5 / 19
5.命
しおりを挟む
その日は雨だった。
記録的な大雨で外に出ることすらままならなくて、友達と遊ぶ約束をしていた僕はへそを曲げソファに体を預けリモコンで適当に押したチャンネルを静かに見ていた。
妹は風邪で、2階でぐっすり眠っているだろう。父はこんな日も仕事で、大人って大変だな。と感じた。
と、その時。
...ピーンポーン
「まぁ、こんな大雨の中どなたかしら...」
洗い物をそのタイミングで干し終わった母は立ち上がり、インターフォンを覗き込む。
「はーい?」
『.......』
僕はテレビの画面を見たまま母に言った。
「イタズラじゃないの?」
「わざわざこんな大雨の中でイタズラは流石にないんじゃないかなぁ.....」
母はそう言い玄関へと向かった。
僕はそれを横目にテレビへとまた集中する。
と、その時。母の叫び声が響いてきた。
僕は咄嗟に飛び上がり玄関へと走った。
「来ないで…!!」
母のその必死に叫んだ言葉で僕は今まさに玄関へと続くドアを開けようとしていた手を止める。
そして、そのドアの中心辺りにはめ込まれた長方形のガラス越しにその光景を目の当たりにした。
正座のような格好で座り込んで、玄関に背を向け下を俯いている母。
そして、母の後ろに佇む男。
髪はロン毛で雨でぐしゃぐしゃになった髪の毛の先端からぽたぽたと水滴が流れ落ちている。そこから下を目で辿ると、首らへんからヨレヨレのTシャツが垂れていて、やや撫で肩のそこまで広くない肩幅が雨に濡れたTシャツによってはっきりとしたシルエットを思い浮かびあがらせる。その姿はとてもひ弱そうで、ロン毛に隠れているが若干覗いた目の下には相当なクマができている。
そしてやや焦点のズレている目で男が睨んでいるのは無論、母だ。その焦点の行き先と同じ所に、男はひょろりとした右手を母に突き出している。だがその手は小刻みに揺れていて、その男の動揺をはっきりと表している。
それに何を突き出しているのかはすぐに予想がついた。
ナイフ。
「う、うるさいっ!近くのやつが気づいたらどうするんだ……!お前は黙って、あるだけの金を持ってくればいいんだよ………!」
その男は周囲を警戒し、小声で母に叫んだ。
そして、突き出したナイフを母の目の前まで持っていき、恐怖を植え付ける。
顔は見えないが母の身体は震えていて、僕はとても見ていられなかった。
……………
ガラス越しに真正面から覗き込んでいた僕は慌てて伏せる。
僕は恐怖と、悲しみに涙が自然と溢れ出た。
(怖い。怖いけど。母さんが死んじゃうなんて嫌だ!どうしたら…どうしたら母さんを助けられる…?)
僕は必死に考えた。その時まだ10歳程度の頭で必死に考えた。
幸い、僕の方には男は気づいていないようだ。
母は先程、「来ないで!!」と叫んだ。
それが男に対する物なのか自分に対してなのかは分からないが、その時の僕にはそんな事はどうでも良かった。
僕は考える。
早くしないと今すぐにでも母さんは死んでしまうかもしれないから。
そうだ。
あいつがいなくなればいいんだ。
「殺す。」
その時、僕の心に黒いものが芽生えた。
僕は静かにドアから離れ反対側の窓へ向かう。その窓からは裏庭に入る事が出来る。
窓を開けた瞬間にヒュウヒュウと突風が隙間から入り込んできているが気にしない。なるべく音を立てないように静かに窓を自分の通れる幅まで開くと身体を横にして抜ける。
裏庭に出ると早速、打ち付けるような雨が僕の身体に当たり、少し痛い。だが今はそんな事はどうでもいい。突風に揺られながら、すぐ右手にある倉庫のシャッターを下から上へと上げる。
僕はそこから武器になりそうな物を取り出した。
金属製の取っ手から下にかけて太い木の棒が伸び、その終わり目からは違う金属の板がスプーンの凹みのようになっている。
スコップだ。
僕はそれを手に取り、駆け足で裏庭から玄関に向かう、突風に流されぬように家の壁に沿って。
そして…玄関に辿り着く。
僕はその時どんな表情をしていただろうか。
定かではないが、その時考えていた事は覚えている。
ただひたすらの殺意とイメージ。どうやったら確実に、どうやったら速やかに出来るかを考えていた。
殺す。母さんに酷い事をするやつは許さない。
僕は息を押し殺しスコップの木の棒の部分を両手で持ち上げる。
そして__
僕は相当な勢いで玄関のドアを開けた。
その瞬間に僕は即座に入り込み…
男を目で捉える。
その瞬間、男は僕の方へ振り向いた。
驚き。顔に浮かぶ表情はそれだけだっただろう。
僕はその男の脳天目掛けてスコップを上から下へと振り抜いた。
「ゴンッ!!」
鈍い音が家に鳴り響く。
その音の数秒後、男は母の座る左の方へとバタンと玄関に倒れ込む。
僕は静かにそれを眺めていた。
そして、ゆっくりと母の方へ振り向く。
僕は驚く程に落ち着いていた。人1人を殺めてしまったというのに、何の罪悪感も感じない。むしろ母を助けられた喜びが胸にはあった。
僕は返り血のついた顔にいっぱいの笑みを浮かべ母に言った。
「もう、大丈夫。」
その時の母の顔は……もう忘れてしまった
僕はそれからの事はあまり覚えていない。
ただその後の警察の騒ぎや、周りの人間から人殺しと呼ばれる日々や、周囲に気味悪がられた事に恐怖を抱くまで、あまり時間がかからなかった。
そして僕は、自分が殺めた命の重さにやがて気づく。
その後、僕は他人からも拒絶され自らも拒絶した。
記録的な大雨で外に出ることすらままならなくて、友達と遊ぶ約束をしていた僕はへそを曲げソファに体を預けリモコンで適当に押したチャンネルを静かに見ていた。
妹は風邪で、2階でぐっすり眠っているだろう。父はこんな日も仕事で、大人って大変だな。と感じた。
と、その時。
...ピーンポーン
「まぁ、こんな大雨の中どなたかしら...」
洗い物をそのタイミングで干し終わった母は立ち上がり、インターフォンを覗き込む。
「はーい?」
『.......』
僕はテレビの画面を見たまま母に言った。
「イタズラじゃないの?」
「わざわざこんな大雨の中でイタズラは流石にないんじゃないかなぁ.....」
母はそう言い玄関へと向かった。
僕はそれを横目にテレビへとまた集中する。
と、その時。母の叫び声が響いてきた。
僕は咄嗟に飛び上がり玄関へと走った。
「来ないで…!!」
母のその必死に叫んだ言葉で僕は今まさに玄関へと続くドアを開けようとしていた手を止める。
そして、そのドアの中心辺りにはめ込まれた長方形のガラス越しにその光景を目の当たりにした。
正座のような格好で座り込んで、玄関に背を向け下を俯いている母。
そして、母の後ろに佇む男。
髪はロン毛で雨でぐしゃぐしゃになった髪の毛の先端からぽたぽたと水滴が流れ落ちている。そこから下を目で辿ると、首らへんからヨレヨレのTシャツが垂れていて、やや撫で肩のそこまで広くない肩幅が雨に濡れたTシャツによってはっきりとしたシルエットを思い浮かびあがらせる。その姿はとてもひ弱そうで、ロン毛に隠れているが若干覗いた目の下には相当なクマができている。
そしてやや焦点のズレている目で男が睨んでいるのは無論、母だ。その焦点の行き先と同じ所に、男はひょろりとした右手を母に突き出している。だがその手は小刻みに揺れていて、その男の動揺をはっきりと表している。
それに何を突き出しているのかはすぐに予想がついた。
ナイフ。
「う、うるさいっ!近くのやつが気づいたらどうするんだ……!お前は黙って、あるだけの金を持ってくればいいんだよ………!」
その男は周囲を警戒し、小声で母に叫んだ。
そして、突き出したナイフを母の目の前まで持っていき、恐怖を植え付ける。
顔は見えないが母の身体は震えていて、僕はとても見ていられなかった。
……………
ガラス越しに真正面から覗き込んでいた僕は慌てて伏せる。
僕は恐怖と、悲しみに涙が自然と溢れ出た。
(怖い。怖いけど。母さんが死んじゃうなんて嫌だ!どうしたら…どうしたら母さんを助けられる…?)
僕は必死に考えた。その時まだ10歳程度の頭で必死に考えた。
幸い、僕の方には男は気づいていないようだ。
母は先程、「来ないで!!」と叫んだ。
それが男に対する物なのか自分に対してなのかは分からないが、その時の僕にはそんな事はどうでも良かった。
僕は考える。
早くしないと今すぐにでも母さんは死んでしまうかもしれないから。
そうだ。
あいつがいなくなればいいんだ。
「殺す。」
その時、僕の心に黒いものが芽生えた。
僕は静かにドアから離れ反対側の窓へ向かう。その窓からは裏庭に入る事が出来る。
窓を開けた瞬間にヒュウヒュウと突風が隙間から入り込んできているが気にしない。なるべく音を立てないように静かに窓を自分の通れる幅まで開くと身体を横にして抜ける。
裏庭に出ると早速、打ち付けるような雨が僕の身体に当たり、少し痛い。だが今はそんな事はどうでもいい。突風に揺られながら、すぐ右手にある倉庫のシャッターを下から上へと上げる。
僕はそこから武器になりそうな物を取り出した。
金属製の取っ手から下にかけて太い木の棒が伸び、その終わり目からは違う金属の板がスプーンの凹みのようになっている。
スコップだ。
僕はそれを手に取り、駆け足で裏庭から玄関に向かう、突風に流されぬように家の壁に沿って。
そして…玄関に辿り着く。
僕はその時どんな表情をしていただろうか。
定かではないが、その時考えていた事は覚えている。
ただひたすらの殺意とイメージ。どうやったら確実に、どうやったら速やかに出来るかを考えていた。
殺す。母さんに酷い事をするやつは許さない。
僕は息を押し殺しスコップの木の棒の部分を両手で持ち上げる。
そして__
僕は相当な勢いで玄関のドアを開けた。
その瞬間に僕は即座に入り込み…
男を目で捉える。
その瞬間、男は僕の方へ振り向いた。
驚き。顔に浮かぶ表情はそれだけだっただろう。
僕はその男の脳天目掛けてスコップを上から下へと振り抜いた。
「ゴンッ!!」
鈍い音が家に鳴り響く。
その音の数秒後、男は母の座る左の方へとバタンと玄関に倒れ込む。
僕は静かにそれを眺めていた。
そして、ゆっくりと母の方へ振り向く。
僕は驚く程に落ち着いていた。人1人を殺めてしまったというのに、何の罪悪感も感じない。むしろ母を助けられた喜びが胸にはあった。
僕は返り血のついた顔にいっぱいの笑みを浮かべ母に言った。
「もう、大丈夫。」
その時の母の顔は……もう忘れてしまった
僕はそれからの事はあまり覚えていない。
ただその後の警察の騒ぎや、周りの人間から人殺しと呼ばれる日々や、周囲に気味悪がられた事に恐怖を抱くまで、あまり時間がかからなかった。
そして僕は、自分が殺めた命の重さにやがて気づく。
その後、僕は他人からも拒絶され自らも拒絶した。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる