霧の魔女と青銀の翼

祥々奈々

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HIV

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 誰も居ないはずの海の見える小さな公園、私は朝日よりも海に沈む夕日を見るのが好きだった。
 特に秋はいい、少しずつ色を失っていく季節の寂しさが性に合う。
 若い頃から年寄り臭かったとか言わないでほしい、春や夏が似合わないだけだ。
 小さなベンチが最近のお気に入り、片膝を立てて酒瓶からラッパ飲みする。
 口に含んだ瞬間にアルコールは消え去るから酔う事はない、甘苦い液体が胃に落ちていく。
 病人の処理場、あの山はまさにそれだった、捨てられたとて家族だった者を恨む気はない、仕方のない事。
 でも今更やり直せるはずもなし、人と話すことが面倒だ、患者と話すだけで煩わしいと感じる、山を下りる前の孤独感が懐かしい、孤独が耐えられなくて降りたのに私は我がままだ。
 冷たくなってきた風が黒髪を撫でていく。
 ザッ
 不意に心地よい時間を邪魔する影が目の前に現れた。
 「お前幾つだ!?」
 酒瓶をラッパ飲みする少女を前にして呆れたように尋ねたのは鷲鼻が目立つ細身の男、顔色が悪いだけじゃなく違和感があったのは彼の性的対象のせいだろう。
 「幾つに見える?」カッコつけてみた、大人な男女の遣り取り、前に見たことがあったから。
 「十四、五歳だろう!ガキがいきがって酒など飲むんじゃない!!」
 「!?」
 強い口調で咎められた、どれだけ酒瓶を転がしても見てみぬふりの大人が普通なのに男は真正面から酒瓶を私の手から奪い取った。
 「何するの!?返して!私が買った物よ」
 「こんな飲み方は駄目だ!体を壊したいのか!」
 本気で怒っている。
 「何様のつもり!私の勝手でしょ、お酒がほしいならそれはあげるわ、まだあるし!」
 手提げバッグの中にはまだ数本の瓶がある、一本を取り出し封を切った。
 「なっ……!?」
 男が絶句している、どんな大男だろうと度数四十のブランデーを一度に何本も飲める人間はいない、異常だと感じるのは当然だ。
 「私は平気なのさ、いくら飲んでも酔わないし壊れることもない、水と同じ」
 そういうと唖然とする男の前で再びゴクゴクとラッパ飲みをして見せた。
 「ほら、なんともないでしょ!」
 「ジュースかお茶なのか!?」
 「安いけどちゃんとしたお酒だわさ」
 もう一口。
 「特殊な体質?いいや考えられん……」
 「ちょっとした事情でさ、毒が毒にならないの」
 「どんな理屈だ……?」
 ベンチの隣は空いている、いつもなら無視して立ち去るところだが鷲鼻男の顔色の悪さが私を押し留めた、よく見ると意外に若い、二十歳前後だろうか。
 「あなた聖教会関係じゃないわよね」
 「大きな声では言えないが俺は神様や悪魔は信じちゃいない、どっちもクソだ」
 「そう?私はいると思うな、とくに悪魔の方は。私はキリア、霧愛蒔絵よ」
 「……俺はローペン、整体師だ」
 「整体師って何?」
 「骨接ぎみたいなもんだ、ゴホッ、ゴホッ」
 乾いた咳、息に血の匂いがする、瘟鬼が興味ありげに覗いているのが伝わってくる。
 「ふーん、怪我を治すのね、私には出来ない事だわ」
 「教えてくれ、なぜそんな無茶をして平気なのだ?」
 「私は内科専門なの、医者じゃないけどさ」
 「なるほど、祈祷師みたいなものか、しかし酒に酔わない理由にはならないぞ」
 「医者ならそうだろうさ、でも私は魔女、病や毒を食べて生きているの、アルコールも毒のひとつだもの」
 「病気を食べるだと!?どういうことだ」
 「そのまんまだよ、私の体の中に悪魔が居てさ、そいつは病や毒が大好物なの」
 「なんて名の悪魔だい?」
 「瘟鬼、オンキっていう奴、もう兄弟みたいなもんなんだ」
 まるで信じていないのが視線から伝わる、最初に飲酒を咎めてきた時の目に戻っている。
 「知らないな、その悪魔が君の中に巣くっていて病気や毒から守ってくれるのか」
 まるで幼い子供をあやす様な口調、頭が足りないとでも思ったのだろう、見慣れた表情だが馬鹿にされるのは悔しい。
 「別にいいよ、信じなくても」
 とは言ってみても否定されるのは面白くない、信じさせたい欲求が頭を擡げた。
 もう一度、鷲鼻ローペンの顔をじっくりと瘟鬼に見せる、何か病巣があれば喰って分からせてやる、外ではやるなと優男からきつく言われていた、聖教会に知られれば火炙りに直行だ。
 半分は本当、あと半分は金にならないからだろう。
 知ったことか!
 「!!」瘟鬼が小躍りしている、珍しいものを見つけたようだ。
 「なんだ?」覗かれているのを感じてローペンが少し仰け反る。
 「あなた、結構レアな病気に感染してるじゃん、喰ってあげるよ」
 「フッ、これだけ顔色が悪けりゃ分かるよな、そうだ、俺はもう長くない」
 「えっ、そんなに悪いの!?」
 「この病気は発症すると半年ほどで絶命するそうだ、俺に残された時間は後ひと月というところだろう」
 そこまでシリアスだとは思わなかった、じわりと涙が滲んでくる。
 「軽口叩いてごめん、謝る」言った瞬間に一粒零れてしまう、ハッと男が目を見開いた。
 「なぜ君が泣くことがある?」
 「だって……死んじゃうのは悲しいよ、嫌だよ」
 一人でいた時間が長かったせいかもしれない、悲しい話には直ぐに泣いてしまう。
 「ククッ、面白い子だな、見ず知らずの命に涙を流してくれるとは、もしかして天使なのかな」
 「バカ、天使の訳ない、悪魔だよ、病気を喰う悪魔」
 「命を取らずに病を喰うだけなら悪魔じゃないな、それは天使さ」
 「そんな綺麗なものじゃないよ」
 半べそのままで照れ笑い、今どんな顔になっているのか鏡を見たら卒倒しそうだ。
 「君は良い奴だな……」
 笑った顔は優しかった、あの男も最初はこんな顔をしていたっけ。
 「怖くないの?」
 「さあな、どうだろう、因果応報、自己責任ってやつさ、仕方ない」
 「ふうん、だいたいの人はもっと執着するのに珍しい人ね、悔いはないの?」
 「そりゃああるさ、だからってどうすることも出来はしない、時間は有限だと気付いた頃には終わりは見えている」
 「珍しいって本当にいつも病人を相手にしているような口ぶりだ」
 「本当だもの、いいわ、真剣に叱ってくれたお礼にお兄さんの病気食べてあげる」

 自然に伸びた二人の手が重なった。
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