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月の砂漠のかぐや姫 第156話
しおりを挟むヤルダンと呼ばれる地域は、地形の変化があまりないゴビの荒地の中で、砂岩が数段に重なり合ったり寄せ集まったりして複雑な地形を作り出している珍しい場所です。そのヤルダンの中で、比較的開けていて、風通しの良い一角がありました。小山のように高く積み重なった砂岩に外周を囲まれているものの、ちょうどその一角だけは、まるで昔話に出てくる巨人が野営用の天幕でも置くために大きな砂岩を取り除いた後だとでもいうかのように、せいぜい人の背丈を何倍かすれば測ることができるような高さの岩の塊しか存在しない、広い盆地となっていました。
夕刻が近づいているため、盆地の赤茶けたゴビの土の上には、周囲の岩山の長い影が落ちてきていて、日が当たる場所と影になっている場所が複雑な文様を描いていました。その文様の中には、影によって塗り込まれた黒よりも、もっと暗い部分が幾つもありました。その部分は、周囲のものを吸い込んでしまうような、深い漆黒で彩られていました。この漆黒の部分は、大地にいくつも口を開けている裂け目の部分でした。この盆地が巨人が立てた天幕の跡地であるとしたら、この裂け目は巨人が地面に打ち込んだ杭の跡に違いありません。それは、どれだけの深さがあるのか、この大地の下のどこにつながっているのかもわからない、近づくことすら恐ろしくなるような裂け目でした。
この一角は、交易隊がヤルダンを通り抜ける際に利用する道筋からは外れているのですが、その存在は多くの交易人に知られていました。なぜなら、この場所こそが、ヤルダンの有名な奇岩の一つである、「母を待つ少女」の奇岩が立つ場所だったからでした。
「床に伏した娘の病気に効く薬草を求めて、遥か東の祁連山脈へと旅立ったまま帰らぬ母。その母を思って毎日立ち続けた少女は、やがてヤルダンの奇岩となった」
そのような伝説を持つ、まるで少女が東の地に向かって手を差し伸べながら立っているかのように見える不思議な形をした奇岩が、この場所に立っているのでした。
昼を過ぎて夕刻に向かうこの時間です。いつもであれば、ヤルダンを吹き抜ける風が勢い良く流れ込んできて、この場所の空気を入れ替えていく頃です。でも、今日は、まるでこの場所に重苦しい空気が満たされていて、風の流入を拒んでいるかのようでした。
ガキンッ。ガキィ。
固い岩が砕けるような音が、粘性の液体のように澱んだその場所の空気を、ブルブルと震わしました。
バキン。ガキィィ。
それは、一度きりのものではありませんでした。何度も何度も、繰り返しその場所で生じていました。
その音は、大きな砂岩の塊が砕ける音でした。巨人が叩いて割ったかのような音を生じて砕けたそのかけらは・・・・・・。まるで、見えない誰かが転がしているかのように、あるいは、そのかけらそのものが意志を持って動いているかのように、ひとりでに転がっていきました。その転がっていく先は、母を待つ少女の奇岩の足元でした。
奇岩のかけらは、母を待つ少女の奇岩が落とす影の中に入ると、見る見るうちにその姿を変えていきました。まるで、見えない誰かが粘土細工をこしらえているかのように形を成していくそれは、あのサバクオオカミの姿でした。
そうです。母を待つ少女の奇岩は、自らが生み出したサバクオオカミの奇岩を率いてヤルダンの外に出て、冒頓たちが守る交易隊を岩襞の上から襲撃した後でこの場所に戻り、再びサバクオオカミの奇岩を生み出し続けていたのでした。
新しくサバクオオカミの姿を与えられた奇岩は、周囲の岩山が落とす影の中へと、しっかりとした足取りで歩いていきました。そこには、既に数十体のサバクオオカミの奇岩が、物も言わず息をすることもないままで、じっと母を待つ少女の命令を待ち続けていました。
母を待つ少女の奇岩は、わかっていたのかもしれません。
自分たちが行った攻撃で、冒頓たちの交易隊を追い返すことや、彼らを壊滅させることはできないと。そして、怒り狂った彼らが、やがてこの場所に反撃の為にやってくるだろうということを。
ガキンッ。
バキン。ガキィッ。
砂岩が砕ける無機質なその音は、まるで甲高い叫び声のようにその場所に響き渡りました。それは、砕ける砂岩が上げる叫びでしょうか。いえ、何故だかはわかりませんが、それは母を待つ少女の奇岩自身が上げる叫びのようでした。
「イヤダッ。ユルセ・・・・・・ナイ・・・・・・」
もし、精霊の声を聴く耳を持つ者がここに居れば、母を待つ少女の声が聞こえたかもしれません。それは、悲鳴にも似た、悲しさを帯びた鋭くとがった叫びでした。
「ニクイ、イヤダッ。アツイ・・・・・・。ドウシテ、ワタシ・・・・・・ダケ。イヤダッ。カアサン、カ・・・・・・アサ・・・・・・ン・・・・・・」
ザアァッウウ!!
そこへ、突然雨が落ちてきました。
雨が? 空のどこにも雨雲など見当たらないのに?
その雨は、矢の雨。
冒頓たちの騎馬隊が放った矢の雨でした。
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