kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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涙の癒し

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 ティアの言った通り山小屋の丘は黄色の花が幻想的なまでに春風に揺れている。
 黄色に曇った景色は春愁の迷路だった。
 「これは凄いな・・・・・・」
 「本当だ、まるで楽園じゃな」
 「これをデルが一から造ったのか」
 エミーとティア、エルザ、ホランド、インプに加えてギルも同行した、エリクサーの精製技術を引き継げるのはギル・ビオンディだけだ、カーニャも来たがったがまだ秘境ともいえる山歩きは無理だ。
 ノスフェラトゥ教団が出航した今バーモント領の危機は薄れたと判断してマナーハウスに一時的に帰還した、大きな人的被害は王家から人員が派遣されることになり業務整理と再度の立ち上げ任務のため否応なく帰らざるを得なくなった。
 それでもトマスはカーニャを一人にすることを拒んだが最後はカーニャの一喝を受けて渋々承諾して重い足を旧フラッツ領に向けた。
 カーニャは今、岩人の里でロイヤル・シルクを紡いでいる、里の女たちに交じり日々の生活と仕事に励んでいた、価値を生み出す技術を覚える喜び、小さくとも前進することの充実感、彼女の前には新たな未来、何事も選択できる自由がある。
 傍でそんな姿を見たい、言葉を交わせばその感情を共有できる。
 フローラ同様に彼女たちの幸せの時を共感したい、その時が待ち遠しい。

 小屋の中は出かけたまま生活感を残していた、三人の匂いを感じる部屋に二人の姿がない、広く感じる空間が寂しさを募らせる。
 エミーはティアの手を強く握った、フローラならこうするだろう。
 「お姉ちゃん・・・・・・大丈夫、私泣かない」
 「・・・・・・」そっと柔らかい髪に指を通して肩に手を置くと、そのまま抱き上げて強く抱きしめた。
 ズキンッ 鋭い痛み、心が壊れる寸前、ティアにとってこの世界が全てだったはず、自我が芽生えた後、傍にいたのはデルとルイスだけだ。
 二人の愛情が詰まった暮らしの跡、失ったものを突き付けられる苦痛は神獣といえど幼い心には重すぎる、泣くことが必要だ。
 「いいんだ、泣いていいんだ、悲しいと声に出していいんだ、お父さんたちのために」
 「・・・・・・ふっ・・・・・」決壊寸前だった涙のダム、壊れてしまえば戻らない、悲しみから目を逸らさなければいけない。
 「ふっ、あっ、あああああっ、あーっ」少女らしい鳴き声が部屋を埋めた。
 「お父さんお父さんお父さんお父さん、やだよう、ひとりにしないでよ、お父さん
・・・・・・・ふあああああっ」
 感情の激流がエミーの共感に映る、どれほど大事なものだったか、ティアにとって初めての喪失があまりにも大きい。
 自分を支えていた大地が突然なくなり宙に落とされたようなものだ。
薄い胸に顔を埋めて大泣きするティアを抱いたまま小さなベッドに腰を下ろす。
こんな時一緒に泣いてあげられたらいいのだろう、でも泣きまねでも涙はでない。
そんな二人をエルザ達が愛惜の情で囲んだ、エミーが頷くとそれぞれに仕事を始める、ここにはギルたちが残した漂流島の手掛かりを探しに来たのだ、ギルはエリクサーについて引き継ぐために、神獣にはエリクサーが必要だという、十分な量が残されてはいるがいつまで必要なのかが検討がつかない、補充できる方法が必要だ。
ティアは小一時間も泣き続けると疲れて眠った、そっとベッドに寝かせるがエミーの手を離さない。
「こっちの事はいい、そのまま傍に居てやっておくれ」
エルザが悲痛な顔でエミーの肩を叩いた。
「目の前で親を殺されたのじゃ、その気持ちは察するに余りあるわい」
ティアは擦れているところがまったくない、無垢だ。
デルとルイスの愛情を一身に受けて敵意や害意、悲しみを知らずに育った、母がいないことも二人の父親がいることで寂しさを感じることはなかっただろう。
“ティアの事を頼む” デル兄の最後の言葉、神獣を託された。
漂流島を目指すことはいい、しかし・・・・・・自分のような出来損ないの人間がそばいていいのかと自答する、人の感情に寄生するしか出来ない毒蜂だ、白く無垢な心に汚点を付けてしまわないかが心配だった。
ずっと一人でやってきた、常に人の環の外からその人たちの感情を感じて見て生きてきた、それで満足だった。
関わった人たちが幸せになれば、それを自分の幸せとして感じることができる、自分に関することで気持ちは乱れない、喜怒哀楽は生まれず常に脈も狂わない、その事に不満はない、だいたい不満を抱く器官がないからだ。
ティアは違う、豊かな感情を持っている、誰かを愛して生きることが出来る、その力の妨げになりたくはなかった。
調査はほどほどに夕食と宿泊の準備をエルザたちが始めた、状況によっては長期滞在の可能性もある、急ぐことはない。
長い睫毛に涙を溜めて眠る神獣は普通の女の子にしか見えない、彼の地の母は海神リヴァイアタンだという、未だに半信半疑、いや信じられない。
この世界に実在するはずのない神の化身、いや単なる生物なのかもしれない、どの世界にも神などいる筈がないからだ。
「お父さん・・・・・・」
今は静かに眠るティアが寝言を呟く、夢の中で再会しているのだろうか、その表情が軽くなった気がする。
「デル兄、ルイス、せめて夢の中に会いに来てやって・・・・・・」
ティアの額にそっとキスする。
竈がパチパチと数か月ぶりの火を燃やし始めると燻された煙が部屋に流れ始める、その香りが懐かしい三人の幸せの時をティアの夢に届けた。
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