月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第131話

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「お願いですから! 聞いてください! お願いですから! この子は人の身体を通り抜けてしまうんです。そして、陽が沈むと消えてしまうんです。本当なんです!」
「僕がこの子と出会ったのは、交易隊の中でした。でも、その最初に出会った頃は、理亜は普通の女の子でした。通り抜けたり、消えたりなんかしなかったんです」
「交易隊では、この子は奴隷として扱われていました。いえ、今はもう奴隷ではないです。違います。風粟の病に罹ったんです、この子が。それで、交易隊の隊長はこの子をゴビの砂漠、ヤルダン魔鬼城の中へ置き去りにしました。奴隷から解放されたんです。だから、今はもう、奴隷ではないんです」
「それで、ああっ、そうです。今はもう風粟の病も治っています。それどころか、痘痕もなくて、最初からその病には罹っていなかったのではないかと思える程です。僕は、交易隊と一緒に先にこの村に到着していました。仕方なかったんです。どうしても仕事を果たさないといけなかったんです。でも、理亜のことが、この子の事が気になって、村の外でずっと待っていました。そうしたら……」
「理亜が、理亜が、ヤルダンを一人で抜けて、この村まで来てくれたんです。嬉しかったです! それは、嬉しかったですよ! ・・・・・・でも、その時には理亜の身体は、この様になっていました。理亜の身体は僕の身体を通り抜けました。誰も理亜に触れることはできませんし、理亜も誰かに触れることはできません。それに夜になると。夜になると消えてしまうんです。理亜は!」
「・・・・・・はぁ、消えてしまうんですよ・・・・・・。はぁはぁ……、どうしてなんですか。教えてください。教えてくださいよ! どうしてなんですか! どうすれば治るんですか。わかりますか? わかるんでしょう? だって精霊の子ですよね、わかりますよね? はぁはぁはぁ・・・・・・。お願いです、教えてください、はぁはぁ、お願いです、お願いです……」
 精霊の子に向って一気に自分の思いをまくし立てた王柔は、息を切らし膝に手を当てて下を向いてしまいました。彼の背中は大きく上下していて、それ以上の言葉を口から発することはできなさそうでした。
 自分の方へ一気に言葉の奔流を浴びせかけてきた王柔に対して、精霊の子は今までとは違う反応を示しました。
 でもそれは、王柔の願っていたものではありませんでした。
 精霊の子は、あくまでも精霊の子なのでした。そのことは、王柔の心からの叫びでも動かすことはできなかったのでした。
 彼は、今まではほとんど注意を払っていなかった王柔に対して、明らかに不愉快な顔を見せ、乱暴にその身体を押しのけました。そして、その背から現われた理亜に向って、今度はにっこりと微笑むと、くるりと背を向けて二人から離れていきました。
「はぁはぁ、ちょ、ちょっと、はぁ。待ってください・・・・・・」
 王柔の静止など、彼は全く意に介しません。二人に背を向けたまま、すたすたと歩を進めていくと・・・・・・、今度は、両手を上に上げ、大きな声で歌を唄いだしました。さらに、精霊の子は踊るように体を動かしながら、中庭の中をぐるぐると回りだしたのでした。


 はんぶんだ はんぶん

 僕の前には 女の子
 初めて会った 女の子
 赤い髪した 女の子
 母さん待ってる 女の子

 はんぶんだ はんぶん
 はんぶんだ はんぶん

 月の砂漠に 風が吹き
 空の星たち 隠してしまう
 赤土岩山 陽が照らし
 黒い影が 地の色変える

 はんぶんだ はんぶん・・・・・・・・・・・・


 王柔は、何度も何度も繰り返し大声で歌を唄いながら踊り歩く精霊の子を見ながら、呆然として立ち尽くしていました。もう、何が何やらわかりません。完全に彼の想像を超えてしまった事態に、ただただそれを見やること以外にできることが無くなってしまったのでした。
 そこへ、彼の後ろから、高い歌声が聞こえてきました。
 なんとそれは、精霊の子の歌に合わせて発せられた、理亜の歌声だったのでした。
 精霊の子は、耳ざとく理亜の声を聞きつけると、彼女に向って「おいでよ」と声をかけて、自分はまた歌を唄いながら中庭を踊り歩き始めました。
「ちょ、ちょ、理亜……。え、何をするんだ」
 精霊の子から声をかけられた理亜は、王柔の言葉などまるで耳に入っていないかのように、歌いながら精霊の子の方へ歩き出しました。王柔の方を振り向きもしませんでした。
 全く訳の分からない行動をしている精霊の子と一緒に、理亜は歌い踊りたいとでもいうのでしょうか。どうしてでしょうか? 理亜の考えていることも、王柔にはさっぱりわかりませんでした。でも、理亜が出ていくのを止めるだけの気力は既に王柔には残っていませんでしたし、仮に残っていたとしても、そう、どうやって彼女を止めることができたというのでしょうか。理亜の肩を叩くことも、その身体を抱きとめることも、王柔にはできなかったのですから。
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