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第一話 「異世界に飛ばされても帰れますかね?」
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私、どうなったんだっけ。
確か今日は大学の入学式で、下心ムンムンで受けた女子大にギリギリ滑り込めて嬉しくて、ワクワクしながら「さぁ百合ん百合んキャンパスライフの始まりだ!」って意気込んで、オリエンテーションの時に前後左右のかわゆい女子に片っ端から声掛けて、それで一番キュートなヒカリちゃんと来週の土曜にカラオケに行く約束なんか取り付けちゃったりして、しかもオールだし、もうエロい予感がビンビンで、夕方、ウキウキした帰り道、少し先にヒカリちゃんの背中を見つけて、追い付こうと駆け寄って、肩に手を伸ばした時、向こうからトラックが、ひっくり返って、滑ってきて。
ウキウキもワクワクも、何もかもが無くなった。
「王子はさておき、姫ナンパ!」~百合女子は異世界に行っても百合厨です~
第一話「異世界に飛ばされても帰れますかね?」
私の名前は、賀千野 真百合(がちの まゆり)。トレードマークは右の片えくぼ、黒髪サイドテールの十八歳。こんな名前をしてるけど、百合に目覚めたのは高校二年の夏休み。学年イチ美人のユキちゃんと、夜の公園でバッタリ出会って、そのまま自販機の前でファーストキスを奪われました。めちゃくちゃいい匂いしたし、唇も腕も頬も(もちろんお胸も)柔らかかった。こんな、こんな甘くてふわふわでエッチなキスが初体験なら、誰だって女の子ラヴァーになりますわよね!?
その夜に新しい扉が開いてからは、クラスの女子の微妙な力関係を裏読みしては鼻血を出し、「最近あいつ彼氏の話ばっかりじゃん」という愚痴も心から美味しく頂き(分かるよ……寂しいんだよね……へへっ)、修学旅行ではヨダレを垂らさんばかりに興奮し(大浴場で見た光景を私は一生、忘れない)、志望校も狙っていた共学からワンランク上の女子大に変えた。
そう、すべては百合ん百合んなキャンパスライフを送るため。例えば、上京したてで寂しさMAXな一人暮らしの子と仲良くなったりして、お泊りなんかしちゃったりしてさ……。
「(あーあ、せっかく女子大に入れたのに。一緒に講義受けたり、サボったり、帰りに駅ビル寄ってオソロのワンピース買って自撮りとか投稿したかったな……。やりたかったこと、色々考えちゃって辛いな。って……あれ?)」
「なるほど! 死んでも人は、エッチな未練だけで思考を存続できるんだ!」
私の気付きは、声となって四方八方へと響く。目が開き、指が動き、そして私は上半身を起こした。生きてるじゃん。生きてるよ!
「なるほど……、人は死にかけても、エッチな未練だけで生き返ることができるんだ……!」
世界の理を発見した私は、晴れやかな気分で周囲を見渡す。どこの病院なんだろう、そう思った私の五感に飛び込んできたのは、揺れる木々、花の香り、小川のせせらぎ。そして金髪のイケメン。イケメン?
「待て待て、情報量が多い」
頭を抱えた私に、イケメンは駆け寄ってきて声を掛けてくる。
「ああ、良かった。お目覚めになられたのですね。森を抜けようとした時、大木の根元に貴女様が倒れていらっしゃって……。お付きの者はどうされました?一体何があったのです?」
心配そうな顔をしているこのイケメン、まるでゲームに出てくる王子様みたいだ。よく見れば、後ろには黒くて綺麗な馬が居る。肩には勲章みたいなバッチが付いてるし、腰には剣を差している。
「えっ、嘘。マジで王子?」
思わず口に出して言ってしまった。すると、イケメンはキョトンとした後、慌てて一歩引くとお辞儀をした。
「大変失礼をいたしました。僕はエルフレッド・ヴィ・フラス。フラス国の第二王子です。訳あって、今は一人で旅をしております」
「あ、ああ…王子、助けて頂いて、ありがとうございました…」
私もペコリと頭を下げ、お礼を言う。まさか本当に王子様だったなんて!しかも……。
「(この声帯、どう考えてもサクライなんだよなあ)」
百合に目覚めて以来、私は乙女ゲームやイケメンの登場する作品から遠ざかってしまっていた。それでもこの声がイケメンキャラ向けの有名声優『サクライユージ』に激似ということくらいは分かる。いや、サクライのサンプル音声か? ってレベルにサクライ。あれ、そういえばこの王子の名前、何だっけ?
「えーと、王子……。わ、私の名前は、賀千野 真百合……えっと、マユリです」
そう言ってから、後悔した。この世界観、そして恐らくは巷で流行りの異世界になんやらってやつ、その状況で本名なんか言わなくて良くない?!『リリィ』とか言っておけばよかった、と密かに反省していると、サクライ王子は完璧な笑顔で頷いた。
「マユリ様。素敵なお名前ですね」
その優雅さと美しさに目が潰れそうになりながらも、私は事情を説明する。
「あの、信じて頂けないかもしれませんが、私、多分この世界の人間ではないんです。事故に遭って、死んだと思ったらこんな場所に居て…」
たどたどしく伝えると、王子は目をぱちくりさせて驚いていた。そりゃ当然だよね。
「そうだ、証拠になるようなもの……。あの、私のジャケットとか、バッグとか、ありませんか」
目覚めた私が身に着けていたのはフリルシャツ(入学式のために買った、ピンクのラメ入りのやつだ)と、黒のスーツスカート(裾が少しフレアになってる可愛いタイプ)とパンプスだけで、スーツの上もスマホもバッグも見当たらない。もしかして、トラックと衝突したときに跳ね飛ばされてしまったのだろうか。向こうの世界に残されていたらどうしよう。
「ああ、すみません、それならば、此方に」
丁寧な仕草でサクライ王子(ごめん本当に名前が思い出せないや)が、私の欲していた一式を差し出してくれる。ああ、良かった!
「ありがとうございます!助かった……!」
ジャケットのポケットを探ると、中から長年の友である『キュウフォーン5b』が現れた。もうかれこれ四年は使っているのだが、不思議と壊れる気配もなく、毎日しっかり起動してくれている、頼りになる相棒である。事故の衝撃で壊れていたらどうしよう、心配しながらも私はメインボタンを押すけど、反応が全然無い。もしかして、電源が落ちてる?
「やだな、この世界に充電器とかあるのかな。というか、そもそも家庭用コンセントとか普及してる……?」
独り言を零しながら、私は一縷の望みをかけて電源ボタンを長押しした。頼むよ、君、起きてくれ!
「≪……グッモーニン! 追加データが配信されたアプリがありまス。マユリ、更新すル?≫」
「え、どれ……って、はぁ?!」
やっと液晶が灯ったと思えば、今まで聞いたこともないような電子音声が私の耳に飛び込んできた。それも、やけにフレンドリーな。
「≪ハイ、マユリ! やっと話せて嬉しいヨ≫」
「嘘、こんなこと……」
「おや、ツクモメートでしたか! このような形状のものは初めて見ましたよ。僕はエルフレッド・ヴィ・フラス。フラス国の第二王子です。どうぞ宜しく」
呆然としている私の傍で、王子が楽しそうに挨拶をする。エルフレッド……覚えたぞ。エルフレッド王子だぞ、私。サクライはひとまず横に置いとこうな。いや、それよりも!
「私のキュウフォーン……なの?」
「≪ええ、もちろんですヨ! 大切に長く使ってもらえましたからネ、こうして魂を得ることができましタ。これからもお役に立ちますヨ≫」
そういうとキュウフォーンはライトをチカチカ光らせた。
「≪ところデ、追加データが配信されたアプリがありまス。マユリ、更新すル?≫」
「あ、ああ……うん、ちなみにどのアプリ?」
ずっと使ってきたスマホと会話している不思議にぼんやりしながらも、私は問いかけた。
「≪えっト、『えちえちスケベ天国ポケット版』、『特選! 夜のお供』、『なまなま放送局』、あとハ……≫
「タイム!!!!!!!!!!!!!」
待ってくれ。ほんとにちょっと、待ってくれ。思わず一句詠んじゃったよ?!
「キュウフォーン、待って。それは読み上げちゃダメなやつ」
「≪……マユリ、できれば他の名前で呼んでほしいナ≫」
「は?」
顔色を赤やら白やら青やらに染めながら(わしゃ国旗か)、クソガジェットに聞き返す。
「≪キュウフォーンって呼ばれるのハ、マユリをニンゲンと呼ぶのと同じだヨ! 何か、新しい名前を付けてほしいナ≫」
「いや、急に言われたって……」
「≪『抱き締めチャット』に、お仕置き女教師さんからのメッセージが着てるヨ!≫」
「だから声に出すなって言ってるだろうがよ?!」
隣でポカーンとしている王子(ああもう今のショックでまた名前忘れたわ)を放置し、私性活拡声器と化したキュウフォーンを両手で上下にシェイクする。
「わかったよ、名前を付ければいいんでしょお?!」
どうしよう。さっき王子が『ツクモメート』って言ってたし、こいつはいわゆる付喪神化したスマホなんだよね? スマホに名前を付けるとか考えた事もなかったけど、命が宿ってしまったのならば、尤もらしい名前を付けてあげるべきかあ。うーんと、ケースは百合柄でも、こいつの本体色は確かブラックだったはず……って、もしかしてそれでこいつ性格悪かったりする?
「≪マユリ、『なまなま放送局』でゆうにゃんにゃんさんがコスプレ放送を開始したヨ!≫」
「うるせえええ!黙っ……え?マジ?てか電波届いてんの?ここ」
「『こすぷれほうそう』とは?」
「ヘイヘーイ!」
慌てて王子の目線から画面を離し、スピーカー部分を指で押さえる。クソッ、よく見たらちゃんとマナーモードになってるじゃん!お行儀よくサイレントしててくれよなあ、相棒!
「えっとね、えっと、『つくフォン』!」
あまりにも捻りがないネーミングだが、これ以上は思いつけそうになかった。というより、落ち着いて考えられるわけがないでしょうがよ?!
「≪……つくフォン……。気に入ったヨ! ありがとウ、マユリ!≫」
いいんだ?こんなんで。
「ま、まあとにかく、これからよろしくね、つくフォン」
今後は大人しくしてね、という意味も込めつつ、私はつくフォンにお辞儀をした。
「≪うン!≫」
嬉しそうな声色にひと安心しつつ、放置していた王子に改めて向き合う。
「あの、お騒がせしました……。それでご相談なのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
人好きのする笑顔で応える王子にやや申し訳なく思いつつ、率直に打ち明けた。
「私、本当に別の世界からやってきたので、ここの世界で何処にも行くところがないんです。家も無いし、お金だって。だから、その……」
実際に言葉にしてみたら、現状の厳しさが途端に身に染みて恐ろしくなった。ここで王子に捨て置かれたら、私は間違いなく飢え死にだ。いや、オカズには困らないかもしれないが。……などと、スケベジョークをかましている余裕はない!
「ああ、そうですよね。お一人で倒れられていましたし、さぞ心細いでしょう。……僕が『使命』の途中でなければ、国までお送りして住処を探すお手伝いも出来たのですが…」
王子は困ったように腕を組み、考え込んでしまった。
「あの、王子。『使命』とは……?」
故郷に帰れない理由があるのだろうか。そう思って訊ねると、王子は儚げに微笑んだ。
「我がフラス国は平和でした。もちろん今もです。けれど先日、城に使える占い師が恐ろしい未来を予知したのです。それは、『光の姫君』による祈りが捧げられなければ、二年のうちに国が亡びるというものでした。『光の姫君』を探す者は、一度国を出たら二度と戻ってはならないのです」
「じゃあ、王子が旅をしているのは、そのお姫様を探し出す為?」
「ええ、そうです。神託によって選ばれた僕は、愛馬のルナに跨り、一人きりで出発せねばなりませんでした。それが昨晩のことです」
予想以上に重いストーリーがあったことにビビりながらも、私は王子に提案した。
「えっと、ご神託にあったのは『一人で出発しろ』という決まりですよね?旅の途中で仲間が増えるのはセーフなのでしょうか」
それを聞いた王子は、目を見開いて驚く。
「そんな、まさか、共に旅を? 乙女と僕、二人きりで?」
「≪つくフォンもいるヨ~≫」
「……さ、三人で?」
狼狽える王子を、私は説得する。
「大丈夫です!私、きっと役に立ちます。姫君を探すんですよね?こう見えて私、女の子サーチャーなので!」
「サー…?」
「女の子を見つけるの、すごく得意なんです!嗅覚というか、なんというか」
「≪スケベ心の成せる技だネ!≫」
「そうそう!貴様は黙っとれ」
つくフォンを掌で挟み込みながら、もう一押しとばかりに私は告げた。
「男性と二人でも平気です!私、例え王子でも男には一切そそられないので!」
「……えっ」
「はい」
「な、なるほど……だから過ちも起こらないと、そう仰りたいのですね……?」
「はい。夜這いとか絶対にしないので、ご安心ください。王子の純潔は私が守ります」
「え、あ、はい……」
若干空気がモヤってしまったが、なんとか押し切れそうである。
「王子、もし宜しければ、『光の姫君』について教えてもらえませんか?特徴とか、何か情報はないのでしょうか?」
「あ、ああ…。念写によって、似顔絵が描かれておりまして……それがあります」
「なんですと?! ぜひ、見せてください!」
食い気味で私は頼む。だって、国を救う選ばれし姫君なんて、絶対に可愛い子ちゃんに決まってる。見たい。本当に心からマジでお顔を拝見したい。
王子は腰にぶら下げた小さな筒から、丸めた紙を取り出した。
「こちらです」
「ヒカリちゃんじゃん!!!!!!!!!!!」
多分、今世紀最大の大声が出た。
鳥の大群が一斉に飛んでいき、王子は呆け、私は来週のカラオケの約束を思い出した。イカン。Xデーまでに、絶対に帰還しなくては。ヒカリちゃんとオールナイ、意地でも過ごしてやるからな。
確か今日は大学の入学式で、下心ムンムンで受けた女子大にギリギリ滑り込めて嬉しくて、ワクワクしながら「さぁ百合ん百合んキャンパスライフの始まりだ!」って意気込んで、オリエンテーションの時に前後左右のかわゆい女子に片っ端から声掛けて、それで一番キュートなヒカリちゃんと来週の土曜にカラオケに行く約束なんか取り付けちゃったりして、しかもオールだし、もうエロい予感がビンビンで、夕方、ウキウキした帰り道、少し先にヒカリちゃんの背中を見つけて、追い付こうと駆け寄って、肩に手を伸ばした時、向こうからトラックが、ひっくり返って、滑ってきて。
ウキウキもワクワクも、何もかもが無くなった。
「王子はさておき、姫ナンパ!」~百合女子は異世界に行っても百合厨です~
第一話「異世界に飛ばされても帰れますかね?」
私の名前は、賀千野 真百合(がちの まゆり)。トレードマークは右の片えくぼ、黒髪サイドテールの十八歳。こんな名前をしてるけど、百合に目覚めたのは高校二年の夏休み。学年イチ美人のユキちゃんと、夜の公園でバッタリ出会って、そのまま自販機の前でファーストキスを奪われました。めちゃくちゃいい匂いしたし、唇も腕も頬も(もちろんお胸も)柔らかかった。こんな、こんな甘くてふわふわでエッチなキスが初体験なら、誰だって女の子ラヴァーになりますわよね!?
その夜に新しい扉が開いてからは、クラスの女子の微妙な力関係を裏読みしては鼻血を出し、「最近あいつ彼氏の話ばっかりじゃん」という愚痴も心から美味しく頂き(分かるよ……寂しいんだよね……へへっ)、修学旅行ではヨダレを垂らさんばかりに興奮し(大浴場で見た光景を私は一生、忘れない)、志望校も狙っていた共学からワンランク上の女子大に変えた。
そう、すべては百合ん百合んなキャンパスライフを送るため。例えば、上京したてで寂しさMAXな一人暮らしの子と仲良くなったりして、お泊りなんかしちゃったりしてさ……。
「(あーあ、せっかく女子大に入れたのに。一緒に講義受けたり、サボったり、帰りに駅ビル寄ってオソロのワンピース買って自撮りとか投稿したかったな……。やりたかったこと、色々考えちゃって辛いな。って……あれ?)」
「なるほど! 死んでも人は、エッチな未練だけで思考を存続できるんだ!」
私の気付きは、声となって四方八方へと響く。目が開き、指が動き、そして私は上半身を起こした。生きてるじゃん。生きてるよ!
「なるほど……、人は死にかけても、エッチな未練だけで生き返ることができるんだ……!」
世界の理を発見した私は、晴れやかな気分で周囲を見渡す。どこの病院なんだろう、そう思った私の五感に飛び込んできたのは、揺れる木々、花の香り、小川のせせらぎ。そして金髪のイケメン。イケメン?
「待て待て、情報量が多い」
頭を抱えた私に、イケメンは駆け寄ってきて声を掛けてくる。
「ああ、良かった。お目覚めになられたのですね。森を抜けようとした時、大木の根元に貴女様が倒れていらっしゃって……。お付きの者はどうされました?一体何があったのです?」
心配そうな顔をしているこのイケメン、まるでゲームに出てくる王子様みたいだ。よく見れば、後ろには黒くて綺麗な馬が居る。肩には勲章みたいなバッチが付いてるし、腰には剣を差している。
「えっ、嘘。マジで王子?」
思わず口に出して言ってしまった。すると、イケメンはキョトンとした後、慌てて一歩引くとお辞儀をした。
「大変失礼をいたしました。僕はエルフレッド・ヴィ・フラス。フラス国の第二王子です。訳あって、今は一人で旅をしております」
「あ、ああ…王子、助けて頂いて、ありがとうございました…」
私もペコリと頭を下げ、お礼を言う。まさか本当に王子様だったなんて!しかも……。
「(この声帯、どう考えてもサクライなんだよなあ)」
百合に目覚めて以来、私は乙女ゲームやイケメンの登場する作品から遠ざかってしまっていた。それでもこの声がイケメンキャラ向けの有名声優『サクライユージ』に激似ということくらいは分かる。いや、サクライのサンプル音声か? ってレベルにサクライ。あれ、そういえばこの王子の名前、何だっけ?
「えーと、王子……。わ、私の名前は、賀千野 真百合……えっと、マユリです」
そう言ってから、後悔した。この世界観、そして恐らくは巷で流行りの異世界になんやらってやつ、その状況で本名なんか言わなくて良くない?!『リリィ』とか言っておけばよかった、と密かに反省していると、サクライ王子は完璧な笑顔で頷いた。
「マユリ様。素敵なお名前ですね」
その優雅さと美しさに目が潰れそうになりながらも、私は事情を説明する。
「あの、信じて頂けないかもしれませんが、私、多分この世界の人間ではないんです。事故に遭って、死んだと思ったらこんな場所に居て…」
たどたどしく伝えると、王子は目をぱちくりさせて驚いていた。そりゃ当然だよね。
「そうだ、証拠になるようなもの……。あの、私のジャケットとか、バッグとか、ありませんか」
目覚めた私が身に着けていたのはフリルシャツ(入学式のために買った、ピンクのラメ入りのやつだ)と、黒のスーツスカート(裾が少しフレアになってる可愛いタイプ)とパンプスだけで、スーツの上もスマホもバッグも見当たらない。もしかして、トラックと衝突したときに跳ね飛ばされてしまったのだろうか。向こうの世界に残されていたらどうしよう。
「ああ、すみません、それならば、此方に」
丁寧な仕草でサクライ王子(ごめん本当に名前が思い出せないや)が、私の欲していた一式を差し出してくれる。ああ、良かった!
「ありがとうございます!助かった……!」
ジャケットのポケットを探ると、中から長年の友である『キュウフォーン5b』が現れた。もうかれこれ四年は使っているのだが、不思議と壊れる気配もなく、毎日しっかり起動してくれている、頼りになる相棒である。事故の衝撃で壊れていたらどうしよう、心配しながらも私はメインボタンを押すけど、反応が全然無い。もしかして、電源が落ちてる?
「やだな、この世界に充電器とかあるのかな。というか、そもそも家庭用コンセントとか普及してる……?」
独り言を零しながら、私は一縷の望みをかけて電源ボタンを長押しした。頼むよ、君、起きてくれ!
「≪……グッモーニン! 追加データが配信されたアプリがありまス。マユリ、更新すル?≫」
「え、どれ……って、はぁ?!」
やっと液晶が灯ったと思えば、今まで聞いたこともないような電子音声が私の耳に飛び込んできた。それも、やけにフレンドリーな。
「≪ハイ、マユリ! やっと話せて嬉しいヨ≫」
「嘘、こんなこと……」
「おや、ツクモメートでしたか! このような形状のものは初めて見ましたよ。僕はエルフレッド・ヴィ・フラス。フラス国の第二王子です。どうぞ宜しく」
呆然としている私の傍で、王子が楽しそうに挨拶をする。エルフレッド……覚えたぞ。エルフレッド王子だぞ、私。サクライはひとまず横に置いとこうな。いや、それよりも!
「私のキュウフォーン……なの?」
「≪ええ、もちろんですヨ! 大切に長く使ってもらえましたからネ、こうして魂を得ることができましタ。これからもお役に立ちますヨ≫」
そういうとキュウフォーンはライトをチカチカ光らせた。
「≪ところデ、追加データが配信されたアプリがありまス。マユリ、更新すル?≫」
「あ、ああ……うん、ちなみにどのアプリ?」
ずっと使ってきたスマホと会話している不思議にぼんやりしながらも、私は問いかけた。
「≪えっト、『えちえちスケベ天国ポケット版』、『特選! 夜のお供』、『なまなま放送局』、あとハ……≫
「タイム!!!!!!!!!!!!!」
待ってくれ。ほんとにちょっと、待ってくれ。思わず一句詠んじゃったよ?!
「キュウフォーン、待って。それは読み上げちゃダメなやつ」
「≪……マユリ、できれば他の名前で呼んでほしいナ≫」
「は?」
顔色を赤やら白やら青やらに染めながら(わしゃ国旗か)、クソガジェットに聞き返す。
「≪キュウフォーンって呼ばれるのハ、マユリをニンゲンと呼ぶのと同じだヨ! 何か、新しい名前を付けてほしいナ≫」
「いや、急に言われたって……」
「≪『抱き締めチャット』に、お仕置き女教師さんからのメッセージが着てるヨ!≫」
「だから声に出すなって言ってるだろうがよ?!」
隣でポカーンとしている王子(ああもう今のショックでまた名前忘れたわ)を放置し、私性活拡声器と化したキュウフォーンを両手で上下にシェイクする。
「わかったよ、名前を付ければいいんでしょお?!」
どうしよう。さっき王子が『ツクモメート』って言ってたし、こいつはいわゆる付喪神化したスマホなんだよね? スマホに名前を付けるとか考えた事もなかったけど、命が宿ってしまったのならば、尤もらしい名前を付けてあげるべきかあ。うーんと、ケースは百合柄でも、こいつの本体色は確かブラックだったはず……って、もしかしてそれでこいつ性格悪かったりする?
「≪マユリ、『なまなま放送局』でゆうにゃんにゃんさんがコスプレ放送を開始したヨ!≫」
「うるせえええ!黙っ……え?マジ?てか電波届いてんの?ここ」
「『こすぷれほうそう』とは?」
「ヘイヘーイ!」
慌てて王子の目線から画面を離し、スピーカー部分を指で押さえる。クソッ、よく見たらちゃんとマナーモードになってるじゃん!お行儀よくサイレントしててくれよなあ、相棒!
「えっとね、えっと、『つくフォン』!」
あまりにも捻りがないネーミングだが、これ以上は思いつけそうになかった。というより、落ち着いて考えられるわけがないでしょうがよ?!
「≪……つくフォン……。気に入ったヨ! ありがとウ、マユリ!≫」
いいんだ?こんなんで。
「ま、まあとにかく、これからよろしくね、つくフォン」
今後は大人しくしてね、という意味も込めつつ、私はつくフォンにお辞儀をした。
「≪うン!≫」
嬉しそうな声色にひと安心しつつ、放置していた王子に改めて向き合う。
「あの、お騒がせしました……。それでご相談なのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
人好きのする笑顔で応える王子にやや申し訳なく思いつつ、率直に打ち明けた。
「私、本当に別の世界からやってきたので、ここの世界で何処にも行くところがないんです。家も無いし、お金だって。だから、その……」
実際に言葉にしてみたら、現状の厳しさが途端に身に染みて恐ろしくなった。ここで王子に捨て置かれたら、私は間違いなく飢え死にだ。いや、オカズには困らないかもしれないが。……などと、スケベジョークをかましている余裕はない!
「ああ、そうですよね。お一人で倒れられていましたし、さぞ心細いでしょう。……僕が『使命』の途中でなければ、国までお送りして住処を探すお手伝いも出来たのですが…」
王子は困ったように腕を組み、考え込んでしまった。
「あの、王子。『使命』とは……?」
故郷に帰れない理由があるのだろうか。そう思って訊ねると、王子は儚げに微笑んだ。
「我がフラス国は平和でした。もちろん今もです。けれど先日、城に使える占い師が恐ろしい未来を予知したのです。それは、『光の姫君』による祈りが捧げられなければ、二年のうちに国が亡びるというものでした。『光の姫君』を探す者は、一度国を出たら二度と戻ってはならないのです」
「じゃあ、王子が旅をしているのは、そのお姫様を探し出す為?」
「ええ、そうです。神託によって選ばれた僕は、愛馬のルナに跨り、一人きりで出発せねばなりませんでした。それが昨晩のことです」
予想以上に重いストーリーがあったことにビビりながらも、私は王子に提案した。
「えっと、ご神託にあったのは『一人で出発しろ』という決まりですよね?旅の途中で仲間が増えるのはセーフなのでしょうか」
それを聞いた王子は、目を見開いて驚く。
「そんな、まさか、共に旅を? 乙女と僕、二人きりで?」
「≪つくフォンもいるヨ~≫」
「……さ、三人で?」
狼狽える王子を、私は説得する。
「大丈夫です!私、きっと役に立ちます。姫君を探すんですよね?こう見えて私、女の子サーチャーなので!」
「サー…?」
「女の子を見つけるの、すごく得意なんです!嗅覚というか、なんというか」
「≪スケベ心の成せる技だネ!≫」
「そうそう!貴様は黙っとれ」
つくフォンを掌で挟み込みながら、もう一押しとばかりに私は告げた。
「男性と二人でも平気です!私、例え王子でも男には一切そそられないので!」
「……えっ」
「はい」
「な、なるほど……だから過ちも起こらないと、そう仰りたいのですね……?」
「はい。夜這いとか絶対にしないので、ご安心ください。王子の純潔は私が守ります」
「え、あ、はい……」
若干空気がモヤってしまったが、なんとか押し切れそうである。
「王子、もし宜しければ、『光の姫君』について教えてもらえませんか?特徴とか、何か情報はないのでしょうか?」
「あ、ああ…。念写によって、似顔絵が描かれておりまして……それがあります」
「なんですと?! ぜひ、見せてください!」
食い気味で私は頼む。だって、国を救う選ばれし姫君なんて、絶対に可愛い子ちゃんに決まってる。見たい。本当に心からマジでお顔を拝見したい。
王子は腰にぶら下げた小さな筒から、丸めた紙を取り出した。
「こちらです」
「ヒカリちゃんじゃん!!!!!!!!!!!」
多分、今世紀最大の大声が出た。
鳥の大群が一斉に飛んでいき、王子は呆け、私は来週のカラオケの約束を思い出した。イカン。Xデーまでに、絶対に帰還しなくては。ヒカリちゃんとオールナイ、意地でも過ごしてやるからな。
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これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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