霧の魔女と青銀の翼

祥々奈々

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 マルコスが連れてきた部下の二人は若い、野心に満ちた目をしている、何とか役に立って若頭に認めて貰いたいのだろう、マルコスの一挙手一投足に全神経が注がれていた。
 今は窓際に立って暗がりの外を見張っている。
 誰も靴を脱ごうとはしていない。
 「ビクター、シモンズ、ちょっと来てくれ」
 二人の意識がビリッと緊張したのが分かった。
 「兄貴、なんでしょうか!?」
 直立不動でマルコスの前に立つ、ソバカスの残る若者も以前は街のゴロツキ、組織に拾われなければ麻薬か喧嘩で命を早々に終える運命だった、彼らは運がいい、モンテ・ファミリーに属しマルコス・レインという上司を得た、その背中を見て男を学んだゴロツきはもうゴロツキではない。
 「お前たちは馬車で今からソーンへ引き返せ!」
 「えっ、俺達だけですか!?」
 「そうだ、出来るか!?」
 マルコスの言葉には嫌とは言わせない重さがある。
 「あっ、兄貴たちはどうするのですか?」
 「俺たちはやる事がある、逃げろと言っているわけではないぞ、馬車が走り出せば奴らは逃げたと思ってお前たちを追う、追いつかれる前に馬車を捨てて離脱しろ」
 「囮作戦ですね」
 「敵の人数が分からない中では危険な任務になる、任せていいか」
 「!」
 「もちろんです!帰ったらどうしますか、ファミリー全員でカチコミますか!?」
 「俺たちの連絡をまて、どんなスケールになるか分からん、新たな事業が眠っているかもしれない、わざわざライバルに塩を送ることはない」
 「はい、承知しました!」
 「もう一度いう、危険な任務だ、無事脱出してこそ評価を得られる、死んでは無意味だと覚えておけ」
 二人の若者は武者震いを押さえきれず高ぶる気持ちを滾らせている。
 鼓動が大きく早くなっているのが聞こえる、アドレナリンの放出、血管が拡張して筋肉が闘争の準備を始めている。
 男の子はいつもそうだ、何かしらの強さを求めている、腕力、知力、技、誰よりも高みに登ろうと藻掻いている、何のために?
 何故そんなに強さに拘るのだろう、自分を守るため?誰かを守るため?
 私は二人の鼓動が羨ましい、強く早い鼓動に命そのものを感じるから。
 心臓は特別だと思う。
 二人を見ながら自分の胸に手を当ててみても私の心臓は沈黙を守ったままだ、鼓動はない、まったくじゃないけれど一分間に二回程度しか動かない。
 これも瘟鬼の影響なのだろう、それで生きているのは自分でも不思議だけれど彼は私に不利益なことはしない、何かのメリットがあるのだろう。

 「キリア様、つられて泣いていたのに良く気付かれましたね」
 「芝居は作り話と分かっていても泣いちゃうでしょう、それと同じ、涙腺と警戒心は別なのよ」
 「少し見直しました」
 「ローペンが私を褒めるなんて!天変地異の前触れかしら」
 「そこまでは言い過ぎです、そしてこれからどうします?」
 「隠しているとすればやはり母屋だと思う、馬車を追って手薄になったところで調べる、それからは状況次第、でもきっと何かある!」
 
 満月の夜は冬の夜らしく晴れて、その柔らかな光を邪魔するものはない。
 明るい夜だ。
 ヒヒーンッ ガラガラガラッ 鉄の装甲を持った馬車と一頭の馬が母屋の前を突っ切って行く。
 別棟の影から私たちは母屋の動きを注視していると厚いカーテンが勢いよく開かれて人の影が顔を出した。
 使用人の一人だ。
 ガッカッカ ガッカッカ 蹄の音が静かな夜に木霊する。
 バタバタと母屋が騒がしくなり扉を蹴破る様に人が雪崩出てくる、服は使用人のままだがそれぞれに武装している、獲物は剣やライフルもある。
 「キリア様の読みどおり、やつら何者でしょう」
 「神獣様の予言に関連するのは間違いないだろうな」
 「……」
 私は若者たちの無事を祈って手を合わせる、魔女だって祈ることぐらいする。
 「どうか無事に……」
 ポンッとマルコスに肩を叩かれた、掌じゃなくて人差し指で。
 「心配するな、奴等は若いが海千山千、修羅場を潜っている、簡単にはやられん」
 ガガガッ 使用人たちが馬で馬車を追っていく、その数四頭、夫人はいない、残っているようだ。
 ローペンを先頭にして直ぐに行動を開始する、既にその手にはダーツが握られている、私を挟んでマルコスが殿だ、静かに開け放たれた母屋の扉に近づく。
 中の様子を伺っていたローペンが手だけで合図を送ってくる、誰も居ないようだ。
 「……」
 無言で扉を潜ると後ろ手に扉を閉める、音は立てない。
 ギッ バタンッ 〇×▽ 二階に気配がある、声も聞こえた、複数が残っている。
 ドタッドタッ 廊下を歩く音と共に会話の内容も聞こえてくる。
 「……奴らは何者だったのだ?政府の回し者か」
 「どうかしら、軍の諜報部か内務調査室、いえ、それにしては素人くさかった、特にあの黒髪の女、あれは役人なんかじゃないわね、酷い演技だったわ」
 明らかな嘲笑が聞こえた、ふざけんな!お互い様だわさ、あんたに言われたくないとデカイ胸を突いてやりたいのを呑み込んで廊下の死角に身を潜める。
 「いずれにしても下の奴等も始末してしまいましょう、大した情報もなさそうだし」
 「イワン局長の許可は取らなくて平気ですか?」
 「まあ、本来なら駄目でしょうね、あの石頭の中には即応なんて言葉は無いもの」
 「確かに!現場で判断しなければならない事態は必ず起きます、今回のような不測の事態が」
 「我々の任務はこの街の封鎖だけれど全域なんて無理な話だわ、本丸である聖教会を外部から遮断する事が優先、悪戯に戦線を拡大して鼠を出入りさせるは愚かな失策」
 夫人を演じていた女はこの場では指揮官らしい。
 「私は曹長の判断を支持いたします」
 「ありがとう、彼女らには同情するけれど死んでもらいましょう」
 「味方でない者は全て敵、中立なんてあり得ない、歴史が語っている、白か黒か、どちらかよ、グレーは存在させてはいけない」

 偽装夫人はドレスとハイヒールを脱いでチェバン民族の戦闘服姿、木床をブーツの踵が鳴らしている。
 ガチャリ その手の短銃に慣れた仕草で弾丸を込めながら階段を地下へと降りていった。
 誰かを処刑する積りのようだ、当然阻止する。
 騎士たちが私の意を読み取り拳を固め背中の翼を躍動させた。

 そしてこの時、私の心臓が一度だけはっきりと鼓動を打った。
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