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第85話 そして最後の夏へ

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祐輝はネットで調べた情報を元にリハビリを続けたがやはり以前の様な快速は叩き出せなかった。


腕のいい整体師にでも見てもらえば違ったのかもしれないがそんな資金はあるはずもなく、我流でリハビリをするしかなかった。


キャッチャーまでボールを投げる事はできたが120キロも出ていない様な遅いボールで、投げ終わると余韻の如く肩に激痛が走った。


変化球は更に激痛でとても投げる事はできなかった。


懸命にリハビリをしたがやはり回復せず、最後の夏大会が始まった。


最後の夏だというのに祐輝の気持ちは氷の様に冷めていた。




「どうせ勝てねえ。」




越田とも別れを告げた。


もう思い残す事なんてなかった。


夏の大会初戦はキングスCチームという1年生だけのチームだ。


しかし今の祐輝のボールは打ち頃かもしれない。


健太と共にブルペンで投球練習を始めたが何かを忘れたかの様にベンチに戻ると薬を飲み始めた。


それは鎮痛剤だ。


これで少しでも痛みを抑えて投げるつもりだった。


健太と一緒に野球をするのもこれが最後だと言うのにまるで悲しそうにもしない祐輝は淡々とボールを投げ始めた。


すると鎮痛剤のおかげか多少はボールを投げられた。




「よし。 じゃあかっこ悪く散るかー。 まさか1年坊主が最後の相手かよ・・・」




渋い顔のまま、試合が始まった。


キングスの応援席では越田がじっと見ていた。


変わり果てた祐輝の投球に胸が痛そうにも見えた。


試合は1対0のまま中盤まで進んだ。


味方のエラーで1点を失ったナインズはそのたった1点を取り返せずにいた。


この間まで小学生だった相手に健太もエルドも援護ができずにいたが祐輝は落ち着いた表情だった。


言うならそれは死を覚悟して絶望的な戦いに身を投じる侍の様だ。




「死地に花咲かすか。」




大好きな歴史で学んだ。


勝てないものは勝てないと。


しかしそんな状況下でできる美学がある。


大阪の陣で圧倒的有利だった徳川家康の本陣にまで乗り込んだ挙げ句壮絶な最期を迎えた真田幸村。


家康の将軍人生で永遠に忘れる事はできなかったであろう。


生き残るつもりが一切ない男が鬼の形相で自分を殺しに来るという事がどれだけの恐怖だったのか。


そしてもはや時代の形勢は決まったのにも関わらず戦い続けた戊辰戦争末期の会津藩。


若き女武者までが命を落としてまで故郷会津のために戦った。


負けたのに100年以上経った今でも知られている。


それが死地に咲いた花だ。


マウンド上で祐輝はボールをじっと見つめて「今日で右腕が不自由になってもいい。」と手を震わせながら投球フォームに入った。


激痛を薬が騙しているが体は反応しているのか、自慢のゆったりしたフォームもフラフラとバランスを崩したりしていた。


顔も青白く、冷や汗をかいているが瞳だけはまだ燃えていた。


試合は6回を迎えた。


泣いても笑っても7回で試合は終わる。


そしてその6回で祐輝が魅せた。


なんと三者連続三振を取ってきたのだ。
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