kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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匂いの糸

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 匂いの糸は次第太くなってメイドたちの住居棟に入っていく、フードで隠しているとはいえ低い唸り声と共に歩くルイスの姿は人から遠ざかり、すれ違うメイドたちは異形のルイスに気が付くと壁に飛び退いて口に手を当てて悲鳴を殺している。
 しかも異形のうしろに付いているのは近い将来の皇太子妃、バロネス・フローラだ、皆状況が理解できずに狼狽えるばかりだった。
 「フローラ様、私から離れてください」
 「関係ないわ、後で聞かせてくれる?三人の事」
 「ティアが戻ったなら、喜んで」
 「絶対よ!!」
 ルイスの鼻には匂いの糸が一つの部屋を出入りしている様子が見える、幾筋もある糸は新しい物、古い物、幾重にも重なっている「!」新しい一本の糸に絡まった微かな匂い。
 ティアの匂いだ!
 
 ソンファは王宮に努めてまだ一年、給金は悪くないが仕送りもしていて手元にはあまり残らない、一年かけて貯金したお金で初めてのオーダードレスを採寸していた。
 最新のモードはデコり過ぎない方が良いと友達になったメイドが言っていた、王宮内にいれば地方の貴族と出会う機会も多い、これから数年が勝負だ、少し痛い出費だけれど将来のための投資と思えば高くはない。
 ドレスメーカーのウェイバーは出入りしている業者の中でも評判がいい、褒め上手で話を聞いてくれる、乗せられていると分かってはいるが気分は悪くない。
 「バロネス・フローラ様のドレスも仕立てられたんですか?」
 「ええ、先日一着納入いたしましたよ、大変ご好評をいただきました」
 「それは豪華な物なのでしょうね、見てみたいなぁ」
 「同じようなデザインにいたしますか、お値段は多少張りますけれど」
 「そんなの無理よ、お金だって無いし、何より恐れ多くて」
 「心配いりません、貴方はそれを纏うに相応しい、こちらも先行投資して将来の上客を逃がしたくはありません、お安くしておきますよ」
 「まあ、お上手ですこと、天に登ってしまいそうです」
 ポタッ 「んっ?」ソンファの掌に水滴が落ちた、血の匂い。
 見上げたウェイバーの額に汗が光っていた。
 「すごい汗、どうしたの・・・・・・」ウェイバーの顔が変わった。
 バッ ソンファの首に後ろから腕を回すと盾にするように出入口に向けて無理やり立たされた、腕が食い込む 「あぐっ」 息が詰まった。
 「なにをっ!?」 ズキッ 首に冷たい痛み、そこから暖かい液体が伝う感覚、鋏が皮膚の下へ潜り込んでいる。
 「黙れ、大人しくしていろ、でなければ殺す!!」話上手のドレスメーカーは消えていた。
 ギイイッ 採寸室のドアがゆっくりと開くとそこには獣がいた、黒い体毛に長い手、鉤爪、フードから覗く長い犬歯、瞳だけがらんらんと金色に光っている。
 ドォルルルルルルッ 威嚇の唸り声、狼男だ!
 「ひいっ」
 ソンファの意識はそこで消えた、力の抜けた体重をウェイバーは楽々と抱える。
 「来るなっ、近づけば殺すぞ!!」
 鋏の先端がめり込む。
 「ティアを何処にやった、言えば殺さないでおいてやる」
 「笑わせる、貴様はなんだ、人ではないな、さりとて選民であるはずもない、出来損ないが言葉をしゃべるな!」「何故分かった?」鋏をルイスに向ける。
 「見ての通り鼻は効くんだ」ズンズンと遠慮なく歩を進めて近づく。
 「犬ころが!!」「せめてこの女は道ずれだ!」鋏を振り上げた瞬間、魔狼の影から下着姿の細い影が飛び出してウェイバーに体当たりを喰らわした! 「ぐっ!?」
 ドレスを脱いだ細身はルイスの背に隠れていたのだ、意表を突かれたウェイバーは抱えていたソンファを落とす、影はソンファを受け止めると自分を盾にして覆い被さった。
 「くっそおおおっ」振りかぶっていた鋏を覆い被さった女に打ち下ろす!ドスッ、厚く固いゴムに突き立てたような感覚、女の上にさらに魔狼が盾となっていた、その分厚い筋肉に鋏は僅かに食い込んでいる。
 「くっ」引き抜こうと力を入れると魔狼がギチギチと筋肉を絞る、鋏は筋肉の束に絡み取られてウエィバーの手に戻るのを拒否した。
 ドォルルルルルッ バアッウッ 異形の咆哮と共に拳がウェイバーの肩を薙ぎ払う、バッキャアアアアッ 一撃のもとに壁まで吹き飛んだ身体は激突して動かなくなった、追撃の大口を開けた牙がウェイバーの首元に突き刺さろうとした!
「待って!殺しちゃ駄目」ピタッ 突き立てられた牙が寸前で止まった。
「ティアちゃんの事を聞きださないと!」
金色に光る双眸がフローラを見返した、凄まじい怒気に気圧されそうになるのを堪えて「ルイスさん」落ち着いた声をかけた、フッと目の光が金色から茶色に戻る、ルイスの覚醒は直ぐには解けないがその顔はいつもの大人しい青年に雰囲気を戻した。
 「フローラ様」
 「ルイスさん、今その姿を晒すのはいけないわ、取敢えず身を隠しておいて、この男の事は任せて!貴方はその姿を戻してから合流してください」
 バタバタッと騒ぎを聞きつけた兵士たちがやってくる足音が迫った。
 「さあ、早く」フローラは窓を開け放って逃走を促す。
 頷きながらルイスは窓枠を蹴って庭へと飛び降りた。
 「フローラ様!ご無事ですか!!」扉を蹴破るように兵士が雪崩れ込んでくる。
 フローラは下着姿のままソンファを抱きかかえて伸びているウェイバーを指して叫ぶ 「その男がスパイよ、早く捕えて!!」
 フローラの下着姿を見た兵士の一人が壁にあったマントを急いで肩にかける。
 「ルイス殿はどちらに!?」警備部の兵士が探している。
 「庭にも怪しい奴がいたのでルイスさんはそいつを追っていきました!」
 「この男もルイス殿が?」
 「そうです、私を庇って負傷しているなかで彼は英雄です!」
 「なんとそうでしたか!それでは我々もルイス殿の援護に急がねば!」
 「いいえ、彼なら大丈夫です、それよりこの男からティア姫の情報を取るのが優先、急いで取り調べの準備をしてください」
 「なるほど心得ました、よし、連行しろ!」
 ソンファの傷は幸いにも浅い、跡も残らないだろう、医務班のメイドたちに引き継ぎフローラはマント姿のまま装飾品を投げ捨て、裸足のまま王妃の元へと急いで走り出す。
 嫌な予感がする、ただの誘拐目的じゃない、その奥にある黒煙に隠れた悍しい姿を見たような気がした、その姿はムートンに現れた魔猿ヤーヴルの怨念のように感じた。
怨念はまだ生きている。
 
 ウェイバーの尋問は時間の無駄だ、ダーク・エリクサーの選民は傷の回復が早い、尋問室に縛られた時には意識を回復し裂傷箇所の血はすっかり乾いている。
 スマートでダンディな優男は成りを潜め、そこにいたのは太々しく黙秘を続ける選民の一人、神の信念を信じる選民は疑うことを知らない。
 「だめです、一切口を開きません、ここは指の二、三本潰してみましょうか?」
 「ためだ、我が国では拷問は禁止だ、異端狩りや魔女狩りを赦すことになれば、やがて権力が宗教に飲み込まれかねない、こいつらと同じ地を踏むことになる」
 「しかし・・・・・・では、どうすれば!?」
 「仕方ない、まずこいつは誰なのか、生業、住所、家族、個人情報を洗え、持ち物も仕事道具も全部ぶちまけるのだ」
 「はっ」兵士はウェイバーを独房に残して消えた。
 ウェイバーは気配の消えた扉の向こうを伺う、袖口を弄ると取り出したのは縫い針の太さの極細ナイフ、仕立屋の器用な指で縛られたロープに刃を当てる。
 「どこまでも間抜けなやつらよ」
 拘束を解いたウェイバーは脱出口を壁の上にある鉄格子に定める、椅子に上ってガクガクと揺らすと僅かに隙間が出来た、隙間に無理やり指を捻じ込んでブロックを取り外す、突っ込んだ爪を全て失いながら鉄格子まで取り外すと脱出口を完成させた。
 小さな脱出口に身体を捻じ込み、肩関節を無理やり脱臼しながら外に押し出す、ドサンッ 受け身をとれずに落ちた先は花壇、運がいい。
 ゴキッ 壁に肩をぶつけて関節を戻す激痛、顔が歪む「皇太子妃フローラ!この怨み忘れんぞ!」 よろめきながらもウェイバーは小走りに小川の脱出口を目指して森の中へと消えた。
 ウェイバーが脱出する様子を塔の影からフローラが見ていた、森の木が揺れると猿の様に小さな影がスルスルと降りてくる、手を上げてフローラに合図を送ってきた。
 「頼んだわ、マンさん」小さく手を振ったフローラが笑みを見せたのは一瞬、直ぐに唇を結んで再び塔の中に消えていった。
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