kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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人間用

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 少しの間心臓と呼吸が止まり死んでいたという事実。
 死は怖いものではなかった、夢の中の自分は子爵令嬢と呼ばれていた時の姿で誇りを取り戻していた、バロネス・フローラにも負けない気品と美しさを持って光の中へと進んでいたのだ。
 あの光の先には輝かしい転生が待っていたのではないだろうか。
 蘇生されて見た現実世界は後悔と苦しみに満ちている、リセットが許されるならやり直したい、あのまま死にたかった。
 ギルは奇跡だといった、神が守ってくれたと。
 違う、これは罰なのだ、圧政の元に領民を苦しめ死に追いやった貴族たる自分へ神が下した罰、干からびた醜い身体で惨めに生きていくだけの贖罪。
 死ぬまで何年かかるのか、その時が待ち遠しく永遠に長く感じる。
 ギルは真剣に助けようとしてくれている、握られた手が火傷するほどに熱い。
 熱くて払いそうになる、その優しさに焼かれてしまう。
 なぜギルはこんなに尽くしてくれるのだろう、子爵令嬢時代に言い寄ってくる男共は掃いて捨てるほどいた、家柄も容姿も能力も兼ね備えた男たちだった。
 関係を築いた男もいたが爵位が剥奪された途端に霧散していった、誰もが他人となり自分の価値は消え失せた、頂きの花は枯れたのだ。
 「どうして私なんかに」ギルに聞いてみた。
 「神薬エリクサーを創るのが俺の夢なんだ、付き合ってくれないか」
 嘘、追放されて討ち捨てられた私を追いかけるようにやってきて、毎日押しかけてきていた領民たちを追い払ってくれた、殴り合いになった時もあるのを知っている。
 フラッツ家と何か縁があるのか、生前の両親の知り合いなのか、その献身はありがたいが信頼を寄せた後に裏切られるのが怖かった。
 殴りに来た領民の中には屋敷に仕えていた人間たちもいた、あれほど平伏して愛想笑いをしていた人間の怒声と嘲笑う声は悪魔に見えた。
 友達のように接していたメイドたちが汚いものを見るように向けてきた視線、信頼していた者に裏切られる痛み。
 カーニャの心はハンマーで叩かれたガラス玉のように砕けて壊れた。
 ギルの温かさが怖いと思いながらも息をしている限り、身体が酸素を欲するように求めてしまう自分が情けなかった。
 エミーは・・・女のように美しくバロネス・フローラと瓜二つの容姿、更に熊を撃退するほどの剣技と自分より大きい男を担いで山を歩く体力、そして鋭い洞察力、その顔を前にすると生きる屍のような自分が惨めで悔しい。
 でも、エミーの手は温度を持たない、その優しさは痛くない。
 自分を蔑み訴えても(そうか)と同調するだけで肯定も否定も頑張れとも言わない。
 必死な人間に頑張れと鞭打つのは拷問でしかない。
 きっとエミーの心も壊れている、そんな匂いに安心感がある。
 「私も彼のようになれるのかな・・・」
 強さや賢さ、美しさを争い競う事無く自由に生きていく、そんな生き方が出来たなら罪を背負ったまま歩いていけるかもしれない。
 二人は酵母がどうとか発酵がどうとかいいながらギルの小屋にいったきり帰ってこない、冬の低い日差しを白い雲が追い越し、窓から見える荒地を雲の影が走り抜けていく。
カーニャは頬を伝う涙を拭って独り言を呟いた。
 
 ギルの小屋は寝床意外を蒸留装置と実験装置、正体不明の原材料が積まれていて、有機質と無機質の匂いが混在している。
 「本当に製薬師なのだな」エミーは興味深そうに部屋を見渡している。
 「君のおかげで命拾いした、マッドハニーも手に入ったしこれでエリクサー精製の目途がついた、本当に感謝する」
 「ギル、貴方も瀕死だったことを忘れるなよ、無理をすればカーニャより早く倒れるぞ」
 「彼女が戻るならそれでいい」
 「なぜそれほど献身する、フラッツ家に恩義があるのか」
 「・・・」
 ギルは黙った、迷っている。
 「悪かった、もう聞かない、別な質問をする、そのエリクサーが本物なら何故カーニャに与えない、その方が早いのではないか」
 「駄目なのだ・・・本物のエリクサーであるからこそ駄目なのだ、そう聞いた」
 「本物だから駄目とはどういう意味だ?デル兄さんが言ったのか」
 「!!東郷塾出身なら当然か、そうだ、このエリクサーはデル・トウローから譲り受けたものだ」
 「生きていたのだな、今はどこに」
 「分からん、彼も罪人だ、この国で見つかれば再び監獄送りになる、言わなかったし聞かなかった」
 「元気だったか」
 「ああ、以前より日焼けして精悍になっていたよ、それに仲間が一人と小さな女の子を連れていた」
 「仲間と女の子・・・デル兄が」
 「大人しそうな若い男だったが、会ったのはムートンに近いニースという港町だ」
 「ニースか・・・意外と近くにいたんだな」
 「デルがどうやってエリクサーを入手したのかは知らん、だが奴が言うにはこの万能薬は人間用ではないっていうのさ、人間が服用しても効果は高いが一回の飲用では疲労回復ぐらいにしかならないらしい、疾病を治すためには複数回、場合によっては一か月、半年と服用しなければだめらしい」
 「人間用ではない?意味が分からない」
 「世の中は広い、特に海は未知の世界、俺達の知らない事は多い」
 「?」
 透明な黄金を朝日に透かせてニヤリとギルは笑った。
 「実は貰ったエリクサーは二本あった、一本はデルに言われるまま俺が飲んだ、やつの言う通りだった、確かに疲労回復、風邪気味だったのが一発で吹っ飛んだ、だがそれだけだ、万病を一発で治すような劇的な物じゃなかった」
 「エリクサーの神話は幻だったと」
 「違う、飲み方と人間用に再調整する必要があるんだ」
 「よくわからないな」
 「俺がカーニャの事を知る前の話だ、今彼女に本物を飲ませても逆効果にしかならない、カーニャ用に精製したエリクサーが必要なのだ」
 「それもデル兄さんが?」
 「ああ、創り方を聞いた、武闘派だったデルが精製の方法を云い出した時は驚いたよ、このエリクサーも自分たちで作ったといっていた」
 ガレオン船の永久漕ぎ手として囚われていたデルがどこでそんな知識を得たのか、つくづく世界は広く、そして狭い、因果の糸は解けず絡まり続ける。
 「君はこの後どうする?直ぐに発つのか」
 「皇太子の婚約者と同じ顔はいろいろ利用されやすい、しかし、カーニャの事は・・・私に責任がないとはいえない」
 「責任?どういうことだ」
 「ミストレス・ブラックパール、ランドルトン公爵とムートンの戦い、その中に私もいた・・・ムートン側の兵士として」
 「なるほど影武者だったのか、それなら令嬢の戦果も頷ける」
 「秘匿事項だ、反逆の芽を事前に摘んだ英雄は皇太子エドワードと皇太子妃フローラでなければいけない」
 「エミー、君がランドルトン公爵派閥粛清に伴ったフラッツ家の悲劇に責任を感じているならそれは違うぞ、そんなことは個人の責任ではない、それに今回の戦いは王家側、特にムートン家は被害者、一片の責任もない」
 「理屈ではそうだ・・・だからと言ってフローラなら見てみぬふりはしない」
 二人は同時に頷いた。
 「少しの間でいい、疑似エリクサーの精製を手伝ってくれないか」
 「ああ、手伝うよ」
 「よし、決まりだな」
 
 握手を交わした二人を、走り去る雲の影が覗いていった
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