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報い
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自分では馬の鞍まで体を持ち上げる事が出来ない少女を前に抱えて夜道をゆっくりと慎重に進む、月明かりと夜目の効くエミーは難なく少女の家までたどり着く、馬の脚でも一時間を要した、半分目の見えない少女の脚では無事についても翌日の朝になっていただろう、何かあれば行き倒れになっていただろう。
村はずれに小さなボロ小屋が少女の家だという、近くにもう一軒同じような家があるが灯は見えない、周囲を林に囲まれて真っ暗だ。
「さあ、着いたよ」エミーは軽々と少女を抱えたままボロ小屋の扉を開く、ガランとした室内は予想どおり何もない、粗末なベッドとテーブルがあるだけだ。
少女は力なく項垂れたまま目を閉じている、呼吸は安定しているが余程疲れているのだろう家の近くまでで来た時、意識を失うように寝てしまった。
見えない目、瘦こけた体で街まで降りてくるだけでも必死だったろう、ない体力が底を付いてしまったのだ。
少女を起こさないように薄いベッドに横たえると薄汚れた毛布を掛ける、シンと冷えた室内が闇に包まれている、十代の女の子が暮らす部屋ではない、古くとも上質なものが揃えられていたムートンのマナーハウスを思い出す、元子爵令嬢と聞こえた、子爵は男爵の上位階級、庶民の暮らしとは別世界だったはず、没落してひとり残された令嬢には辛い暮らしなのは容易に想像できる。
春はまだ遠い、夜は氷点下まで下がるだろう、断っていないが少女の具合も気になる、一晩屋根を借りることにした。
馬を軒下に繋ぐと水だけ与えた、機嫌は悪くない、預けた厩で餌は与えてあるから心配はいらないだろう。
持っていた火種で竈に火を起こすと暖かなオレンジ色の炎が部屋を照らす、薪が高く積まれている、室内に掛けられた斧は大きく少女が割ったとは思えない、世話をしている人間が別にいる、少女が探していたギル・ビオンディという人物だと察しがついた。
鍋や食器などは一通りあるようだがあまり使われた様子はない、小さな衣装棚に少しだけ服が積まれていた。
パチパチと音を立てて燃える薪は良く乾燥していて煙も少ない、気配の無かった部屋を急速に温める、少女の額に手を当てると熱はないようだ。
エミーはベッドの横に椅子を移動してマントを布団代わりに眠りに落ちた。
暖かい、いつもの骨に染みる寒さが嘘のようだ、ギルが薪を足していってくれたのだろうか、少し燻された匂いが優しく鼻をくすぐる。
薄目を開けると埃の天井が見えた、まだ子爵令嬢であったころは天蓋付きの大きなベッドで羽毛の入った布団、寒いなど感じた事は一度もなかった。
思い出すと干からびた目に涙が滲んだ、こんなになってまでなぜ生き永らえているのか分からなくなる、いっそ死にたいと思い幾度もナイフを手にしたが首に当てたナイフを引くことは出来なかった、とことん自分の情けなさが嫌になる。
ただ泣くだけしかできない。
「!!」薄く開けた視界にぼんやりと人影が自分を見下ろしていると気づいた。
「ギル!?」唯一の味方の名前を呼んだが期待は直ぐに裏切られた。
「気が付いたかい」女の声は昨日の冒険者だと分かった。
「貴方は……エミーさん?」
「すまない、泊めさせてもらった」
「あなたが火を……ありがとうございます、久しぶりに暖かく目覚めることができました」
暖炉には薪がオレンジ色を保っている。
良く眠ったせいだろうかいつもより視界がはっきりしている、エミーと名乗った冒険者の顔が近くにいると良く見えた、どこかで見覚えがある顔だった。
「どこかでお会いしてしますか?」
「見えるのか?でも会ったことはないと思う、私とはね」妙に含みを持たせた答えだ。
「そうだ!ギルは、隣の家、ギルは戻っていませんか!?」
「残念だが誰もいないようだ、今朝まで気配はなかった」沸かした白湯を陶器のコップに注ぐとベッドに持って行き少女の手に握らせる。
「そうですか……」少女は心底落胆した顔を見せた。
「事情を聴いてもいいかい?何かできることがあるかもしれない」
「……私にはお返しできる物がありません」
「どうせ暇なのさ、その間泊めてくれたら宿代とチャラでどうだい?」
「そんな、なんのもてなしも出来ませんし、逆にご面倒をかけることに……」
「寒空の下野宿することに比べたら天国だよ、昨日の物だけど良かったら食いな」
サンドイッチを薄く切って皿に並べた。
「ライ麦パン……」膝の上に置かれた皿を見て少女は固まった後、大粒の涙を流して泣いた、声を上げる力はなかった、殻に閉じこもるように肘を寄せて俯き嗚咽を漏らして泣いた、エミーは黙って隣に座ると肩を抱いて泣くがままに声をかけずに見守る、フローラならこうする。
ギルと呼んだ隣人以外からの優しさから遠ざかっていたのだろう、泣き止んだ少女はポツポツと涙の訳を語り始めた。
少女の名前はカーニャ・フラッツ、以前にこの地を収めていた子爵家の一人娘、ランドルトン派閥でもあり重税と冷酷に領民を切り捨てる政策は自身の豪華絢爛な暮らしぶりから領民の非難を買っていた。
そして事件が起こった、ランドルトン公爵、ミストレス・ブラックパールが断罪される前の話だ、当時巷を賑わせていた義賊に屋敷が襲われた、侵入した賊に両親は殺害され一晩でカーニャは立場を失った。
同時期に遠くムートン領の男爵が魔獣に襲われ死去し、自分より年下の女の子が仮の男爵として立ったと聞いて自分もそうなるだろうと簡単に考えていたが違った。
ムートン男爵は領民の信頼熱く絶対的な信奉者が数多くいた、領民たちはバロネス・フローラを支えた、バロネス自身も大怪我をしながら暗殺者と闘い抜き、それを見初めた皇太子と婚約までしている。
自分はどうだ?圧政を課されていた領民は子爵の死を喜び、手を貸してくれる者など家臣も含めて誰一人いなかった。
領民の顔など見たこともなかった。
自業自得、ただ着飾りより条件の良い結婚相手を探すだけの人生を送ってきただけだ、誰かの付属になるための努力、全ては無意味だった。
タイミング悪くミストレス・ブラックパールは逆賊として逮捕断罪されフラッツ家の名前がランドルトンに与することを誓った血判状の中にあったのが決め手となりフラッツ家は爵位剥奪、カーニャは寒空の下に放り出された。
領民がカーニャを殺さなかったのは惨めに朽ち果てていく子爵令嬢を見るためだと知った。
なんの生活力もない令嬢は直ぐに困窮した、食べるものもなく働くことも出来ず、人々に頭を下げることも出来ない。
ショックで拒食症となり一か月で激痩せすると栄養障害からの視力低下、明日にも死ぬだろうと言われていた。
「笑っちゃうわよね、自分がこんなに駄目人間だなんて知らなかった、何一つ出来る事がないなんて……死んだ方がましなのに死ぬ勇気もない」
貴族令嬢は皆とは言わないがおおよそ似たり寄ったりだ、家を守るための政略結婚が務めでもある、皇太子にダメ出しをするフローラのような女は稀だ。
「辛い目にあったな」
「ここに放り込まれて直ぐは毎日のように領民がやってきて朝から晩まで子供を返せ、恋人を返せ、親を返せと罵詈雑言を投げつけられたわ、そして最後には必ず泣きながら殴られた、どれほど謝っても許してはくれない、だって死んじゃっているのだもの、どうしようもない、私にはどうしようもないじゃない!」
温室育ちで気位いの高いだけの令嬢には耐えられない屈辱だったことは頷ける、しかし同情は出来ない。
「罵詈雑言が飽きたころ娼館のオーナーが私を買いに来たわ、元子爵令嬢なら上客が付くぞって……でもね、私の痩せこけた姿をみたら”これはダメだ、売りものにはならない”って帰っちゃった、私には娼婦の価値も無かった」
カーニャの髪は十代なのに艶もなく薄く頭皮を晒して色を失っている、元は美しい金髪だったが今は白髪のようだ。
「ムートンを恨んでいるのか」
「そうね、正直最初は恨んだわ、ランドルトン公爵が統治する国になれば私がこんな目にあうことも無かった、暗殺者を退け皇太子と婚約までした同世代の令嬢を憎くも思った……お前のせいだって、でも関係ない、圧政を強いたお父様を諫めなければいけなかった、とっくに子供じゃなかったのだから、ムートンの令嬢はそうしていたのだと思う」
「貴族の役目というやつか……重責だな」
「そう、私たちはその責務を果たしていなかった、結局、私もお父様たちも器ではなかったのよ、自業自得で破滅を招いた……」
過ちを悟った人間を責めてはいけない、かといって同情もいけない、加害者を慰める術はない。
「これを聞いても私を助けたい?呆れたでしょう」
エミーはただ黙っていた、否定も肯定もしない。
「聞こう……ギル・ビオンディの事を」
一度は止まった涙が再び流れ出した。
村はずれに小さなボロ小屋が少女の家だという、近くにもう一軒同じような家があるが灯は見えない、周囲を林に囲まれて真っ暗だ。
「さあ、着いたよ」エミーは軽々と少女を抱えたままボロ小屋の扉を開く、ガランとした室内は予想どおり何もない、粗末なベッドとテーブルがあるだけだ。
少女は力なく項垂れたまま目を閉じている、呼吸は安定しているが余程疲れているのだろう家の近くまでで来た時、意識を失うように寝てしまった。
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鍋や食器などは一通りあるようだがあまり使われた様子はない、小さな衣装棚に少しだけ服が積まれていた。
パチパチと音を立てて燃える薪は良く乾燥していて煙も少ない、気配の無かった部屋を急速に温める、少女の額に手を当てると熱はないようだ。
エミーはベッドの横に椅子を移動してマントを布団代わりに眠りに落ちた。
暖かい、いつもの骨に染みる寒さが嘘のようだ、ギルが薪を足していってくれたのだろうか、少し燻された匂いが優しく鼻をくすぐる。
薄目を開けると埃の天井が見えた、まだ子爵令嬢であったころは天蓋付きの大きなベッドで羽毛の入った布団、寒いなど感じた事は一度もなかった。
思い出すと干からびた目に涙が滲んだ、こんなになってまでなぜ生き永らえているのか分からなくなる、いっそ死にたいと思い幾度もナイフを手にしたが首に当てたナイフを引くことは出来なかった、とことん自分の情けなさが嫌になる。
ただ泣くだけしかできない。
「!!」薄く開けた視界にぼんやりと人影が自分を見下ろしていると気づいた。
「ギル!?」唯一の味方の名前を呼んだが期待は直ぐに裏切られた。
「気が付いたかい」女の声は昨日の冒険者だと分かった。
「貴方は……エミーさん?」
「すまない、泊めさせてもらった」
「あなたが火を……ありがとうございます、久しぶりに暖かく目覚めることができました」
暖炉には薪がオレンジ色を保っている。
良く眠ったせいだろうかいつもより視界がはっきりしている、エミーと名乗った冒険者の顔が近くにいると良く見えた、どこかで見覚えがある顔だった。
「どこかでお会いしてしますか?」
「見えるのか?でも会ったことはないと思う、私とはね」妙に含みを持たせた答えだ。
「そうだ!ギルは、隣の家、ギルは戻っていませんか!?」
「残念だが誰もいないようだ、今朝まで気配はなかった」沸かした白湯を陶器のコップに注ぐとベッドに持って行き少女の手に握らせる。
「そうですか……」少女は心底落胆した顔を見せた。
「事情を聴いてもいいかい?何かできることがあるかもしれない」
「……私にはお返しできる物がありません」
「どうせ暇なのさ、その間泊めてくれたら宿代とチャラでどうだい?」
「そんな、なんのもてなしも出来ませんし、逆にご面倒をかけることに……」
「寒空の下野宿することに比べたら天国だよ、昨日の物だけど良かったら食いな」
サンドイッチを薄く切って皿に並べた。
「ライ麦パン……」膝の上に置かれた皿を見て少女は固まった後、大粒の涙を流して泣いた、声を上げる力はなかった、殻に閉じこもるように肘を寄せて俯き嗚咽を漏らして泣いた、エミーは黙って隣に座ると肩を抱いて泣くがままに声をかけずに見守る、フローラならこうする。
ギルと呼んだ隣人以外からの優しさから遠ざかっていたのだろう、泣き止んだ少女はポツポツと涙の訳を語り始めた。
少女の名前はカーニャ・フラッツ、以前にこの地を収めていた子爵家の一人娘、ランドルトン派閥でもあり重税と冷酷に領民を切り捨てる政策は自身の豪華絢爛な暮らしぶりから領民の非難を買っていた。
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