罪組織の中では善良といえるだろう、なにより娼館の娼婦たちを大事にしている。
娼婦を使い捨てにする組織が多い中、モンテ・ファミリーは娼婦の年季明けには積立てた給金を退職金として払ってくれる、さらに病気になれば医者の診察も受けられ、それでも駄目なら魔女さえ都合を付けてくれる、結果高級娼館は高品質を維持しているのだ、待遇の悪い店にいい娼婦は居つく事はない。
何より女を大事にする姿勢が好ましい、娼婦をただの商品としか見ていない組織に捕まった娘は悲惨な運命を辿るしかない。
瘟鬼がもたらす一瞬の苦痛は彼女たちが味わう絶望に比べれば大河の一滴に過ぎないと私は知っている。
「少し待てる?着替えてくるわ」銀貨五枚のXOに後ろ髪を引かれながらも私は立ち上がった。
「お嬢、同じ物をくれ」言うとスツールにドカリと腰を下ろす、直ぐに立つ気はないらしい。
「時間があるの?さらに珍しいわね」見つめた横顔に影が差している。
「……」
私が差し出したXOをショットグラスを煽るように一息で飲み干す。
「治療の予定はキャンセルだ、二人は死んだよ」
「死んだ!?そんなに悪かったの、聞いていた話じゃ罹患したばかりだって……」
いや、おかしい、梅毒で死亡するまでは五年以上の期間がある、それまでには身体中に赤い湿疹が出来て末期となって脳や循環器に異常が起きて死亡する。
初期は口の中にヘルペスが出来る程度で死ぬことはない、原因は別にある。
瘟鬼で梅毒を喰った記憶、溝の匂いが僅かに鼻腔の奥に蘇る、XOの香りが台無しだ。
「死んだのは家のナンバーワンの二人だ、梅毒で死んだのは間違いないと思う、全身に火傷のような発疹、最後は心臓発作だったろう」
「変ですね、梅毒は発症しても死亡するまで数年はかかるはず、それも二人同時とは……意図的なものを感じますね」
聞き耳を立てていたローペンのグラスにXOを足してあげる。
「この世界にお前と同じような能力を持つ奴はいるのか?」
「私と同じ能力?瘟鬼の事!?さあ聞いたことないわ……もしかして私が疑われているの?」
「すまん……」
大男の顔が心底すまなそうに歪んだ。
「良く生き残ってきたものです」
この十年、私はローペンの溜息を肴にしてブランデーを呑んでいる。
バーは明るすぎるほど灯りが置かれたカウンター九席のみの小さな空間。
「キリア様、今日は少しピッチが速いですよ」
客より店主の方が多く飲んでいる。
腰のくびれたグラスに注がれた琥珀色の液体は三杯目だ、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
一番奥の端が彼の定位置、仕事が無ければ日に一度は顔を出してくれる。
「この香り初めてですね、新しいラインナップでしょうか?」
「さすがローペン、その通りよ、お隣の国の十年物、いい出来なの、一目惚れ?一口惚れしちゃったのよね」
「XOですね、高いのじゃないですか?幾らで売るつもりなのです?キリア様」
「その様っていうのいい加減やめてくれないかしら、原価が銀一枚だから二枚くらいでいいのじゃない」
「ほう、様が嫌なら……殿、氏、閣下などはいかがでしょう?ちなみに五枚は取らないと商売になりませんよ」
「ええっ!?銀貨五枚?そんなに高く?」
「それを店主がカバガバ飲んでいては利益など出るはずはありません、キリア閣下」
「様のままでいいです……」
くだらない遣り取りが嬉しい、友人の少ない、いや友人のいない自分にとってローペンとの会話は貴重な時間だ。
「今日はマルコスの所ですか?」
「そう、娼館の女の子、客に梅毒うつされちゃったみたい」
「マルコスなら安心です、上客なのですから飲み過ぎて失礼のないようにお願いしますよ、着替えの時間も考慮してください」
普段は黒衣を纏うことはしていない、むしろ明るい色の服、しかもカジュアルな物の方が好きだ、今日は太めの白いパンツに薄いブルーのシャツだけだ、これもだらしないと駄目だしを貰っている。
「その分ブランデーを楽しむピッチを早めていたの!貴方はお母さんなのかしら」
「フッフフ、母様ではなく保護者と言ってください、それに時間の調整をするなら早く飲むではなく三杯を二杯にするとか、そもそも仕事中なのですから飲まない選択が正しいのではないですかな」
「私の中の瘟鬼は酔っぱらうことはないからね、仕事には影響はないよ」
「なんとも都合のいい話です」
磨き上げたグラスを揺れるランプの炎にかざしみる、歪みのあるグラスから見える扉が開いた。
ギイッ 顔を見せたのはマルコス本人だった。
「おや、今日は本人がお迎えにいらっしゃるとは珍しいですね」
「早いじゃない、マルコス」
身長百九十センチ、灰色の髪をオールバックにしている、その眼光は鋭く一目でその筋の者だと分かる。
店の中にいるのが二人だけだと知るとようやくその表情を崩した。
「近くに野暮用があってな」
彼の名前はマルコス・レイン、傘下には十の組織と三百人を超える構成員を抱える中堅組織モンテ・ファミリーの若集筆頭だ。
そのシノギは娼館経営、傭兵派遣、密輸と幅広いが麻薬はやらない、数ある犯罪組織の中では善良といえるだろう、なにより娼館の娼婦たちを大事にしている。
娼婦を使い捨てにする組織が多い中、モンテ・ファミリーは娼婦の年季明けには積立てた給金を退職金として払ってくれる、さらに病気になれば医者の診察も受けられ、それでも駄目なら魔女さえ都合を付けてくれる、結果高級娼館は高品質を維持しているのだ、待遇の悪い店にいい娼婦は居つく事はない。
何より女を大事にする姿勢が好ましい、娼婦をただの商品としか見ていない組織に捕まった娘は悲惨な運命を辿るしかない。
瘟鬼がもたらす一瞬の苦痛は彼女たちが味わう絶望に比べれば大河の一滴に過ぎないと私は知っている。
「少し待てる?着替えてくるわ」銀貨五枚のXOに後ろ髪を引かれながらも私は立ち上がった。
「お嬢、同じ物をくれ」言うとスツールにドカリと腰を下ろす、直ぐに立つ気はないらしい。
「時間があるの?さらに珍しいわね」見つめた横顔に影が差している。
「……」
私が差し出したXOをショットグラスを煽るように一息で飲み干す。
「治療の予定はキャンセルだ、二人は死んだよ」
「死んだ!?そんなに悪かったの、聞いていた話じゃ罹患したばかりだって……」
いや、おかしい、梅毒で死亡するまでは五年以上の期間がある、それまでには身体中に赤い湿疹が出来て末期となって脳や循環器に異常が起きて死亡する。
初期は口の中にヘルペスが出来る程度で死ぬことはない、原因は別にある。
瘟鬼で梅毒を喰った記憶、溝の匂いが僅かに鼻腔の奥に蘇る、XOの香りが台無しだ。
「死んだのは家のナンバーワンの二人だ、梅毒で死んだのは間違いないと思う、全身に火傷のような発疹、最後は心臓発作だったろう」
「変ですね、梅毒は発症しても死亡するまで数年はかかるはず、それも二人同時とは……意図的なものを感じますね」
聞き耳を立てていたローペンのグラスにXOを足してあげる。
「この世界にお前と同じような能力を持つ奴はいるのか?」
「私と同じ能力?瘟鬼の事!?さあ聞いたことないわ……もしかして私が疑われているの?」
「すまん……」
大男の顔が心底すまなそうに歪んだ。
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