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月の砂漠のかぐや姫 第19話
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「そうだ、輝夜。俺だよ、羽だ。もう大丈夫だよ、だから痛いところをちょっと見せてくれ」
なんとか少しでも輝夜姫を安心させたいと思い、羽は自分でも思ってもいない言葉を口にしました。大丈夫? とんでもない、もう俺たちはハブブに呑み込まれてしまった。この暗さと、風の強さと、砂の勢いはどうだ。大丈夫だと? よく言うぜ、俺。だけど、輝夜は何も悪くない。俺の言葉通りに行動してくれただけだ。せめて、この傷の痛みだけでも和らげてあげられたら‥‥‥。
羽は慎重に輝夜姫の腕をとりました。それだけでも輝夜姫はひどく痛がりました。暗くて患部は良く見えませんが、輝夜姫の右腕、手首の上の部分が酷く腫れているようです。
羽は経験上よく知っていましたが、駱駝や馬から落ちる際に身体をかばおうとして手を出すと、腕のこの部分を骨折することがあるのです。そして、輝夜姫の右腕も、やはり骨が折れているようでした。このままの状態で放置しておくと、動かすたびにひどい痛みが生じますし、骨が動くことによって傷がさらに悪化する恐れがあります。応急処置として何かで骨折した個所を固定したいのですが‥‥‥。ああ、そうか。
「ごめんな、輝夜。ちょっとだけ我慢してくれよ」
羽は、左の腰に差していた短刀を鞘ごと取りだすと輝夜姫の右腕に添わせ、さらにそれを自分の頭布で輝夜姫の腕に巻き付けて、腕が動かないように固定しました。
その間も、もちろん輝夜姫には激しい痛みがあったことでしょう。でも、輝夜姫は意識がはっきりしない中でも、羽が自分のために真剣に措置をしてくれていることを感じたのか、砂粒から顔を隠すために口元を覆っていた頭布を噛み、声を押し殺して耐えていました。
こうなって改めて、羽は思いだすのでした。確かに大伴は言っていました。「砂嵐に会ったときには身を低くしてやり過ごせ」と。
ああ、「少しでも距離をとって時間を稼げば、砂嵐が消えてくれるかもしれない」という自分の考えが甘かった。「風に等しい砂嵐の移動の速さ」についての認識も、それに巻き込まれた際の「深い水底に落ちたような暗闇」に対する認識も足りなかった。普通の砂嵐であっても、逃げることなどできないのだ。ましてやハブブではないか。すべて自分の所為だ、輝夜姫にこのような怪我を負わせたのは自分なのだ。
羽は自分を責め続けました。
しかし、羽が自分を責め、判断を改めたからと言って、事態が好転するわけではありません。もはや二人はハブブの腹の中でした。座り込んでいる二人の顔にまで、草原で風に吹かれた背高草が顔をなでるときのように、間断なく砂がぶつかって来ていました。
羽は覚悟を決めました。
二頭の駱駝を、輝夜姫を挟むように並ばせて、膝をついて座らせました。少しでも風や砂が輝夜姫に当たらないようにとの配慮でした。
「羽、羽? どうしたの、あれ、いたっ、あれ・・・」
ようやく意識がはっきりとしてきたのか、羽に輝夜姫が呼びかけました。ただ、自分の状況がまだ呑み込めていない様子で、無意識に動かした右手の痛みに驚いています。
駱駝に指示を与えていた羽は、風に飛ばされないように体を傾けながら、輝夜姫の傍に戻ってきました。
飼育された駱駝にとっては、飼い主の傍にいることが安心につながるのかも知れません。駱駝は大人しく羽の指示に従っていました。膝を折って座っていても駱駝の体は大きく、砂上に座り込んでいる二人を強風から守るのに役立ってくれていたので、駱駝と駱駝の間の僅かな空間では、大声を出さなくてもお互いの声が届くのでした。
「ごめんな、輝夜。砂嵐の中を駱駝で走って逃げようなんて、俺が間違っていた。俺のせいで輝夜に怪我をさせてしまったんだよ。これ以上、移動するのはとても無理だ。このまま、ここでなんとか風と砂を凌いでハブブをやり過ごそう。大丈夫、輝夜はきっと俺が守るから」
羽は、輝夜姫に優しく話しかけ、そして、輝夜姫の右手に負担をかけないように注意しながら、自分の身体で輝夜姫の身体をかばうようにして、覆いかぶさりました。一方で、心の中ではまじない言葉を唱えているのでした。「どうぞ、竜巻に出会いませんように。もし、精霊が必要とするならば、どうか俺の命だけでお許しください」と。
輝夜姫には、羽が話したことが、どれだけ呑み込めていたのでしょうか。
聞きたいことも、たくさんあったに違いありません。先程まで、必死に駱駝の背にしがみついてハブブから逃げていたのです。でも、ふと気づくと、自分は砂上で倒れ込んでいます。周囲には恐ろしいほどの勢いで砂と風が舞い踊っており、真っ暗です。その上、いつの間に怪我をしたのか、右腕がとてもとても痛みます。
ただ、温かでした。
自分を守ろうと抱きしめてくれる羽の身体は、とても温かでした。
「このまま、ここでハブブをやり過ごそう」と羽は言いました。「輝夜はきっと俺が守る」と羽は誓ってくれました。
輝夜姫は、自分の頭の中を駆け巡ろうとする疑問の雲をかき集めて、心の奥底へしまってしまいました。そして、一言、羽に告げると、目を閉じて彼に身体を預けました。
「わかった。お願いね、羽」
なんとか少しでも輝夜姫を安心させたいと思い、羽は自分でも思ってもいない言葉を口にしました。大丈夫? とんでもない、もう俺たちはハブブに呑み込まれてしまった。この暗さと、風の強さと、砂の勢いはどうだ。大丈夫だと? よく言うぜ、俺。だけど、輝夜は何も悪くない。俺の言葉通りに行動してくれただけだ。せめて、この傷の痛みだけでも和らげてあげられたら‥‥‥。
羽は慎重に輝夜姫の腕をとりました。それだけでも輝夜姫はひどく痛がりました。暗くて患部は良く見えませんが、輝夜姫の右腕、手首の上の部分が酷く腫れているようです。
羽は経験上よく知っていましたが、駱駝や馬から落ちる際に身体をかばおうとして手を出すと、腕のこの部分を骨折することがあるのです。そして、輝夜姫の右腕も、やはり骨が折れているようでした。このままの状態で放置しておくと、動かすたびにひどい痛みが生じますし、骨が動くことによって傷がさらに悪化する恐れがあります。応急処置として何かで骨折した個所を固定したいのですが‥‥‥。ああ、そうか。
「ごめんな、輝夜。ちょっとだけ我慢してくれよ」
羽は、左の腰に差していた短刀を鞘ごと取りだすと輝夜姫の右腕に添わせ、さらにそれを自分の頭布で輝夜姫の腕に巻き付けて、腕が動かないように固定しました。
その間も、もちろん輝夜姫には激しい痛みがあったことでしょう。でも、輝夜姫は意識がはっきりしない中でも、羽が自分のために真剣に措置をしてくれていることを感じたのか、砂粒から顔を隠すために口元を覆っていた頭布を噛み、声を押し殺して耐えていました。
こうなって改めて、羽は思いだすのでした。確かに大伴は言っていました。「砂嵐に会ったときには身を低くしてやり過ごせ」と。
ああ、「少しでも距離をとって時間を稼げば、砂嵐が消えてくれるかもしれない」という自分の考えが甘かった。「風に等しい砂嵐の移動の速さ」についての認識も、それに巻き込まれた際の「深い水底に落ちたような暗闇」に対する認識も足りなかった。普通の砂嵐であっても、逃げることなどできないのだ。ましてやハブブではないか。すべて自分の所為だ、輝夜姫にこのような怪我を負わせたのは自分なのだ。
羽は自分を責め続けました。
しかし、羽が自分を責め、判断を改めたからと言って、事態が好転するわけではありません。もはや二人はハブブの腹の中でした。座り込んでいる二人の顔にまで、草原で風に吹かれた背高草が顔をなでるときのように、間断なく砂がぶつかって来ていました。
羽は覚悟を決めました。
二頭の駱駝を、輝夜姫を挟むように並ばせて、膝をついて座らせました。少しでも風や砂が輝夜姫に当たらないようにとの配慮でした。
「羽、羽? どうしたの、あれ、いたっ、あれ・・・」
ようやく意識がはっきりとしてきたのか、羽に輝夜姫が呼びかけました。ただ、自分の状況がまだ呑み込めていない様子で、無意識に動かした右手の痛みに驚いています。
駱駝に指示を与えていた羽は、風に飛ばされないように体を傾けながら、輝夜姫の傍に戻ってきました。
飼育された駱駝にとっては、飼い主の傍にいることが安心につながるのかも知れません。駱駝は大人しく羽の指示に従っていました。膝を折って座っていても駱駝の体は大きく、砂上に座り込んでいる二人を強風から守るのに役立ってくれていたので、駱駝と駱駝の間の僅かな空間では、大声を出さなくてもお互いの声が届くのでした。
「ごめんな、輝夜。砂嵐の中を駱駝で走って逃げようなんて、俺が間違っていた。俺のせいで輝夜に怪我をさせてしまったんだよ。これ以上、移動するのはとても無理だ。このまま、ここでなんとか風と砂を凌いでハブブをやり過ごそう。大丈夫、輝夜はきっと俺が守るから」
羽は、輝夜姫に優しく話しかけ、そして、輝夜姫の右手に負担をかけないように注意しながら、自分の身体で輝夜姫の身体をかばうようにして、覆いかぶさりました。一方で、心の中ではまじない言葉を唱えているのでした。「どうぞ、竜巻に出会いませんように。もし、精霊が必要とするならば、どうか俺の命だけでお許しください」と。
輝夜姫には、羽が話したことが、どれだけ呑み込めていたのでしょうか。
聞きたいことも、たくさんあったに違いありません。先程まで、必死に駱駝の背にしがみついてハブブから逃げていたのです。でも、ふと気づくと、自分は砂上で倒れ込んでいます。周囲には恐ろしいほどの勢いで砂と風が舞い踊っており、真っ暗です。その上、いつの間に怪我をしたのか、右腕がとてもとても痛みます。
ただ、温かでした。
自分を守ろうと抱きしめてくれる羽の身体は、とても温かでした。
「このまま、ここでハブブをやり過ごそう」と羽は言いました。「輝夜はきっと俺が守る」と羽は誓ってくれました。
輝夜姫は、自分の頭の中を駆け巡ろうとする疑問の雲をかき集めて、心の奥底へしまってしまいました。そして、一言、羽に告げると、目を閉じて彼に身体を預けました。
「わかった。お願いね、羽」
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