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第86章 補給の手配

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ペップは目を覚ますと時計を見てから兵舎の外を窓から覗いている。


そしてまた寝た。


数時間して目を覚ますと夕方になっている。


ペップは伸びをして兵舎を出ると制服こそ着ているがもはや一般人の様に気が抜けて酒を飲んでいる白陸軍の兵士達が夕食を食べるために歩いている。



「あーやっと起きたのー?」



呆れた表情で近づいてくる相棒ルルからはとてもいい香りがしてくる。


鼻をクンクンとさせてルルの匂いを嗅いでいると得意げに「お風呂入ってきたー!」と喜んでいた。


「いい匂いだあ。」とペップも落ち着いた表情をして2匹は食堂へ向かった。


しかし食堂に入ると忘れていた事態に気がつく。



「だから食材が足りないんだって!」
「ふざけんなよ! 補給部隊は何やってんだよ!」



声を上げて怒鳴り合う2人の白陸軍兵士。


ペップは不思議そうに見ていると夜叉子が出した命令を思い出して青ざめていた。


白陸軍に食糧が足りない。


ローズベリーの難民に配ってしまったからだ。


慌てふためくペップはこの命令が夜叉子が出したと知れば自分達も何を言われるのかと食堂を出ようとしていた。


するとペップとすれ違う様に白神隊の将校2人が入ってきた。


下を向いて逃げようとしていたペップはその将校が誰なのか顔を見ていなかった。




「止めなさい! 数日の辛抱よ。 兵士なのにそんな事で取り乱すんじゃありません! しっかりしなさい!」



聞き覚えのある顔に振り返ったペップが見た先には喧嘩を止めるルーナと腕を組んで一般兵士を睨みつける又三郎の姿だった。


「大将軍様だ!」と兵士達が一斉に敬礼すると又三郎は「この馬鹿者共があ!」と低い声で怒鳴った。


最強の呼び声高い白陸軍が補給品の不足ごときで騒ぐなと又三郎は怒っていた。


しかし一般兵士の不安も当然だ。


補給に関しての情報が何も兵士に伝えられていなかったのだ。


その状況において冷静にしていろと怒る又三郎の方が兵士達には理解できなかった。




「数日待てば補給は来るのじゃ! 各々が仕える主を何と心得るのだ! 主を信じてこその兵士じゃ!」



根拠なんてない。


しかし必ず何とかしてきた。


それが鞍馬虎白と宰相達だ。


私兵は夜叉子の指示で食糧がなくなったと知っている。


あの夜叉子が考え無しにそんな事をするとは思わなかった。


だが夜叉子に考えはなかった。


私兵達はそれを知らなかったが夜叉子は虎白に任せきりで難民保護に動いたのだった。


その頃本陣で虎白と話す夜叉子は表情一つ変える事なく煙管を吸っていた。



「正直言うと難民が殺到して来るとは考えていた。」
「ふっ。」
「ただ、補給部隊の数からしてこれ以上の食糧は持てなかった。」
「わかってるよ。 だから予備の食糧の準備はあるけど運び手がいないんでしょ。」



虎白は携帯電話を持ったまま、話している。


そして電話を始めると食糧運搬の話を始めていた。


随分と親しげに話す相手が誰なのか気になりながらも夜叉子はさすが自慢の夫だと安心した表情で口角を上げていた。




「悪いな。 戦闘には巻き込まれねえから本国から飯運んできてくれ。」
「誰?」
「古い友人だよ。 健太って奴だけどな。」



虎白は電話を終えると落ち着いた表情で「夜叉子は本当に優しいよな。」と微笑んだ。


日頃から補給品が不足した場合の訓練を行なっている白陸軍は数日飲まず食わずでも耐えられる。


しかし難民には不可能だと夜叉子は思っていた。


実際に食堂で揉め事を起こした兵士は入隊1年未満の新兵で、他の兵士達は何食わぬ顔をしていた。


後は補給品さえ来れば何も問題なしだと。


食糧が不足して2日目。


早朝から車のエンジン音が白陸軍の野営地に響き渡っている。


何事かと兵士達が出て来ると野営地の前に停車する何台もの大型トラック。



「悪いな健太。」
「困った時はお互い様だよ虎白さん。 うちのリト建設総出で食糧運んできたぜ!」



かつて白神隊に所属していたリト少尉の夫にして元戦争反対デモのリーダーの健太は今では虎白と和解してリト建設という会社を設立した。


その後も皇帝と社長の付き合いは続き、白陸軍の工兵部隊の指導や軍施設や町の施設など様々な建設業務を担ってきた。


大切な存在を失ったお互いは一度は激しくぶつかったが今では朝まで飲み明かすほどの仲になっていた。


そして苦難を支え合って今日まで歩んできた。


リト建設創業当時は人手不足に苦しんだが虎白は白王隊と共に仕事を手伝ったり、人材募集の広告を宰相サラの拡散能力で広く拡散したりと健太を助け続けた。


その恩を今返す時だと国内の仕事を全て休んでまで社員を総動員してこの北側領土という土地まで食糧を運んできたのだ。



「飯でも食って行くか?」
「俺達が運んできた食糧を美味しく調理してくれよ?」
「安心しろ。 俺の自慢の嫁でリトの大好きだった竹子の手料理だ。」
「そりゃあ楽しみだ!」



楽しげに肩を組む虎白と健太は早速竹子の手料理を食べるために野営地へ入って行った。


白陸軍の食糧危機はわずか1日半にして解消された。


難民にも十分に支援が行き届き、既に北側の勢力バランスが動き始めていた。


ローズベリーを脱出した難民はスタシアに保護されてその後も安全で快適な生活が約束されていた。


難民は思った。


白陸軍は親切で尚且つ強い軍隊だ。


そして同盟国スタシアも同じように素晴らしい国だ。


保護してもらって本当に良かったと。


白陸軍の人道的行動はすぐさま北側領土中に広がり、スタシアの株も大きく上がった。


だが他国からの評判なんて気にもせずに虎白は健太と竹子の手料理を食べていた。



「いやあ美味いな! この魚の塩焼きも最高だ!」
「美味いだろ。」
「リトにも食わせてやりたいぜ。」
「いつかみんなで飯食おうな!」



健太は何杯もおかわりをして腹が膨れるまで白米とおかずを頬張り続けた。


食事が終わると健太は「じゃあ帰るぜ。」とお茶を飲み干して野営地を出ようとしていた。


すると虎白が呼び止めると振り返った。



「俺は命に変えても戦争のない天上界を作る。 それがリトやハンナ。 多くの兵士達にできる恩返しだからだ。」
「最初は馬鹿げてると思ったが虎白さんならできる気がするぜ。 そうなりゃ俺の会社も天上界一の大企業だな!」
「俺と一緒に最高の景色を見に行くぞ。」
「ああ!」



皇帝と社長。


立場は違うが目指す先は同じ。


戦争のない天上界を作り誰も悲しまない世界を作るという壮大な夢をまるで子供の様に信じて追いかける虎白と健太はあまりにも美しかった。


健太は堂々と野営地の出口へ歩いて行くが道中に居合わせた全ての白陸軍が美しくも凛々しくそして最大限の敬意を込めて敬礼していた。


































「カッコいいよ健太。」



一言だけ呟くと薄紫色の髪の毛を美しくなびかせて英雄達と安息の日々を過ごす。


食糧が無事に届いた事で白陸軍の補給問題は解決された。


ローズベリーからの難民は次々に白陸へと移住されて行く中で移住を断る者も現れていた。


内乱が終結した後に故郷へ帰りたいと嘆く民達を横目にペップはルルと共にローズベリー突入への経路を確認していた。



「あいつらうるせえなあ。」
「白陸に行きたくないんだってー。」



目を細めたペップは「飯食って帰るのかよ。」と不機嫌そうに鋭い牙を出している。


故郷に帰りたいという当たり前の感情も今のローズベリーでは困難な事だった。


ペップとルルは広い平地を見渡してローズベリー突入への経路を見ているが、あまりに広大な平地に唖然としている。


獣王隊が得意とするゲリラ戦を展開する場所がまるでなかった。



「隠れる場所ないな。」
「でも国内に入るまで戦闘にはならないかもよー?」



隠れる場所がまるでないという事は敵の接近にも気づけるという事だ。


しかしローズベリーまでの道は広大だが、その左右に広がる背の高い草は敵が接近しやすくなっていた。


警戒のために歩哨を配置しておきたいが生憎その場所には難民達が居座り「故郷へ帰りたい。」の一点張りで動こうとしなかった。



「それにしても。 難民の連中邪魔だなあ。」
「あの辺りの背の高い草は奇襲しやすいねー。」



獣王隊なら真っ先に隠れるであろう背の高い草を見つめながらペップとルルは話している。


すると背の高い草がガサガサと揺れている事に気がついた2匹は警戒しながら近づいていった。


ペップは何かいないかと自慢の嗅覚で匂いを嗅ぐと人間の匂いがして、更に警戒を強めた。


腰に差す武器に手を当てて歯茎を剥き出しにしていると草から小さな子供が飛び出して来た。




「コラッ!」
「ひっ!?」
「あ、えっと。 お、大人には挨拶しろ。」
「ごめんなさい半獣族のお兄ちゃん。」



驚きのあまりたまらず叱ってしまったが、ただの子供だった。


難民の子供達が遊ぶために草の中に入っているようだ。


ペップとルルは野営地に戻るとタイロンに報告した。


他の部隊からも草むらで子供が遊んでいるという報告が多数入り、白陸軍の警戒は緩くなって行く。


ペップは持て余す時間を解消するために難民の子供に会いに行った。




「半獣族の兵隊さんだ!」
「おーし隠れんぼするか!」
「わーい!」




ペップだけではなく白陸軍の兵士達は子供と遊んだりと難民達に真摯に向き合った。


必ずローズベリーを安全にする。


だからそれまで待ってほしい。


我々は敵ではない。


そんな気持ちを兵士達は難民と向き合う事で示した。




「ペップ兄ちゃんまたねー!」
「おーう。 明日は何するか考えておけよー!」



中でもジャガーの半獣族のペップは子供達から大人気だった。


厳つい顔だが優しくて頼もしいペップは兄貴分として慕われていた。


連日草むらで遊んでいる白陸軍と子供達はもはや歩哨すら立たなくなった。




「それにしても俺達何してんだろうな。」
「いいじゃんよー! 子供達可愛いしー!」
「おーいペップ兄ちゃんとルル姉ちゃん!」



嬉しそうに手を振っている子供達を見て優しく微笑むペップは今日もまた子供達と遊んでいる。
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