月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第126話

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「精霊の子に話をしたって、何にもならないんじゃないかな。だったら、最初からやめておいた方が良いかもしれないよ」
 王柔の心に、どこからか囁きかける声が、響いてきました。
 それは、いままでもずっと、彼に囁きかけてきていたのですが、これまでは彼の「僕ができることをするんだ」という意識が強すぎて、彼の心の奥底にまでは届いていなかったのでした。でも、一歩一歩、村の静かな区域を進むにつれて、あれほど強かった決意がブルブルと震えだして、その奥にある心の弱い部分が見え隠れするようになると、その声が彼の心にはっきりと届くようになったのでした。
 一度王柔の心に届いたその声は、次々と囁きを送ってよこしました。その言葉の一つ一つは、実は王柔自身が誰かに言って欲しかった、しんどいことをしなくても済む理由、つまり「逃げ口上」なのでした。
 王柔は認識していなかったものの、その囁き声を送っている者は、彼自身なのでした。
「やっぱり、自分にできる事なんて、何もないのかも知れない」
「いや。冒頓殿に言われたじゃないか。お前はどうするんだって」
「でも、自分が何か手を出して、余計に悪いことが起きたらどうする?」
「そんなこと、やってみなければわからないじゃないか」
「そうでなくても、何も助言をもらえなかったら、しんどい思いをするだけ損じゃないの? そもそも、精霊の子のところに行って、一体どう話をするつもりなんだよ。上手に話ができなくてつらい思いをすることなんてないよ。理亜のことは、王花さんや他の人に調べてもらえばいい。今日は帰ろうよ」
「それは・・・・・・」
「そうだよ、精霊の子の事を考えついただけで、もう十分頑張ったよ。誰にでも、得意不得意があるじゃないか。僕は頑張った。だけど、人に会ったり話したりするのは苦手だ。だから、後は、王花さんにでも、お願いすればいいんだよ」
「確かに・・・・・・。でも・・・・・・。それで、いいのかな?」

「オージュ、ドウしたの? イカないの?」
 ふいに理亜の声が自分の前から聞こえてきて、王柔は我に返りました。声のする方へ顏を上げると、道の真ん中で立ち止まってしまった自分の少し先で、怪訝そうに小首を掲げた理亜が、こちらを振り返っていました。
 自分では立ち止まったつもりなどなかったのですが、いつの間にか、自分の心の中で何かと対話を繰り返すのに集中するあまり、王柔の足は動かなくなっていたのでした。
「ご、ごめん、理亜。ボーとしてたよ」
 王柔は理亜を安心させるように優しい声を出すと、彼女の元へと小走りで向かいました。
 理亜の横で王柔は「ごめんね」と声をかけると、彼女の頭をなでるように手を動かしました。その手は、理亜の赤い色をした髪と重なるようになるだけで、彼女に触れることはできません。自分の手の感触が彼女に伝わることもありません。それでも、理亜は、「うん」と答えると、安心したかのように目を閉じるのでした。
 王柔と理亜が初めて出会ったのは、寒山の交易隊が吐露村から土光村へ出発しようとした時ですから、二人がそれほど長い間一緒にいるというわけではありませんでした。でも、王柔の理亜を助けたいという一生懸命な気持ちや飾らない心からの優しさは、奴隷としてひどい扱いを受けていた彼女にとって、まるでゴビの砂漠の植物の上に降る慈しみの雨のようでした。それは、彼女の体や心全体に染み渡り、今では、理亜は王柔を自分の兄の様に慕うまでになっていたのでした。
 自分のことを悪く考えがちな王柔であっても、理亜のしぐさや表情の一つ一つから、自分に寄せられている強い信頼と温かな気持ちを感じ取れました。それらは、この場においても、王柔の心に広がっていた不安という雲を吹き飛ばす、強い風となりました。そして、彼の凍りかけていた足を温める日差しともなったのでした。
「一度はあんなにしっかりと、精霊の子のところに行こうと決めていたのに、どうして僕はすぐに怖気ついてしまうんだろう。だけど、そうだ。こんなにも、理亜は僕を信頼してくれているじゃないか。何を迷っていたんだろう。できないことは仕方がない。でも、精霊の子を訪ねることは、頑張ればできることだよ。理亜のためにできることがあるなら、それをしない理由なんてないじゃないか。それに・・・・・・」
 その時、王柔の心にさっとよぎったのは、自分の妹である稚が養母によって奴隷として売られてしまったときの記憶でした。あの時は、自分が妹のためにできることは何もありませんでした。それでも、自分は妹を捜そうとして、家を飛び出したのではなかったのでしょうか。今は、例えそれが何かに結びつくかわからないにしても、自分が妹の様に思い守りたいと思う理亜のためにできることがあるのです。
「もしここで帰ってしまったら、僕は一生自分で自分を軽蔑するに違いない」
 そのような明確な言葉にはならなかったものの、再び彼の中で強い思いが芽生え、それは彼の身体を支える背骨の様に成長するのでした。
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