kings field 蝶の森 

祥々奈々

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濁流

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 狙いすました一撃が皇太子へ飛んだ。
 バシッ 射線上に飛び込んできた影が銃弾を巻き込んで転がり落ちた。
 「!!」
 「くそっ、余計な奴に当たった!」
 河原に口から血を流して横たわったのはエミーだ。
 「エミー殿!!」
 「狙撃!!」森の中に紫煙を吐く銃口とミストレスの姿が見えた。
 「いってえぇっ……」苦悶の喘ぎが漏れる。
 「ぬおおっ!」ガイゼルが盾ごとバクラリに向かって猛牛のごとく突進する、ドッシャア ゴギャンッ 「ぐへぇっ」 バクラリは盾と奇岩に押しつぶされて白目を向いて倒れる。
 「エミー殿!エミー!!」かけよったエドが抱き起したがエミーの顔から苦悶の表情は消えていた、力なく薄く目は開いていたが何も見えてはいない。
 「はっ!」エドはエミーの胸に銃弾が命中した穴を見た、ミストレスがエドを狙って放った銃弾の前に一足早く気付いたエミーはその射線に立ち塞がりその身を持って銃弾を止めたのだ。
 「エミー、私の盾に……なんて事を!」胸の中央に空いた穴を見たエドは歯をくいしばる、唇を赤く染めた血がエミーの頭を支えたエドの掌を濡らした。
 力の抜けた人間は重いというがエミーの華奢な身体は驚くほど軽かった、儚さがエドの怒りに火を注ぐ。
 「伯母上―!!!!」
 エミーをそっと降ろすとハルバートを強く握りしめたエドは立ち上がった、睨んだ先には三つの影が縺れ合っていた、ヤーグルだ。

 「ちいっ、影武者が邪魔を!」
 走り込んだ影が吹き飛び、本命の皇太子は立っている。
 「もう一発……」ミストレスがシリンダーを開けて弾を込めようとしたところに、樹上から黒い塊が振ってきた、ギャギャーアース 魔猿ヤーグル、その背にはジュン少尉が放った矢が深々と突き刺さったままだ。
 「ひいいっ」激しい獣臭と血の匂いに咽そうになる。
 「ミストレス、私の後ろへ!」
 ガアアアアアッ ズドッ ゴスッ バキッ 滅茶苦茶に振り回すのは生木の太い枝、まるで棍棒、強力な腕力とリーチで振り回す打撃力は大鎌やナイフなどよりもヤーグル本来の特性を生かしている。
 手傷を負った野生は引くことを知らない、恐れを失くした狂戦士にリブローのサーベルも防戦一方に後退を余儀なくされている。
 ギィンッ ギィンッ 棍棒とサーベルがぶつかる度に削られた木片が飛び散る。
 「ぬううっ」
 リブローの顔に焦りが浮かぶ、棍棒を受け続けたサーベルは曲がり、リブローの利き腕は限界だった。
 バアキィッ 「ぐあああっ!!」リブローの腕がサーベルごと粉砕された、解放骨折した骨が皮膚を突き破り露出した。
 「逃げろ!セオドラ!!」リブローは最後にミストレスを名前で呼んだ。
 ゴキャアッ 狂戦士の一撃が上段から振り下ろされリブローの頭を歪に凹ませた。
 「リブロー兄様!!」差し向けた手を握ることなく腹違いの兄は地に伏して動かなくなった。
 「おのれえぇぇっ!!」血走った眼で自分が放った狂戦士を睨んだ。
 ヒュオンッ ドスッ ヒュオン ドスッ
 ジュン少尉の矢がヤーグルに突き刺さるが狂戦士は止まらない。
 「くっ!」ミストレスは踵を返すと川に向かって走った、しかしその先に道はない。

 エドはエミーを横たえて縺れる影に向かった、ヤーグルが振り回す棍棒は竜巻の速度でミストレスたちを襲っている、あれではリブローのサーベルはもたないだろう。
 王家に仇名す反逆者とはいえ叔母だ、幼かったころに見せてくれた優しい顔がエドの瞼に蘇った、何故こんなことになってしまったのか。
 ゴシャアッ リブローの頭が消えた。
 グギャアアアアアッー ヤーグルは文字通り狂っていた、倒れたリブローの首に牙を突き立てて喉笛を食いちぎる、毟り取るように二度三度噛みつき頭を振る。
 ヤーグルがリブローの死体に執着しているうちにミストレスは河原の突端までたどり着いた、しかしもう逃げ場はない、その先は深く重い濁流だ。
 振り向いた前に皇太子エドワードとガイゼルが意外にもヤーグルと対峙していた。
 「何のつもりだ?皇太子!情けなどいらない!」ミストレス・ブラックパールは精一杯の虚勢を張るが声は震えている。
 「伯母上、情けなどではない、貴方を逮捕するためだ」
 チラリとエドが視線だけを向けた。
 「くっ……」違う、逮捕とは口実、親族であることに情けをかけられている、屈辱だった。
 振り返った濁流に身を投じれば自害できる、屈辱に塗れるくらいならと足を踏み出したが竦んだ足は動こうとしない。
 「ああっ……」濁流の中に死が見えた、復讐に突き進んできた炎が一瞬で濁流に呑まれた気がした、死ねば夫や息子に会える、早く死にたいとさえ思っていた心を一瞬で濁流が恐怖に書き換えた。
 ただ恐ろしかった。
 ガキィンッ ドシュッ ガキィンッ ドシュッ 
 エド、ガイゼルとヤーグルの戦いが始まった、ヤーグルの棍棒をガイゼルの盾が防ぎ、間隙をついてエドのハルバートが攻撃する、血に狂ったヤーグルは高さを生かした立体的な攻撃を忘れている、平面的な力押しはエド達には組みやすい相手だ。
 バシュッ ドスッ 確実にエドの突きがヤーグルを抉る、決着は近い。
 シュルルルルルッ トンッ ゴロゴロッ ボール状の物が白い煙を吐きながらガイゼルの盾の前に転がってきた。
 「なに!?」シューッ「伏せろエド!!」ガイゼルはボールに向かって盾を構えた。
 スバァッンッ ギギギキィンッ 爆発と共に仕込まれた釘が周囲に飛び散る。
 ギャウッ ヤーグルが爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ、巨体な人形のように宙を舞った。
 「しくじった!!」バクラリだ、ナヴィア・シファの花火爆弾を投擲したのだ。
 狙いはエド達の後方だったが距離が足らずにガイゼルの視界内に落ちた、爆弾であることを察知したガイゼルの盾が飛び散る釘を防いだ。
 「貴様ぁ!!」止めを刺しておくべきだった、ガイゼルは自分の失態に怒りながら逃げるバクラリを追った。
 爆発の煙が晴れるとミストレスがいない!
 「なに!?どこへ……」左右に首を巡らせると直ぐにその姿を捉えた、崖沿いを下流に移動している。
 「伯母上、無駄なことはするな、落ちれば死ぬぞ!」
 もはや逃亡することは出来ない、エドはゆっくりと歩を進める、と頭上を黒い影が舞った、血が雨になって降り注ぐ。
 「ヤーグル!!まだ生きていたのか」
 ザアアッ ヤーグルは生きていた!紐の切れた操り人形のようにギクシャクしながらもミストレスに向かって突き進む。
 千切れかけた腕をブラブラと振りながら短い脚で走る姿は出来の悪いホラームービーのようだ、血だらけの牙を剥きだし、赤く染まった狂気の目は本物のホラーだ。
 「ひいっ!」
 ギャワアアアアッ 恐怖と食欲の本能だけがヤーグルを突き動かしている。
 「くそっ、速い!!」
 慌てて後を追うが甲冑を着た人間では追いつかない、ボタボタと地面に血の染みが落ちる。
 ついにミストレスは濁流に落ちる突端まで追い詰められて膝をついて頭を抱えた。
 バタバタバタッ イエローアンバーの効果もあり痛みは感じていないのだろう、全身から血を噴き出しながらもガチンッガチンッと歯を鳴らしながら大口を開けてミストレスに飛び掛かった。
 「!!」
 ズザザザザツ バッ 空中から襲い掛かったヤーグルにもう一つの影が跳ねた。
 「エミー!!」
 エミーだ、死んではいなかった!ヤーグルの牙がミストレスに届く寸前、走り込んだエミーの愛刀ジグロが魔猿の心臓を捉えた。
 ギャイイイッ 空中で縺れ合った二つの影はその勢いのまま濁流の上に身体を投げ出した。
 「エミー!!」ハルバートを放り出してエドが届かない腕を伸ばす。
 落ちるまでの一瞬に少し笑みを浮かべたエミーの顔が見えた気がした。
 
 ザバーンッ 縺れた二つの影は濁流に呑まれたきり浮かび上がる事はなかった。
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