kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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第一幕

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 「おい!あの子供がいないぞ!誰か房を移したのか!?」
 「知らんな、俺は聞いてない」
 「トガミ様に連れてくるように言われたのだがいないんだ、どこへ移したのだ?」
 「もう別な誰かが連れて行ったのじゃないか、逃げ出せるはずもない」
 「もう一度確認しろよ、そうだ、そろそろホランドとインプの採血を回収する時間だ、ついでに手伝ってくれ、麻酔薬で寝かせてはいても怖いんだよ、あの二人、なんか角まで生えてきているし」
 「トガミ主任はキレると何するか分からねぇ、元は大人しい禿げだったのに随分と変わっちまった、と悠長に話している暇はねえぞ、もたもたしていると置いてかれちまう!」
 「出航が決まって皆浮かれている、俺たちだけ乗り遅れて堪るかよ!」
 不死への航海へ向けて神の使徒が参集してくる、待ち構えるザ・ノアの乗組員はゲストを迎えるために航海物資の積み込みで騒然としていた、走り回る人間が交差し、荷馬車や台車が船に飲み込まれていく、巨大な船室は千人以上の人間を数か月に及ぶ生活を支える一つの都市、街の機能全てを詰め込んでいく。
 二人は船倉の中央、実験区画のサンプル房最深部、白髪鬼ホランドとバウンド・インプは最重要サンプル、ダーク・エリクサーの基底材として純度の高い血が採取出来ている、書き換えを進めながらその血液を提供させる、そこから精製されたダーク・エリクサーが何千という人間に選民の機会を与え使徒を増やしていくだろう。
 暗い船倉の分厚い扉の前に見張りの兵が立っている。
 「重要サンプル二体の採血回収だ、それとチビッ子を移動させる、開けてくれ」
 「あれ、お前さっきも来たよな、なんだやっぱりチビッ子は中か?」
 「誰も連れ出した様子はない、俺の見間違いかもしれん、もう一回確認してくる」
 「昨日の酒が残っているんじゃないか、しっかりしろよ」
 さっさと行けと扉が開くのを待って房の中に足を運んだ、中は照明が多く清掃も行き届いている、発酵に雑菌は大敵だが鼠だけは侵入を防ぐことは困難だった、どんなに埋めても気が付くと穴が壁に開いている。
 一番奥のチビッ子の部屋を除くとそこにはベッドで寝ている少女がいた。
 「ありゃ、やっぱりいた!?」
 「なあ!やっぱりお前昨日の酒が抜けていないだって、さあ、こっちの事はいいからお前は早くトガミ様の所へチビッ子を連れていけよ」
 「いいのか、恩に着るよ!」
 「なあに、最初の予定どおりさ、その代わり今夜一杯奢りな」
 「ああ、任せてくれよ」
 男は寝ているチビッ子を抱きかかえると急いで房を出ていった、トガミ主任の剣幕を想像して慌てていた男は自分の腰から鍵束が消えている事に未だ気付いてはいない、そしてチビッ子がホランドの房の前を通り過ぎる時に薄めを開けて手を振っていた事にも。
 残った男は一人で採血瓶の取り換え作業を進めていくと、ホランドの身体に注がれていた管の一つが閉まっていることに気付いた。
 「あれっ、閉まっている!」その先を辿ると麻酔薬の瓶に繋がっている。
 「おい、冗談だろ、これ麻酔薬ほとんど減ってないじゃないか!」
 急いで離れようとした時には白髪鬼の巨大な掌の拍手に叩かれていた。
 バァチィィンッ 蚊の様に男の頭が粉砕される、既に繋がれていた鎖の鍵はチビッ子により外されていた。
 繋がっていたダーク・エリクサーの管を引き抜き、ヌックと巨人が立ち上がる、天を突いた白髪、双眸は赤茶に光り、その額には角と呼べる突起が突き出していた、ミチミチと筋肉が音を立てる。
 「ティア姫、待っていろ、今助けてやる!」
 ドズンッ 鎖も外して房から一歩踏み出した。
 「おい、俺を置いて行くなよ!」
 隣の房からバウンド・インプの声が聞こえた。

 ニース、青の洞窟手前に円形闘技場がある、その昔、戦奴による決闘が見世物として流行した時代があったが、この時代には野蛮だと敬遠され放置されていたのをノスフェラトゥ教団が訓練所として使用している。
 闘技場は白い砂地、所々に血を吸った跡が点在する、二つある門の一つに壁にもたれ掛かったまま息絶えている男がいた、首席補佐官のカオスだった、その腹は内側から食い破られたように破裂している、その中は臓器がない空洞、空っぽの骨と皮だけを残した干乾びた人形だ、暗い洞窟となった双眸が足元の砂地を見つめている、そこには何かが潜った跡、蟻地獄の渦が砂地に模様を残していた。
 アダム・エリクサーを飲んだカオスの運命は、神の使徒への昇華ではなく魔獣への供物、彼の地の魔獣をこの世界に蘇らせる餌にされていた。
 競技場の中央には丸太で組まれた神殿のようなかつてのVIP席が残されている。
 五メーターの高さから間近で死闘を観戦していたのだろう、今そこに執事フレディが悠々と腰掛け優雅にお茶を楽しんでいる。
 櫓の周りには太い木杭が砂地と隔てるように並び、そこだけ石床が整備されていた。
 そこにトガミとティアがいた、ティアの首にはリードが付けられトガミがそれを握っている。
 待っているのはデルが持つ黄金のエリクサーと始祖たるイブの血、その可能性がある幽霊女エミーの登場。
 舞台は整った、一幕目に現れたのはデル・トウロー、警備兵に囲まれながら西側の門から姿を見せた。
 「ティアは何処だ!約束の物は用意してある、ティアを返せ!!」
 「いらっしゃいませ、デル・トウローさん、ご安心ください、姫は無事です」
 黒服フレディが優雅に立ち上がると櫓の下を指し示した。
 「お父さん!!」「ティア!!」トガミに捕らわれた姿が飛び込んでくる。
 砂地を蹴って駆けだすと「入るな!!」トガミの叫び声が響く、ザザッ デルは足を止めた。
 「そのまま動くな!」ティアを人質にした脅しかと思ったらそうではなかった、ザアアアアッ 砂地の中を何かが泳いでいる、白い砂の海に航跡が波打ちながら近づいてくる、何かがいる。
 「なんだ!」
 黒服フレディが手を上げると屍となっていたカオスが縛られた足を先にして砂地の上を滑り始めた、闘技場の反対側でロープを馬が引いている。
 ザザザザッ 馬の加速と共にカオスの屍は砂地を跳ねながら滑っていく、ゾゾゾッ 砂の中の何かが向きを変えて屍を追う、その航跡は一つではない、七本の航跡が凄まじい速さで迫った、バシュツ 砂飛沫が上がる、何かが空中に躍り出た。
 「あれは!?」
 砂地から飛び出したのは蛇のような生物、青黒い鱗を持ち先端の口は花びらのように割れて鋸のような刃が並んでいる、尻尾と思われる反対側は金属の槍のように尖っていた、全長は一メートル程度だが蛇よりも太い胴体、鰭や腕は見えなかった、何より動きが早すぎる。
 ガアッシュッ 一匹が噛みつく同時に尻尾の槍が屍を突き刺す ドシュッ バシィ 結んであったロープが切れる、七匹が養魚場に餌を撒いたごとく屍に殺到して砂飛沫にカオスの屍を隠した、砂煙の中を蠢く青蛇の胴体がのたうっているのが垣間見える。
 この世界のものではない、あれは向こう側の魔獣、デルは察した。
 「どうです?私が命がけで連れ帰った魔獣の一種です、名前をつけるなら、そうですね、今は翼がありませんが、頭を両端に持つ双頭の蛇、アンフィスバエナとでもしておきましょう」
 「連れ帰っただと!?お前も帰還者なのか?」
 「いかにも、そういうあなたもそうなのでしょう、この生物を見たことはありませんか」
 「初見だな、我々が行ったのは神が支配するところ、魔獣など近づけはしない所だ」
 「興味深い、ならばお持ちのエリクサーも本物のようだ、彼の地のエリクサーはこの世界の人間には効果が薄い、どうやら貴方は相当な知見をお持ちのようだ、ぜひ我が教団に加わっていただきたい」
 「はっ、入信を進めるのに子供を人質にするなんて真面な神のすることじゃないんじゃないか、天を拝むよりまずは自分の影の形を確認しろ、悪魔の影になっているぜ」
 「上手い事を仰る、その通り、我々が見た世界、そこは天界などではありません、現実の物質世界、魂の精神世界、虚像などではなく血の通った生物の世界、そこには生と死が確かにありました、しかし、我々は巡り合った、ほとんど不老不死の人型の種族、始祖たるアールヴたちに」
 「アールヴだと、初めて聞く名だ」
 「彼らの生は半世紀を越えて生き続ける民、しかしその寿命に甘え発展、改善していこうという気概のない民、他国と隔絶し新たな知識や血を取り入れない鎖国の国、宝の持ち腐れです、その血の利用方法を我らは先人より賜った」
 「その血の利用方法、それがダーク・エリクサーか」
 「その通り、アールヴの血、その秘密は始祖のミトコンドリア・イブ、残念ながらそれは彼の地でも手に入りませんでした、しかし、我々と同じように天と地の邂逅に巻き込まれて世界を行き来してきた者が過去幾世代にも行われてきました、この世界にも存在します、始祖たるイブの血統が」
 「イブの血統!?イブとはなんだ?」
 「それは彼の地の人類の始まり、全ての命はそこから分岐した亜種、人は猿などから進化した訳ではないのだよ」
 「なにを言っている!訳が分からん、気でも狂っているのか!?」
 「理解出来なければそれはそれでいい、のちのち勉強したまえ、貴方は黄金のエリクサーの知識を我々に提供する、そして我々はそこの子供の安全を保障しよう、選択の余地はないとご承知おきください」
 フレディは優雅に一礼する、「!おや、早くも第二膜の主人公が登壇したようだ」
 その視線の先に二人の女が立っていた。

 「あれは・・・・・・エミー!!」
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