kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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ポヤポヤ

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 近くにアダムたちがいるのが分かる、彼らには独特の匂いがある、人や獣の有機的な匂いじゃない、金属を舐めた時の味を連想させる匂い、無機的で冷たい。
 爬虫類のような目は何処を見ているのか分からない、あれはもう人ではなくなっている。
 オルガの待遇は他の女たちよりは恵まれていた、竜化が穏やかで攻撃性が薄いと思われているためだ、実際外見的な若返りはあったが身体強化には至っていない。
 扉の付いた単独房、鉄格子はついているが窓が大きく開けることもできた、ベッドにはマットレスと毛布も用意されている。
 食事も健康的なメニューで日に二回出してくれる。
 残念なのはお酒と煙草が呑めないことくらいだ、ダーク・エリクサーを打たれることにも慣れた、ただ毎回みる悪夢だけは慣れることはないが身体的な苦痛はなくなっている。
 教団の幹部たちが話しているのを盗み聞いた自分の運命、この待遇は食材を洗浄するための期間、幹部たちは食べようとしている、私の身体を。
 聞いた時は衝撃を受けた、悪寒と恐怖に震えた。
 でもアダムたちが使っていた銃という武器、あれで殺されるなら一瞬、きっと痛みもない、死んでしまえば後の事などどうでもいい。
 それならいいかと納得してしまった。
 元々穏やかでおっとりした性格、エロースからはいつもポヤポヤバカと言われて尻を叩かれていた、自分でも諦めるのが早いと思う。
 エロースはどうしているだろう、娼館ではいろいろ面倒をみてくれた優しい人だった、サディストの変態客がくるといつも代わってくれる姉御肌で皆からも頼りにされていた、仲間に何かあると先頭きって文句を言ってくれて、その度に殴られても怯まない胆力があり皆のために生傷が絶えなかった。
仲間に見せる顔は嫌みのない真っ直ぐな人。
 娼館を追われたのもそのためだ、殴られた傷が治らずに病んだ、価値を失ったエロースは厄介払いされるように追い出されてしまった。
 追い出されたのが自分だったならエロースは殴られても蹴られても娼館相手に立ち回っただろう、その覚悟を持っていたのはエロースだけ、自分も含めてフラフラになりながら娼館の裏口から出ていく彼女を見ている事しか出来なかった。
 恩人に酷い最後を遂げさせてしまった、しかし娼婦の最後は誰も似たようなものだ、いずれ自分も逝く、あの世で謝ろう、漠然とそう思っていた。
 違った、エロースは生きていてしかもノスフェラトゥ教団という異端の幹部になっていた、驚いたのはその容姿、実年齢の半分にまで若返り、その瞳には力が漲っている。
 驚き戸惑うオルガにエロースが差し出したのは赤い小瓶、噂には聞いていたリジューブ薬、マッド・エリクサー。
 「あんたみたいなポヤポヤは早くここから出ないと死んじまうよ」
 薬と一緒にお金まで用意してくれた、追い出されたエロースを見ている事しか出来なかった事を泣いて謝った。
 「いいんだよ、それで、目立つことをすれば叩かれる、前に立っちゃいけないよ」
 子供に諭すように頭を撫でて笑った顔を忘れない。
 私は言われるがままノスフェラトゥ教団に入信した、娼館の何人かも誘われていたようだ、リジューブ薬のお蔭で稼ぎも良くなり病気も治ってしまった。
 
 あの黒花火の直前、エロースは逃げろと言ってくれた、お前は船に乗るなと。
 きっとこの運命を知っていたからだろう、あの日の顔には怒りと憔悴、後悔があった。
 あの日が彼女を見た最後だ、所属していた部隊、ハウンドは全滅したと聞いた、エロースも死んでしまったのだろうか、教団の実態を知った今でもエロースを恨む気持ちにはなれない、逃げろと言ってくれたのに躊躇して逃げなかったのは自分の責任だから。
 まだ自分はここで膝を抱えて死を待っている、エロースなら抗うだろう。
 今までの人生のどこかで流される事無く踏ん張ることが出来たなら今の境遇は変わっていただろうか、何かを叶えることが出来ただろうか。
 今までに貯めたお金が僅かだが隠してある、もしも娼館を抜けることが出来たなら、どこか知らない土地で畑を借りようかと考えていた、女一人が生きていくのに多くはいらない。
 小さい夢だったけれど夢想している時間は楽しかったな。
 畑の土の匂い、遠い昔、幼い頃みた風景、その匂いの中に両親の汗と笑顔があった、幸せだった。
 まったくポヤポヤしているからバカを見ることになる、やっぱりエロースに叱られそうだ、でも叱って貰えたら嬉しい、早く死んで彼女に会いたい。
 開けた窓から暖かな風と共に土の匂いが入ってくる、その匂いは両親と共にエロースを思い出させる、オルガの頬を涙が伝った。

 翌日、早朝からエミーとエロースはラウド・ツェッペリ男爵のマナーハウスを見下ろせる丘から見張った、情報提供者によるとオルガのいる囚人房は半地下で窓があるという、マナーハウスまではかなりの距離があるが本館にはそれらしい場所は見当たらない。
 本館ではなくて背の低い別棟が幾つかある、あの中のどれかだ。
 昼間は当然だが人の出入りが多い、狙うならやはり深夜だがどの棟にいるのか、そこまでの情報はない、特定しなければならない。
 エロースと二人、交代で目を凝らす、二人とも視力は異常なまでにいい、顔の判別は出来ないが人代は十分判別できる。
 「あなたは怖くないの?」エロースは不思議だった、実年齢にして半分以下のエミーの落ち着きは十代のものではない。
 「私には恐怖を感じる機能そのものがない、その他の感情についても同じ、それは共感することでしか分からない」
 エミーは別棟を注視しながら答えた、その声にも感情は乗らない。
 「機能がないってどういう事なの」
 「先天的な脳の異常だと思う、医学書で調べたらウルバッハ・ビーテ病というのが近いようだ、私の場合は恐怖だけではなく喜怒哀楽全てについて感じることが出来ない、善悪や優劣は判断できるし論理的思考はむしろ得意といえる、ただ感情が湧かない」
 「そんなことって・・・・・・切ないよ」
 「いや、そもそも感情が無ければ悲しくもない、気にすることはないわ、その分人の気持ちを共感できる、例えばエロース、貴方が幸せだと感じれば私もその気持ちにのお零れを貰える、寄生虫みたいなものね」
 そう言って笑ったエミーの顔と声は釣り合わない。
 「寄生虫だなんて・・・・・・それで私に期待できると?」
 「悲しくは思わないでほしい、その気持ちも共有してしまう、それは苦くて美味しくない」
 「恋愛はどう?誰かを好きになったりした事はないの」
 「無いわ、恋愛感情も分からない、ただしそれは最も共感能する一つね、お酒に酔ったような感覚になるわ、少し脈が乱れる」
 「子供のころは演技することなんか出来なかったから蛇みたいだって言われてた、でも馬鹿にされても悲しくも悔しくもない、自分でも不気味だろうとは思うわ、それで付いた字名がフレジィ(不感症)・エミー、おまけにこの見てくれでは真面な恋愛にはなりようがない、共感したくない感情がほとんどね」
 「じゃあ、ずっと一人でやってきたの」
 「いや、偉大な師父もいたし兄弟たちもいた、客観的に見て私は不幸だったことはないと思う、塾を出たのは私の見てくれが皆に迷惑をかけるようになったから、こういう出来損ないが好きな変態は多い」
 「人身売買の組織に狙われたのね、どうやって凌いだの」
 「子供の頃は手加減することを知らなかった、だから全員殺した、殺したかった訳ではないけれど人の命は簡単に奪ってはいけないと学んだのは最近、それまでは殺すしかなかった」
 淡々と話す言葉に脚色は感じない、冷たい事実、あの日殺されなかった自分は運が良かったのかもしれない、以前なら確実に殺されていた。
 「!」エミーの目が何かを捉えた。
 「エロース、誰か来た」
 指さした先はマナーハウスを囲むフェンスの外だ、黒い人影が影に沿って動いている、その動きはノスフェラトゥ側に友好的とは思えない。
 「あれは何をしている?」
 「コソ泥かしら、何か騒ぎを起こしてくれれば好都合だわ」
 「目的が何なのか接触して確かめる必要があるね」
 「いってみよう」

 ハウンドの中でも最も身体能力に優れていたエロースの足はスピードだけならエミーに負けてはいない、二つの影が猛スピードで森の斜面を駆け下っていった。
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