わからないから、教えて ―恋知らずの天才魔術師は秀才教師に執着中

月灯

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星花祭り⑥

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※10/31、星花祭り③、星花祭り⑤を加筆しております。(バジル→ユージェフへの印象について)

――――――――――――


 ユージェフの正体は、ジルベルトを狙う教会の刺客だった。

「さっすが先生、ジルベルトに次ぐ秀才って触れ込みは伊達じゃないですね。理解が速い」
「それはどうも。……でも、もっと早く気づくべきだった」

 ジルベルトに次ぐ、という部分を強調した物言いに眉をひそめる。敢えて苛立たせようとしているのだろう。その手に乗るわけにはいかない。
 アーサーは眉を寄せる。

「違和感はずっとあったんだ。君、刺されたサルウェル先生を見て「銀の短剣」って言ってたよね。のに」

 それを知っているのは犯人にほかならない。もっと早く気づくべきだった。
 そしてサルウェルが襲われることでなにが得られたか。目の前の生徒がジルベルトを狙っているとわかれば見当がつく。サルウェルの休職に伴って、アーサーが担任の座についた。

「ユージェフくんは、僕がジルベルトと交流があると知ってたんだ。だから僕に近づいた」
「そうです。その通り」
「そして、思ったより僕とジルベルトの関係が深いことに気づいた」
「ええ、だからもっとお近づきになりたいなって。ほら、授業もなにも絡みのない先生につきまとってたらちょっと不自然じゃないですか。その点担任だったら、ね」

 ふふ、と笑うユージェフに、アーサーは声を荒げるのを必死に堪えた。そんな理由でサルウェルは襲われたのか。
 そんな怒りを見透かしたようにユージェフは「まぁまぁ殺してないんで許してくださいよ」と手を振った。もちろん許せるわけがない。
 とはいえ、バジルのようにユージェフがアーサーに懐くことに違和感を覚えている者もいた。ユージェフにとって、そうやって怪しまれることは避けたかったのだろう。

「ジルベルトは女神に才を与えられたにも関わらず、その恩を忘れて驕っている。そんな彼は罰せられるべきだって考える奴はね、意外と多いんですよ。――でも、《塔》にいる彼にはなかなか手を出せない。けれど先生のもとには時折やってくるんです。そんなチャンス、喉から手が出るほど欲しいに決まってます」

 まぁサルウェル先生についてはもう少し穏便な方法をとるつもりだったんですけどちょーっと予定が狂いましてね、とユージェフは唇の端を歪めた。
 ジルベルトへの憧れを熱く語った口が、真反対のことを言ってのける。ユージェフの口調は天気の話でもするように気負いがなかった。
 それに耳を傾けながら、アーサーは障壁の維持に神経を注いだ。だがそう長くは保たないだろう。ユージェフとの間を隔てるこれが解除されれば、もう後はない。どうする。――どうすればいい。

「……ジルベルトを尊敬しているんじゃなかったの」
「俺はすごいなって思ってますよ。すごすぎて恐ろしいくらい。……でも、お上の馬鹿は毛嫌いしてます。自分の制御できない力を恐れてるんですよ、あいつら」

 おかしそうにユージェフが笑った。その手のなかで短剣がころころ転がされる。余裕綽々な態度が憎らしい。
 だからこそ、その油断を利用するしかないと思った。アーサーは思考を巡らせる。どうすればこの状況を打開できる。どうしたら逃げおおせられる。
 ――そのとき閃いたのは、まさにジルベルトに縁あるものだった。
 転移魔術。
 ジルベルトが開発し、教会の怒りを買って禁術指定されたあの術。術式なら覚えている。もちろん成功したためしはない。分の悪い賭けだった。だがこれしかないとも思った。
 アーサーは腹を決めた。あとは術式の完成まで障壁を保たせるだけだ。

「それで、ユージェフくんは暗殺のために学院へ来たってわけか。ずいぶん回りくどいね」
「ええ。お上もね、馬鹿なりに力比べなら負けるってわかってますから、あの手この手で《塔》に干渉してます。そのうちのひとつが、俺ってわけですよ」  
「その割には、ずいぶん短絡的に襲ってきたけど? いくらなんでも馬脚を現すのが早くないかな」
「本っ当にそうなんですよね……これに関しては俺も想定外なんです」

 はぁあ、とユージェフがため息を吐く。その口ぶりは学食のメニューが売り切れていたのを嘆くような気軽さで、その手に短剣がなければとても暗殺者だとは思えなかった。
 だからこそ、恐ろしい。

「うちも一枚岩じゃないんです。最近は短気で過激な意見が目立ってて……そいつら馬鹿だから、急に計画を早めようって言い出したんです。女神の生誕祭こそ奴を討つに値するって盛り上がっちゃって」

 そういう見栄? ストーリー性? 芝居がかったの好きなんですよね。振り回されるこっちは困ったもんです、とユージェフは乾いた笑いを浮かべた。

「……俺、もう少し生徒でいたかったんだけどな」

 アーサーは目を瞠った。その声が、あまりにも柔らかかったからだ。
 ユージェフが吊り気味の目を和らげる。

「勉強するのって案外楽しいんだね、先生。俺、先生とおしゃべりするのも楽しかったよ」
「……ユージェフ、くん」

 不意に、彼に初めて会ったときを思い返した。
 彼が初めて質問に来たとき、持っていた教科書は端が擦り切れていて、いくつもの紐が挟まれていた。その後も彼は知識の吸収に貪欲だった。あの眸に浮かぶ好奇心は、確かに嘘じゃなかったはずだ。
 刹那こみ上げたのは、悔しさだった。もし、とあり得ない仮定を考えずにはいられない。もしこの子が教会に関わることなく、ただの生徒として学院に来ていたなら。

「俺、このまま《塔》を目指したかった。これは本当。でもお上には逆らえないからさ……ごめんね先生、おれのためにおとなしく攫われて?」
「っ」

 短剣が向けられる。一歩、距離を詰められた。アーサーは唇を噛む。
 裏で編んでいる転移魔術は、あともう少しのところまできていた。あともう少しで完成する。逃げおおせて見せる。

「嫌だと、言ったら?」
「そうだな……あんたの教務助手がどうなっても知らない、かな」

 息を呑んだ。揺らぎかけた魔力をなんとか抑え込む。だが動揺は止まらない。青ざめるアーサーにユージェフは楽しそうに短剣をひらめかせた。
 さっきからなにひとつ焦っていなかったのも、納得だった。こうして人質を盾にすればアーサーが従わざるを得ないことをわかっている。もしバジルのことがハッタリだったとしても、いまそれを識別するすべはない。
 ……焦るな。落ち着け。
 早く、早く転移魔術を完成させなければいけない。さすがのユージェフも、アーサーが転移魔術を使うとは考えていないはずだ。この場から逃げおおせれば、バジルを助けることだってきっとできる。
 落ち着け、とアーサーは言い聞かせる。腸が煮えくり返っているのに、頭だけが妙に冷静だった。

「ねぇ先生、かわいい教務助手くんが可哀想なことになっちゃっていいの? 優しい先生には、そんなことできないよね」
「そう、だね。……じゃあ最後に、冥土の土産と思って教えてよ。君の上役ってだれ?」

 尋ねると、ユージェフは一瞬目を丸くして吹き出した。

「先生って意外と肝太くない? やっぱ先生好きだなぁ。あはは、いいよ、教えてあげる――なんて言うと思った?」
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