kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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記憶の戦場

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 ニースの港は未だ活気を戻していない、出入りする船は小型の漁船ばかり、造船で栄えた街は仕事を失くし彷徨う人々を吐き出し続けている、早期の造船業復活を諦めた住民たちは出稼ぎに出たり、ニースを捨て他の都市へ移り住むようになり流失が止まらない。
 街の財政はさぞ厳しいかというとそうではなかった。
 ザ・ノアを建造する団体から多額の税が裏金として注ぎこまれているからだ。
 当然、払っているのはノスフェラトゥ教団、ダーク・エリクサーらよる選民の寄付という名の収入は想像を超える金額になっている。
 本来の選民ではない、若返りという副産物を餌に貴族や財閥、富豪から集金を重ねている、その額は地方都市の予算に匹敵する額だ。
 ニースの新領主はなかなか決まらなかった、税収の見込みのない錆びれていく街を引き受ける奇特な貴族はいない、いよいよ王家が直接管理する段になって手を上げたのが北部の貴族、モントレー家だ、爵位は男爵、裕福では無いはずのモントレー家が何故と噂になったが面倒ごとを押し付けることが出来た周辺貴族たちは無用な詮索を控えた。
 理由は教団の接触に他ならない、モントレー男爵自身が信徒であり選民なのだ。
 いまやニースは王国における教団の誉れ高き本部でもある。
 「壮観な眺めだ、純白の船体が大海原を行く姿、早く見てみたいものだ」
 モントレー男爵はザ・ノア建造のための現場事務所から完成間近の船体を眺めていた、神の船に相応しい堂々たる大きさ、船体から突き出した巨大な筒は黒く髪の力を誇示しているようだ。
 「例のサンプルたちの経過はどうだ、血管投与は順調か?」
 「もちろんです、既に二人には外観的な変化も現れており、クロワ様ともフレディ様とも違う型だと判明しています、ですが・・・・・・」
 トガミ主任研究員はそこまでいうと悔しそうに口を歪める。
 「何だ、なにか不都合があるのか?」モントレーは自慢の髭の先端を捩じって弄ぶ。
 「ホランドとインプの血から精製したダーク・エリクサーの純度は非情に高く効果も著しいものがありました、しかし、適合する者があまりに少ない、クロワ様の物なら四人に一人は適合者がいますが、彼らの適合比率は十人に一人程度、血管投与すると適合しない者は即死に近い形で死にます、劇薬のようです」
 「確かに死体の処理が追いつかないと兵が零していたな、なあに、選民以外の命など気にすることはない、軽い気持ちで当たって砕けろだ、頑張り給え、トガミ主任」
 ここにもカレッジ・ハイが一人いた。
 「はい、男爵閣下ありがとうございます、しかし未だに全型に対応し、全ての型を凌ぐ効果を持つとされる完璧なミトコンドリア、始祖たるイブの片鱗にも出会うことが出来ていません、ザ・ノアの出航は間近だというのに気持ちばかりが焦ります」
 「んんーっ、気持ちは分らんでもないが、何事もトライ・アンド・エラーと言うではないか、失敗の先にこそ成功はある、我々はアポサル様を信じて努力を重ねるだけだ」
 死を振りまく努力、それを愛と正義と信じる勘違いほど迷惑で厄介なものはない。
 「そうですね、我々にはアポサル様がいらっしゃる、何を恐れることがありましょうや」神の名の許に命を奪う、その行為にトガミは最早疑いを持ってはいない、全ては神の国を現世に建国するための付石、その行為に罪など存在しない。
 「イブといえば今朝がたエロース様がサンプル確保に向かわれたようですが、先日亡くなられたタロス殿たちを殺した相手なのでしょう、お一人で大丈夫なのですか」
「どうやら戦闘にはならないようです、平和的な交渉とご案内に向かわれたと聞いておりますが」
「そうですか、タロス様たちを屠ったほどの相手、さぞや豪傑なのでしょうね、そんな方なら余計に歓迎しなければなりませんね」
「エロース様は心中複雑でしょうが相手が乗り気なら話は変わります」
 前向き過ぎると自分に都合よいことしか見えなくなる。
「それと今朝がた小さな女児が運ばれてきたようですね、あれもサンプルですか?」
 「いえ、あれは単に人質です、なんでも王室にエリクサーを騙る偽物があるそうなのです、それを調合している薬師を誘い出すために拉致したようです」
 「王室から?まさか王宮内から攫ってきたのですか」
 明るかった男爵の顔色が変わる。
 「そのようですね、取敢えずは傷つけないよう保管せよとの指示です」
 「バレてはいないでしょうね、流石に王家と喧嘩するのは早すぎます、ランドルトン公爵の二の舞になる」
 「その辺は慎重にやったと思いますよ、荒事は専門外ですので分かり兼ねますが今のところは順調のようです」
 「そうですか、しかし何事かあっては遅い、市中の警備を増やしておきましょう」
 「懸命なご判断かと存じます」
 二人は現場事務所を出るとそれぞれの持ち場へと歩いて行った。

 ガチャガチャと鎖が揺れる音がする、ホランドは夢の中にいた、囚われてからずっと腕の血管に打たれた針から赤い液体が身体に入り込んでくる、管は他にも数本が繋がれていた、黒服の変な武器にやられた傷は塞がっている、痛みもない。
 ただ、全身がだるく力が入らない、微睡の中にいるようだった。
目を閉じていても見たことのない戦場の景色が見える、恐ろしい戦場だった、自分より遥かに大きな巨人が矢に射抜かれて斃れていく、身体に突き刺さった矢はその内部で爆発する、たった一本の矢が巨人を屠る、複雑な形をした弓を持つのは・・・・・・自分と同じ銀色の髪、しかし遥かに小さい、まるで少女のようだが違う、あれは女王、彼女の前では体の大きさなど意味を失う、神の盾イージス、その弓は狩りの女神アルテミスの弓、恐ろしくも哀しい目をした女王に別な女の姿が重なる、途轍もない悲しみと痛み・・・・・・脳の記憶ではない、呼び起された記憶は誰のものだ、ホランドの頬を涙が伝った。
 「あっ、うう・・・・・・」悲しみが呻きとなって漏れた。
 「おじちゃん、どっか痛いの?なんで泣いているの?」
 思いがけず幼女の声で現実へと引き戻される、霞む視界の先に幼女が屈んでいた。
 プラチナの髪に人懐こい海色の大きな瞳が覗き込んでいる。
 幻でも見ているのだろうか、囚われている牢屋には鉄格子がある、通り抜けるには狭すぎるはずだ、視界が立体となる、やはりそこに少女はいた。
 「君は誰だ?なぜここに居る・・・・・・」頭がグラグラする。
 「わかんない、今朝アフガンちゃんと遊んでいたら急に眠くなって気か付いたらここにいたの」
 「違う、そうではなく何故この房の中にいる、いつ入れられたのだ?」
 意識は朦朧としていたが教団の研究員以外が出入りした記憶はない、まさかこの子までサンプルにするつもりなのか。
 「入れられてはないよ、あのくらいの隙間なら通れるもん、別な部屋にいたんだけどお父さん達がきっと心配しているから帰ろうと思って出てきたら、おじちゃん泣いているから入ってきたの」
 「通り抜けた!?あの鉄格子の隙間をか?」隙間は拳一つ程度しかない、猫でもなければすり抜けるのは無理に見える。
 「そうだよ、簡単簡単、やって見せるね」言うが早く立ち上がると少女は鉄格子に突撃する勢いで突っ込んだ、危ない!叫びそうになった口が驚きの形で止まる。
 鉄格子は激突したかと思った瞬間、少女の身体は揺らめき空間が歪んだ、次の瞬間には幻の様に鉄格子の外側に立っていた。
 理解が追いつかない、魔法を見ているようだ。
 ニカッと笑うと「ねっ、簡単でしょ」クルリと向きを変えて再び鉄格子をすり抜ける。
 「信じられん、君は何者だ?」
 「私はティア、海の神様ティアマト様から貰ったんだって、お父さんが言ってた」
 十歳くらいだろうか、少し身体は小さいが教団の関係者とは思えない。
 「俺の名はホランドという、ティア、少し頼めるか」
 「なぁに、ホランドおじちゃん」
 「俺の頭の上に瓶があるだろう、そこから伸びている管についているコックを回して閉めてくれないか」
 「いいよ」ティアはスルスルとホランドの身体をよじ登ると目的のコックに手を伸ばした。
 「これでいいかな」
 「ありがとう、助かった」ティアに閉めて貰ったのは麻酔薬だ、意識を保てれば脱出のチャンスはある。
 「ここで働いている人たちはティアの友達なのかい?」
 「違うよ、みんな変な匂いがするの、好きじゃない」
 「じゃあ、ここにいたくはないんだな」
 「うん、帰る」
 「この房のどこかにティアと同じくらいの小さい髭もじゃのおじちゃんがいるはずだ、名前はインプ、そのおじちゃんのコックも閉めて貰えるか、ここにいる連中は悪い奴らだ、見つかったら危ない、きっと俺が連れ出してやるから、それまで元の房で待っていてくれないか」
 「インプおじちゃんだね、わかったよ、それじゃ誰かと遊んで待ってるね」
 ピョンと飛び降りるとまた激突する勢いで鉄格子にダッシュ、スルリと抜けて房の廊下を小さな足音が走っていく、少しの間を置いて再び足音が帰ってくる、手を振りながらホランドの前を横切ったティアの後ろにを鼠が数匹付いていった。
 
 「天使・・・・・・なのか?」見送ったホランドの額中央に角と言えるほどの突起が一本立ち上がっている、麻酔薬が途切れた身体に感覚が戻ってくる。
 かつてない充実、ダーク・エリクサーはホランドとの親和性が高い。
 感じていた、ダーク・エリクサーの記憶、狂暴な何かがホランドの中で目覚めようとしていた。
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