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月の砂漠のかぐや姫 第41話
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大伴は、静かに話を続けました。
「羽磋よ。月の巫女と言うのはな、器だ。器なのだ。いつの頃からかは、わからん。ひょっとしたら、我らが祖が月から降りてこられたときに、人となったもの、獣となったもの、そして、風や水と一体となったもののほかに、器となったものがおられたのかも知れん。あるいは、もっと後に、なんらかの行いにより形作られたものかも知れん。しかし、俺たちが調べた結果判ったのは、月の巫女とは器、力を蓄える器だということだ」
「器」。「月の巫女とは器だ」と、大伴は言いました。彼の言う「器」とはどのような意味なのでしょうか。大伴の言う意味を即座には理解することが出来なかった羽磋は、息を呑んで彼の言葉の続きを待ちました。
「月の巫女は、決まって聖域に生まれる。そして、その成長の過程で自身の内に精霊の力を蓄えていくのだ。そう、「器」というのは、精霊の力を蓄える「器」だということだ。調べてみると、月の巫女が起こした奇跡の言い伝えが、我々月の民の中にたくさん残っていた。その言い伝えのほとんどでは、奇跡を起こすための儀式を、秋田が執り行っていた。そして、その儀式では、必ずと言っていいほど、何らかの宝物が使用されていた。どうやら、その宝物は月の巫女の中に蓄えられた力の方向性を定めるためのものらしい。だが、それはいい。秋田が儀式を執り行うのは昔からそう定められていることだし、我々より精霊に近い月の巫女が、その内に力を蓄えることもあるのかもしれん。問題なのは、だ」
月の巫女が精霊の力を蓄える「器」である、というおよそ信じがたい見方を、大伴はあっさりと是としました。それは、彼に取って大事なところはそこではなく、別のところにあったからでした。大伴は、大事な点を際立たせるために、話を続ける前に一呼吸を置きました。
「問題なのは、大きな力を使った後には、月の巫女は消えてしまう、ということだ」
「消えてしまう、ですか」
「ああ、そうだ、消えてしまう。弱竹姫のようにな」
「つまり、月に還られるということですよね。それは、もちろん悲しいことだとは思いますが・・・・・・」
羽磋には、大伴が何を問題としているのかが良く呑み込めていませんでした。
確かに大きな力を使う代償に命を求められるということは、とても悲しいことです。大きな問題であると、大伴が考えるのもよくわかります。しかし、ゴビの厳しい環境の中で常に死と隣り合わせで生きている彼らにとって、死は恐ろしいものであり悲しいものでもありますが、決して受け入れることのできない恐怖ではありません。また、それは再び月で巡り合うまでの一時的な別れであり、永遠の別れを意味するものではありません。そう、それはある意味、精一杯生き抜いた後で月に還る際の「通過儀礼」として、考えることができるものなのでした。
しかし、大伴の言葉は、羽磋の考え、つまり普通の月の民の若者の考えとは、全く異なるものを意味していたのでした。
「そうではない、そうではないのだ、羽磋。言葉の通り、消えてしまうのだ。俺にそのことを教えてくれた老人はこう言ったよ。月の巫女は器。今、外に現れている人間は、その蓄えられた力の表面に映る影に過ぎない。だから、その力がすべて失われた時、影は消えて二度と戻らない、と。それは、人ではなく影だ。だから、月に還ることもない、とな」
「良くわかりません、父上。弱竹姫は実際にいらっしゃって、父上と一緒に讃岐村を救ったそうではないですか。それでは、現実に人間として存在して、歩いたり話したり歌ったりしているその姿が、器に蓄えられた力に映った単なる影だ、と言うのですか」
「ああ、そのとおりだ。すぐに、納得がいかないのもよくわかる、俺もそうだった。弱竹姫は弱竹姫として確かに存在していたさ。それは、俺たちが一番よく知っている。だが、俺の腕の中で弱竹姫の身体がだんだんと薄れていき、ついには消え去ってしまったのもまた事実なのだ。よし、少し待ってくれ」
大伴の話す内容を理解しようとする羽磋でしたが、あまりに想像を超えて広がるその話を上手く咀嚼できないでいました。しかし、そのような羽磋に対して、大伴は苛立つ様子を見せるどころか、むしろ、その気持ちがよくわかるという素振りさえ見せるのでした。彼の言う通り、弱竹姫の出来事を自分自身に納得させるまでに、相当の時間がかかった経験があるからなのでしょう。
大伴は、羽磋にその場に残るように指示して、愛馬のもとへ行くと、その背に乗せたままにしておいた大きめの革袋から、あるものを取り出しました。そして、再び羽磋の方に戻ると、それを軽く放って渡したのでした。
「それに見覚えがあるのではないか」
羽磋が受け取ったそれは、短剣でした。改めて見直すと、柄には「羽」と彫ってあります。そう、それは、バダインジャラン砂漠で、竹姫が駱駝から落ちて右手の骨を折った時に、羽磋が添え木の代わりとして彼女の右手に巻き付けたものでした。大伴から渡されるまで、羽磋はこの短剣のことをすっかり忘れていました。なぜならば‥‥‥。
「羽磋よ。月の巫女と言うのはな、器だ。器なのだ。いつの頃からかは、わからん。ひょっとしたら、我らが祖が月から降りてこられたときに、人となったもの、獣となったもの、そして、風や水と一体となったもののほかに、器となったものがおられたのかも知れん。あるいは、もっと後に、なんらかの行いにより形作られたものかも知れん。しかし、俺たちが調べた結果判ったのは、月の巫女とは器、力を蓄える器だということだ」
「器」。「月の巫女とは器だ」と、大伴は言いました。彼の言う「器」とはどのような意味なのでしょうか。大伴の言う意味を即座には理解することが出来なかった羽磋は、息を呑んで彼の言葉の続きを待ちました。
「月の巫女は、決まって聖域に生まれる。そして、その成長の過程で自身の内に精霊の力を蓄えていくのだ。そう、「器」というのは、精霊の力を蓄える「器」だということだ。調べてみると、月の巫女が起こした奇跡の言い伝えが、我々月の民の中にたくさん残っていた。その言い伝えのほとんどでは、奇跡を起こすための儀式を、秋田が執り行っていた。そして、その儀式では、必ずと言っていいほど、何らかの宝物が使用されていた。どうやら、その宝物は月の巫女の中に蓄えられた力の方向性を定めるためのものらしい。だが、それはいい。秋田が儀式を執り行うのは昔からそう定められていることだし、我々より精霊に近い月の巫女が、その内に力を蓄えることもあるのかもしれん。問題なのは、だ」
月の巫女が精霊の力を蓄える「器」である、というおよそ信じがたい見方を、大伴はあっさりと是としました。それは、彼に取って大事なところはそこではなく、別のところにあったからでした。大伴は、大事な点を際立たせるために、話を続ける前に一呼吸を置きました。
「問題なのは、大きな力を使った後には、月の巫女は消えてしまう、ということだ」
「消えてしまう、ですか」
「ああ、そうだ、消えてしまう。弱竹姫のようにな」
「つまり、月に還られるということですよね。それは、もちろん悲しいことだとは思いますが・・・・・・」
羽磋には、大伴が何を問題としているのかが良く呑み込めていませんでした。
確かに大きな力を使う代償に命を求められるということは、とても悲しいことです。大きな問題であると、大伴が考えるのもよくわかります。しかし、ゴビの厳しい環境の中で常に死と隣り合わせで生きている彼らにとって、死は恐ろしいものであり悲しいものでもありますが、決して受け入れることのできない恐怖ではありません。また、それは再び月で巡り合うまでの一時的な別れであり、永遠の別れを意味するものではありません。そう、それはある意味、精一杯生き抜いた後で月に還る際の「通過儀礼」として、考えることができるものなのでした。
しかし、大伴の言葉は、羽磋の考え、つまり普通の月の民の若者の考えとは、全く異なるものを意味していたのでした。
「そうではない、そうではないのだ、羽磋。言葉の通り、消えてしまうのだ。俺にそのことを教えてくれた老人はこう言ったよ。月の巫女は器。今、外に現れている人間は、その蓄えられた力の表面に映る影に過ぎない。だから、その力がすべて失われた時、影は消えて二度と戻らない、と。それは、人ではなく影だ。だから、月に還ることもない、とな」
「良くわかりません、父上。弱竹姫は実際にいらっしゃって、父上と一緒に讃岐村を救ったそうではないですか。それでは、現実に人間として存在して、歩いたり話したり歌ったりしているその姿が、器に蓄えられた力に映った単なる影だ、と言うのですか」
「ああ、そのとおりだ。すぐに、納得がいかないのもよくわかる、俺もそうだった。弱竹姫は弱竹姫として確かに存在していたさ。それは、俺たちが一番よく知っている。だが、俺の腕の中で弱竹姫の身体がだんだんと薄れていき、ついには消え去ってしまったのもまた事実なのだ。よし、少し待ってくれ」
大伴の話す内容を理解しようとする羽磋でしたが、あまりに想像を超えて広がるその話を上手く咀嚼できないでいました。しかし、そのような羽磋に対して、大伴は苛立つ様子を見せるどころか、むしろ、その気持ちがよくわかるという素振りさえ見せるのでした。彼の言う通り、弱竹姫の出来事を自分自身に納得させるまでに、相当の時間がかかった経験があるからなのでしょう。
大伴は、羽磋にその場に残るように指示して、愛馬のもとへ行くと、その背に乗せたままにしておいた大きめの革袋から、あるものを取り出しました。そして、再び羽磋の方に戻ると、それを軽く放って渡したのでした。
「それに見覚えがあるのではないか」
羽磋が受け取ったそれは、短剣でした。改めて見直すと、柄には「羽」と彫ってあります。そう、それは、バダインジャラン砂漠で、竹姫が駱駝から落ちて右手の骨を折った時に、羽磋が添え木の代わりとして彼女の右手に巻き付けたものでした。大伴から渡されるまで、羽磋はこの短剣のことをすっかり忘れていました。なぜならば‥‥‥。
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