青春聖戦 24年の思い出

くらまゆうき

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第57話 孤高のエース

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レガースをつけ終えた健太はマスクを被って試合が再開された。


祐輝はゆったりした投球フォームから繰り出される鋭いストレートを投げ続けたが健太は何とか捕球するので精一杯。


内野ゴロに打ち取れば後輩達がエラーしてベース上にはランナーが溜まっていく。


時には後輩が何とか捕球してアウトにする事もあったが基本的に3つのアウトのうち最低でも1つは祐輝が三振を取っていた。


最終回まで21個のアウトのうち、半分以上は三振を取っている。


それほどまでに投手だけが躍動できるのは相手チームが弱いからにすぎない。


キングスの様な強豪が相手になれば三振を取るのは難しくなってくる。


内野ゴロやフライ、ライナーを後輩達の守備力でアウトにしていく他ないのだが、今の彼らのエラー癖は深刻で捕球して何とかアウトにできるかできないかだった。


そして今日の試合も祐輝は快調な投球を見せたが、連発するエラーと打線の援護がなく2対0で負けてしまった。


相手チームの選手達はまるで甲子園で優勝でもしたかの様に大喜びで歓喜している。


試合が終わり相手チームが河川敷から引き上げていくと鬼の形相で喚き散らす鈴木監督が居残りのランニングを命じた。


そして怒鳴るだけ怒鳴ると足早に車に乗って帰っていった。


祐輝は鈴木監督が帰るのを確認すると後輩達の足を止めて休ませた。


自身もストレッチとアイシングをして河川敷の土手に腰掛けて大きくため息をついた。




「各自帰宅で。」




祐輝は後輩に一言だけ言うと河川敷から沈む夕日を見て土手に寝そべっている。


1日が終わろうとしている。


周囲では社会人達が草野球の後片付けをして、飲みに行くであろう店の話をして盛り上がっている。


小学生達はプロ野球選手の話題で胸躍らせて、自分を偉大な選手に近づく事を夢見て友人同士で興奮している声が祐輝の耳に入ってくる。


土手を吹き抜ける風はそんな幸せな声をかき消す様に祐輝の耳を激しく横切っていく。




「入るチーム間違えたか。 一人じゃ野球はできないって佐藤コーチ言いましたよね。 勝てませんよこれじゃ。」




どんな怪童であっても周りの守備に助けられている。


全てのアウトを1人で取れるピッチャーなんていなかった。


土手から身体を起き上がらせて周りを見るとナインズのメンバーは既に誰もいなかった。


そして一人で河川敷のピッチャーマウンドに立ってホームベースを見ていた。


頭の中で思い描く越田との対戦。


三振に取られて悔しそうにしてベンチに戻っていく越田を思い浮かべると胸が熱くなり興奮しているのが自分でも感じ取れた。




「彼女すら作らずに努力してんのにこれは酷いだろ。」




可愛いミズキの求めすら断って野球への道を歩んでいるのに。


祐輝は複雑な気持ちと適当な振る舞いを続ける鈴木監督への強い怒りを抑える事ができなかった。


一人でぶつぶつと喋りながらピッチャーマウンドを降りてベンチに座っている。


辺りはもう真っ暗になっているというのに祐輝は家に帰ろうとはせずに何かをずっと考えていた。


やがて夜になると虫や蛙の鳴き声が河川敷を覆い始めている。


人間は家に帰れと訴えかけているかの様に周囲全体を包み込む様な生物達の命の唄が聴こえている。



「はあ。」
「こんばんはー。 野球少年かな?」



突然の声に驚いて振り返るとライトを持って祐輝の顔を照らしている。


眩しそうに下を向いて誰かと尋ねるとライトの持ち主は警察だと名乗った。


驚いた祐輝は荷物を持って慌てて帰ろうとしたが警察官に止められて手荷物検査をされ始めた。



「ごめんねえ。 こんな遅くまで中学生が河川敷に残っちゃダメだよ。 まだ補導じゃないけど一応注意しておくよ。」



若くハキハキとした物言いの警察官を見て祐輝は己の将来を思い描いた。


この青年の様な国を思って己の公務を立派に務められる人間になれるのか?


祐輝はそんな不安を抱き始めていた。


すると警察官は不思議そうに祐輝の顔を見ながらも何か怪しいものがないかと祐輝のバッグの中を漁り始めるとピッチャー用のグローブを見て「おう!」っと声を出した。



「ピッチャーかあ! 身体も大きいしね! 僕はねえキャッチャーやってたんだよ。」
「お巡りさんも野球やってたんですか?」



公務を忘れて警察官は祐輝にかつての青春の話を始めたのだった。
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