kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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入信

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 その倉庫は海に近い場所に立っていた。
 周囲には同じような倉庫が立ち並び、港の一時倉庫としての役割や造船のための材料保管庫として使われている。
 今、場違いな鎧と盾で武装した兵士に取り囲まれて荷車が路地を進んでくる。
 ガタゴトと進む木製の車輪が軋み、台車の上の荷物がそれなりの重さであることを感じさせた、先頭にはトマス・バーモンドの姿も見える。
 周囲を警戒しながら倉庫の扉を開けると次々に荷台の上の木箱を運び入れていく。
 その数は五つ。
 その様子を路地の影から伺う二つの影があった。
 「先頭にいるのはトマス卿か?」
 「卿じゃない、奴は単なる事務官だ」面白くなさそうに吐き出したのは細く柔らかい金髪を七三に撫でつけた男だ。
 「まったく上手い事やりやがったよな、あいつこの領の収め方次第で爵位持ちになるぜ」
 「俺たち次男組の中でも一番うだつが上がらない奴だと思っていたのに人生大逆転だな」
 「俺は認めないぜ、あんな奴!」
 「へっ、認めるのは俺たちじゃなくて国王様だ、それよりお宝だ、情報どおりだとすれば箱の中身はランドルトン公爵家発行の金貨、今はそのまま使えない代物だ」
 「溶かしてしまえばどうとでもなる、なんならお前の顔でも刻んでみるか、娼館での受けはいいかも知れないぜ」
 「ノスフェラトゥの教祖様は罠だと言っていたがどう思う?」
 「偽物運ぶのに重装兵士の護衛が必要か?」
 「トマスの悪知恵かもしれないぜ」
 「奴は事務官だ、そんな気は回らないだろ」
 「フラッツの埋蔵金貨の噂を聞いたのは俺たちだけじゃない、うかうかしていると他の奴に攫われちまう」
 「攫われてから本物だったってことになったら笑えねぇ」
 荷の運び込みが済んだトマスたちは厳重に扉を施錠すると倉庫を後にしていった。
 「早い者勝ちだ、今夜やるぞ!」
 「剣鬼団の都合はつかないか」
 「ああ、彼らがいれば心強いのだが今回はだめだ」
 「しかたない、仲間を招集しろ、参加しねえ奴に分け前はないとな!」
 
 月明かりのない曇天の夜、狭い路地は民家の窓から漏れる灯りもない、慣れた目でも石畳の凸凹に躓く。
 国を二分割にしたランドルトンの乱は多くの廃藩と食い詰める人間を生んだ。
廃藩貴族の盗賊団、団とはいえまだ組織だってはいない、それぞれが貴族出身、身をやつしても傅くことを知らない、実質的に働くよりも指示をしたがる者ばかりだ。
 そんな人間たちにも家族がいる、廃藩されれば住む場所を失い日々の金に困ることになる、家族を維持できない。
正当な方法でなくても働かなければならない、追い詰められた人間の前に道徳観や正義、常識は脆く崩壊する。
 それぞれの不満や不平、嫉妬や後悔をその剣に含ませて男たちは参集した。
 その数、二十五人、騎馬に乗った十人、荷を運ぶ為の幌馬車が三台に残りの男たちが便乗して満車状態だ、金貨を強奪した際の事を考えていないのか、もしくは戦闘による死者を見込んでいるのかは分からない。
 
 路地は静まり盗賊団以外の気配はない、遠く港や造船所の明かりがチラチラと揺れているのが見える程度だ。
 一応リーダーとして先頭に立つのが旧フィーゴ子爵家の三男アマル、嫡男子爵は男色の変態で有名だった、跡継ぎなき場合は自分にもチャンスがあるかと期待していたがムートンの騒ぎでランドルトンの裁き前に廃位されて土地を追われた。
 その後は転落の一途、同じ境遇の者たちとマフィア紛いの一団を組織して日銭を稼いでいた。
 そして一年前、アジトにしていた廃寺院でノスフェラトゥ教団の教祖に出会った。

 当時、アマルの盗賊団は少人数で武力に長けた者も少なく、ある商家の屋敷に強盗に入ったが護衛の兵士に返り討ちにあって散り散りに逃げ帰った。
 その戦いでアマルと仲間は深手を負い、アジトに帰り着いたときは瀕死の状態だった、門をくぐり扉のない寺院に転がりこんだ異教徒の像の前に黒づくめの教祖が待ち構えていた。
 「なっ・・・何者だ貴様は!?」
 「私は神の使途アポサル、道に迷う哀れな者どもに光明を与える神託を神より賜りし者なり」
 黒ずくめの上にフードと嘴の付いた鳥の仮面を被っている。
 「くっ、くそ・・・これまでか」
 ついてない、襲撃に失敗した挙句の深手、真面に戦える者は残っていない、アマルは震える手で折れた剣をアポサルと名乗った怪しげな男に向けた。
 「神託は既に下されたものなり」
 呼応するようにアポサルもサーベルをアマルに向ける、躊躇することなく間合いを詰めてきた、「でやあああーっ」アマルは破れかぶれの一撃を上段から振り降ろす。
 ギャリィィンッ アポサルの剣に返されたアマルの剣が空中を飛び壁に突き刺さる、ドゴッ 「ぐおっ」兜のない頭頂を打たれて意識が遠のく。
 ドサッ アマルは気を失い教会の床に頭から突っ伏して倒れた。

 ・・・・・・身体の中を熱い何かが巡っている、ドラゴンだ、ドラゴンの血が目覚めた、火を吐く伝説の神獣が俺の中にいる。
 体中の細胞が蠢いている、太古の記憶が蘇る、嗅いだことのある匂いだ、鴨か赤身の魚が発酵したような匂い。
 力が・・・漲る!
 「はっ!!」見開いた目に黒い鳥の姿が飛び込んできた。
 ガバッ 反射的に飛び起きた、いや起きることが出来た。
 「あっ、あれ!?」自分の傷ついていたはずの手を見下ろす、傷の痛みがない、出血も収まっている。
 「アマル!!」聞こえた声は瀕死で担いできた仲間の一人だ。
 「おっ、お前?」
 「あの方が、アポサル様が助けてくれた・・・エリクサーで!」
 「はあ!?エリクサーだと?何を言っている・・・」
 瀕死だった男がよろめきながらも一人で立ち上がり、アマルの肩に手を置いている、夢を見ているのかと疑うが服に付いた血の匂いは本物だ。
 「君たちは神に選ばれた、私のように」
 アポサルが広げた手は翼のようにはためき、窓からの光を受けて神々しくも黒のビロードのように輝いた。
 「おお・・・」
 「このエリクサーに選ばれし人間たちよ、神を敬いその血を捧げよ!」
 ガァアアアアアッーッ 頭の中で太古のドラゴンの咆哮を聞いた、細胞の中心が何かに目覚めたのが分かった、あのエリクサーは本物だ。
 アマルたちはアポサルの前に膝をついてノスフェラトゥ教団への入信を誓った。
 アポサルに与えられたエリクサーにより傷は全快し、以前よりも強い身体に生まれ変わった、アマルは特に変化が大きく見た目までも若返っていた。
 エリクサーの効果は人それぞれだ、アマルのように絶大な効果を得られ者もいれば、まったく効果のない者もいる。
 それが神の選択なのだ、神の使徒として相応しい人間かいなか選別されている。
 若かった頃の力が漲っている、幾らでも早くなる心臓の鼓動、翌日には復活する体力、酒と煙草に塗れて不摂生に錆び付いていた身体が、若さという活力を取り戻していた、間違いなく自分は選ばれた、神の使徒に、特別な人間として。
 アポサルの持つエリクサーは透明な瓶の中でドラゴンの血のように赤く揺れた。
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