kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

文字の大きさ
10 / 109

クルーザー

しおりを挟む
どうせ領内の掌握を終えたころに正式な爵位を得た兄がこのマナーハウスにやって来る、自分は下働きをさせられているだけだ。
 だからといっていい加減な仕事は嫌だ、それまでの業務は完璧に遂行して見せる。
 その中でも頭の痛い問題があった、一時的にでも統治を失った領内の治安は急激に悪化した、警察力の低下した領内に野盗強盗の類が近隣から集まり集団となって村や商家を襲い始めている、王家から派遣された警備隊は少数でとても全部に対応することなど出来ない、旧フラッツ家直属の兵士は全員武装解除させているし、新たに警備隊を組織するにはあまりに時間がない。
 特に解体された旧ランドルトン派閥の貴族の生き残りたち、粛清を逃れた者が徒党を組み組織化してきていた。
 生来の貴族は庶民の中で働くことなど出来ない、領民から吸っていた税収という糧を失い、生み出すことを知らない簒奪者は奪う形を変えて安易に生き残りを図ろうと犯罪集団へと堕ちていく。
 「今週だけで十件やられました」担当次官が報告書を手に汗を拭いている。
 「同一犯なぁのですか」
 「おそらく違います、手口はバラバラで統一性はありません、目撃者の証言も噛み合いませんでした」
 「襲われたのは押収した金品をぅ隠しておいた場所ばかり、内通者がいるぅな」
 「内通者・・・スパイですか?」
 「いずぅれにしろ逆賊をこれ以上太らぁせるわけにはぁいぃきません、ここはひとつ罠を仕掛けましょう、出来るだけ腕の立つ兵士を集めてください」
 「腕の立つものですか?使えそうな連中は皆要職に就いてしまっていて果たして何人集められるか・・・」
 「この際引退したぁ老兵でも農家の力自慢でぇも構いません、最低でぇも十人、ぁ集めて下さい」
 「十人・・・」次官は引き抜くべき顔を頭の中に並べてみたが期待には堪えられそうにない。
 「いぃなければ領内でスカぁウトしてもかぁまいません、とぉにかく早急に揃えてくぅださい」トマスはイライラしてくると語尾の訛りが酷くなる、察した次官は空返事を残して走り去った。
 バーモンド本家から王家に対して応援要請をすることも出来るが時機尚早だ、無策のまま王家に頼っては臆病者の誹りを本家が受ける事となる、ここは何とかしなければならない、踏ん張りどころだ。
 トマスは腰のサーベルは短くお飾りに等しい、街を創り育てるのが自分の仕事、破壊は正反対だ、トマスは暴力が嫌いだ、その能力を磨こうと思ったことはない、そんな時間があるのなら本を読み勉強したかったが才能がその時間を奪い付いた字名、アングリー(怒れる)・ドワーフ。
 トマスは大きく分厚い自分の掌を見て溜息をついた。
 「いらない才能だ・・・」その声は訛っていなかった。

 旧ランドルトン領の海岸にかつては公爵家お抱えの造船所が連なっている、いまは一時的ではあるが王家の管理下に置かれていた。
 「社長!あのクルーザー売れそうだって本当ですか!?」
 いかにも職人といった工場長が社長室に走り込んできた、朝から騒がしい。
 「ああ、前金も貰ったぞ!」
 葉巻を咥えた社長の顔色は昨日まで違い明るい、ミストレス・ブラックパールから直接依頼を受けて建造していた新造二十メーター級クルーザー、補助的とはいえ蒸気動力も備えて一年の遠洋航行にも耐えうる豪華で堅牢な船だ。
 その分、お値段も破格だった。
 「いったい誰が!?今はどこの貴族も払える奴はいないと思っていましたが・・・」
 「それがな・・・名前は明かせないが信頼は置ける奴だ」
 「社長、大丈夫なのですか?踏み倒されればこの会社は一巻の終わりですよ!?」
 「あいつが売れなきゃどっちにしても倒産だよ、王宮も新領主もお堅くて娯楽のクルーザーになぞ見向きもしない、損失は全てこっち持ちだ」
 「前金てのはどれくらいですか?」
 「即金で半額だ」
 「半額!?そんなに!」
 「ああ、引き渡し後に手形も割賦も無しにもう半額、どうだ、いい話だろう」
 「信用できる会社なのですか、手形もなしに即金払いだなんて、まさかマフィアとかじゃ?」
 工場長の不安ももっともだった、この港の造船所はランドルトン公爵お抱えのようなもの、王家の支配下に置かれた、各造船所は事業仕分けのターゲットだ、軍艦のような巨大な造船所は国も欲しがるだろうが、遊興用の造船に将来があるかは分からない、新たな受注を得るためには路線変更と設備投資が必要だ。
 高給な大型クルーザーなど不良債権にしかなりそうになかった。
 工場長たる自分にも名前もいえない、団体であるかも分からない、そのくせ金払いはいい、美味い話ほど裏があるものだ、後から犯罪に巻き込まれでもしたら職を失うだけではなく命まで失いかねない。
 元来社長は職人上がりで経営者に向いているとはいえない、人を信用しすぎる。
 「場長、大丈夫だ、買主は信用できる奴だ、今は言えないが引き渡し近くなったら必ず合わせると約束する」
 「社長がそこまでおっしゃるなら・・・」
 「それからあのクルーザーが売れたことは内緒だぞ、余計な詮索をされて話が流れればその時こそ倒産だ」
 「分かりました、皆にも箝口令を発しておきます」
 「たのんだぞ!」
 社長室の窓から黒く塗られた船体が小波に揺れている、喫水が浅い現代的なデザイン、中央にだけ備えたマストは高くないが、船首にまで張り出せる三角帆は大きく船速は遅くない、さらに蒸気機関は船尾に備えた二輪水車を回転させて水力を得る仕組みだ。
 船室七、艦長室、操舵室、調理室、蒸気機関室、船倉三室、十名の乗組員で一年は航行できる、内緒だが口径は小さいが大砲と長射程の大型弓バリスタも備えてもいる。

 ミストレス・ブラックパールが自分用に発注したクルーザー、その名を黒い珊瑚、ブラック・コーラル号。
 船主を失った海の貴婦人は新たなオーナーを迎えて大海に舵を取るべく最後の仕上げと機関整備を進めることになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

精霊のお仕事

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
【完結】 オレは前世の記憶を思い出した。 あの世で、ダメじゃん。 でもそこにいたのは地球で慣れ親しんだ神様。神様のおかげで復活がなったが…今世の記憶が飛んでいた。 まあ、オレを拾ってくれたのはいい人達だしオレは彼等と家族になって新しい人生を生きる。 ときどき神様の依頼があったり。 わけのわからん敵が出てきたりする。 たまには人間を蹂躙したりもする。? まあいいか。

【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。 前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。 その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。

「クビにされた俺、幸運スキルでスローライフ満喫中」

チャチャ
ファンタジー
突然、蒼牙の刃から追放された冒険者・ハルト。 だが、彼にはS級スキル【幸運】があった――。 魔物がレアアイテムを落とすのも、偶然宝箱が見つかるのも、すべて彼のスキルのおかげ。 だが、仲間は誰一人そのことに気づかず、無能呼ばわりしていた。 追放されたハルトは、肩の荷が下りたとばかりに、自分のためだけの旅を始める。 訪れる村で出会う人々。偶然拾う伝説級の装備。 そして助けた少女は、実は王国の姫!? 「もう面倒ごとはごめんだ」 そう思っていたハルトだったが、幸運のスキルが運命を引き寄せていく――。

異世界に召喚されたら職業がストレンジャー(異邦”神”)だった件【改訂版】

ぽて
ファンタジー
 異世界にクラスごと召喚された龍司だったが、職業はただの『旅人』?  案の定、異世界の王族貴族たちに疎まれて冷遇されていたのだが、本当の職業は神様!? でも一般人より弱いぞ、どゆこと?  そんな折に暗殺されかけた挙句、どさくさに紛れてダンジョンマスターのシータにプロポーズされる。彼女とともに国を出奔した龍司は、元の世界に戻る方法を探すための旅をはじめた。……草刈りに精を出しながら。 「小説家になろう」と「ノベルバ」にも改定前版を掲載中です。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

処理中です...