天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき

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シーズン3 ツンドラ帝国遠征編

第3−1話 最愛の家臣と謎

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 果てもないほどに広い天上界。多くの民が暮らし、神々が治める世界だ。美しい景色を眺める虎白は、傍らの家臣の顔を見た。

「なあ莉久りく。 どうしてこの天上界には、俺とお前しか神族がいないんだ?」
「いるではありませんか。 天王ゼウス......」
「違う。 ギリシア神族ではなく、俺達だ」

 世界は途方もなく広いというのに、天上界には虎白と莉久しか同胞と呼べる神族がいなかった。

「俺達はどうやって産まれたのか......あの門は天王しか開けられないな......」

 絶景の先に、白くて美しい門がある。だが、門の左右には天王ゼウスの衛兵が立ち、決して開けられないように固く閉ざされている。
 美しい門の周囲には、無数の墓があり、どうにも奇妙な景色だ。

「俺達の故郷は、あの先にある......天上界で死んだ者がいく世界『到達点』だ」

 これが莉久と再会して、蘇った虎白の記憶の断片だ。


 大切な忠臣との再会に喜びたい反面、記憶の一部が蘇った虎白は、疑問を感じていた。

「俺が人間に封印されて、記憶が蘇るよりも前から、俺達は自分がいつどこで産まれたのか知らなかったな......」
「ええ......僕も物心がつく頃には、虎白様と天上界にいた気がします」

 それはあまりに不可解なことと言えた。誰だって自分が赤ん坊の時の記憶がないにしても、どこで産まれたかぐらいは知っているはずだ。
 虎白と莉久は、産まれた場所すら知らなかったのだ。顔を見合わせる二柱の神族は、言葉を失っている。
 そして虎白は、もう一つ気になることがあった。

「なあ莉久。 お前霊界を知っているか?」
「霊界ですか?」
「ああ、そこには俺達のような狐の神族の軍隊がいるって話しなんだ」

 莉久の表情から、虎白は理解した。彼は、何も知らないのだと。では、霊界で新納や土屋達が見た「狐の軍勢」とは一体何を意味しているのか。
 眉間にシワを寄せて考え込む虎白は、霊界から天上界に戻った時に軍神アテナが言っていた「狐の皇帝はあなた」という言葉を思い出した。

「アテナなら何か知っているかもしれねえな」
「軍神アテナですか。 では虎白様は、今は南側領土にいるのですね?」
「ああ。 お前は北にいるのか?」
「お忘れですか? スタシアの窮地には駆けつけるようにと話し合ったではないですか。 そうだったよな? 嬴政」

 名を呼ばれて、顔を背けた嬴政は、どこか気まずそうにしている。莉久からの鋭い視線に負けた嬴政は、ため息をつきながら近づいてきた。

「虎白が言ったことなんだ。 テッド戦役で世話になったスタシア王国に何か危機が訪れれば、駆けつけるとな」
「ちょっと待て嬴政! お前はそれを知っていて言わなかったのか!」
「人間に封印されたお前が、今でも同じ考えとは限らないからな」
「おい嬴政! 虎白様に嘘をついたのか!?」

 そんな様子を蚊帳の外で見守る竹子らは、困惑していた。やがてもう我慢できないといった表情で近づいてきた竹子が、虎白の着物の袖を何度か引っ張った。

「ねえ説明してよお......」
「おお、すまねえ。 忘れていたんだが、俺には莉久っていう家臣が天上界にいたんだ。 それで、莉久も俺や嬴政達と一緒に旅をしたんだ。 だが、テッド戦役の最中、莉久とはぐれてそれっきりだった」
「そうだったんだ......お初にお目にかかります。 竹子と申します」

 竹子は困惑したままだ。自分の出生もわからない虎白が皇帝で、莉久という侍はどうして忠誠を誓っているのだろうか。
 しかしそれを聞こうにも、当人らがわからないのなら、どうすることもできない。
 ぎこちない笑顔を見せて、莉久に一礼した。

「ああ、僕は玄馬莉久げんまりくだ」
「ぼ、僕? あ、あの......とてもお美しいのですが......その」
「僕は男だ! 虎白様なんて失礼なやつですか!」
「まあまあ。 竹子がそう思うのも無理ねえよ。 お前男に見えねえもん」

 それはお前もだ虎白。嬴政は、心の中でそう呟いた。
 だが、こうして虎白はかつての家臣である莉久と再会して、蚊帳の外であった竹子らにも事情を説明した。しかし、さらに蚊帳の外になっている者がいた。

「すまねえアルデン!」

 スタシア王アルデンだ。
 慌てて駆け寄る虎白を見て、アルデンは爽やかに笑っていた。何も気にする必要はないと、手を左右に振っている。

「祖父の遺言にもあります。 鞍馬、玄馬の皇国武士が、スタシアの窮地を救うだろうと。 そして、ツンドラ帝国に苦しんでいる時に、莉久殿が来てくださったのです」

 アルデンは、なおも爽やかに話している。謎は深まる一方であったが、今すべきことは、ツンドラ帝国の暴政を止めることだ。
 メルキータ皇女の愛する民を救うための戦いが、始まろうとしているのだった。
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