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月の砂漠のかぐや姫 第167話
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「なんだよ、これっ。温泉でも湧いたのか」
地面から激しく噴き出して空高く舞い上がり、騎馬隊の上に降りかかってきたものに対して、苑が最初に思い浮かべたのは、やはり間欠泉が噴出したのではないかというでした。
ゴビの砂漠は、ところどころに大きな砂丘が点在する礫砂漠でしたが、天山山脈や祁連山脈などの雲にまで届く霊峰も数多く存在していました。それらの多くは火山でしたから、ゴビの荒地においても、赤土の裂け目から硫黄の匂いと共に湯気が立ち上っているところも多く、月の民の男たちが遊牧の際に温泉が湧き出しているところや間欠泉が吹き出しているところを目にすることは、決して珍しくないのでした。
また、月の民の勢力圏は高地を中心として広がっていましたから、冬の間、特にその夜間には、大事な家畜たちは、厳しい寒さに晒されてしまいます。そのため、冬が訪れる前に、一族全体で寒さを避けられるところへ家畜を連れて移動することになるのですが、温かな水が沸く温泉地は、長距離の移動で疲れた彼らの心と体を休めてくれる寒気のオアシスとなるのでした。その温泉地の中でも特に大規模なのは、双蘼族の根拠地である筑紫村でした。双蘼族はこの村周辺の地熱や温泉を積極的に利用することで、体の弱い者や高齢の者が冬の間も留まることができる根拠地としており、そのことが月の民中に知れ渡っているほどでした。
もちろん、交易隊と共に各地を旅することが仕事の護衛隊も、寒さが厳しい季節には、温泉が湧き出しているところを選んで野営をすることが度々ありましたから、苑も間欠泉の激しい吹き出しを見たことがあったのでした。
でも、騎馬隊の上に降り注いでいる青く輝く飛沫は、苑が良く知っている間欠泉のものとは、決定的に異なっていました。
それは、大地の裂け目から天に向かって噴出し、勢いを失ったところで細かな飛沫となって地上に舞い落ちるという、間欠泉から噴き出す温水と同じ動きをしていましたが、騎馬隊の男たちの頭や体は全く濡れてはいませんでした。自分の頭や肩に付いた水滴を落とそうとした苑の手は、何にも触れることなく体の上を滑っていきました。男たちの体の上に落ちた青い光は、瞬く間に体に吸い込まれて消えてしまいました。ところが、その当人たちは、温かみなどは少しも感じていないのでした。
青く光る雫が幾つも幾つも続けざまに落ちた地面でも、やはり男たちの体の上に落ちた光の飛沫と同じように、青い光は大地にすっと吸収されて消えてしまいましたが、大地の赤土はいっこうに湿った様子は見せておらず、馬や男たちの激しい動きにより赤茶色の砂煙となって、その場に舞い上がっていました。
不思議なことは、それだけではありませんでした。
男たちがその青い光の飛沫を浴びるたびに、心の中に大きな悲しみや怒りが、それこそ間欠泉の噴出の様に、湧き出してきていました。
「うわっ、止めてくれっ、」
騎馬隊の中でも年嵩のいった男の一人が、両手で耳を塞ぎながらしゃがみ込みました。この男は、ちょうど亀裂の間近にいたせいで、全身に青く光る飛沫を浴びていました。
先ほどからこの男の耳には、「どうして、どうして・・・・・・」という涙ながらに女性が話す悲しい声と、「私を捨てるのねっ」と言う怒りに満ちた叫び声が聞こえていて、それは、彼が飛沫を浴びる度にどんどんと大きくなってきていました。
ずいぶんと前のこと、匈奴において、男は幼少の頃の冒頓の従者の一人でした。男は、自分の立場を大変誇りに思い、冒頓を盛り立てて匈奴を強くすることを、自分の一生の仕事と考えていました。耳を塞いでもなお聞こえてくる声の持ち主は、その頃に彼と将来を誓い合っていた故郷の恋人の声でした。
愛と希望に満ちた二人でしたが、思いもかけない恐ろしい出来事に襲われてしまいました。祖国匈奴が月の民との戦に負けたのです。さらに、その結果として、冒頓が月の民へ人質として出されることとなったのです。男はどうしたでしょうか。彼は自分の立場に誇りをもっていましたから、冒頓と共に異国である月の民へ行くことを決めました。
戦に勝った月の民へ人質として出される戦に負けた匈奴の単于の息子の冒頓、その従者としてです。今でこそ、月の民の単于である御門の計らいで、冒頓は護衛隊という立場で活動することを許されていますが、当時はそのようなことはとても考えられませんでした。良くて軟禁状態だろうし、もしも月の民と匈奴の間に問題が生じれば、見せしめとして冒頓以下従者とその一族までもが処刑されることも有り得るとさえ、考えていました。
ですから、男は「私も連れて行って」と泣いて頼む恋人に、自分のことは忘れるようにと告げて故郷へ残したのでした。男のことをとても愛してくれていた彼女にとっても、これは身を引き裂かれるように辛い別れだったでしょうが、男の心の奥底にも決して癒えることのない深い傷として刻み込まれることになったのでした。長い年月が経ち表面には出なくなっていたその古傷でしたが、どうしたことでしょうか、急に大きく口を開いて、男を激しく攻め立て始めているのでした。
地面から激しく噴き出して空高く舞い上がり、騎馬隊の上に降りかかってきたものに対して、苑が最初に思い浮かべたのは、やはり間欠泉が噴出したのではないかというでした。
ゴビの砂漠は、ところどころに大きな砂丘が点在する礫砂漠でしたが、天山山脈や祁連山脈などの雲にまで届く霊峰も数多く存在していました。それらの多くは火山でしたから、ゴビの荒地においても、赤土の裂け目から硫黄の匂いと共に湯気が立ち上っているところも多く、月の民の男たちが遊牧の際に温泉が湧き出しているところや間欠泉が吹き出しているところを目にすることは、決して珍しくないのでした。
また、月の民の勢力圏は高地を中心として広がっていましたから、冬の間、特にその夜間には、大事な家畜たちは、厳しい寒さに晒されてしまいます。そのため、冬が訪れる前に、一族全体で寒さを避けられるところへ家畜を連れて移動することになるのですが、温かな水が沸く温泉地は、長距離の移動で疲れた彼らの心と体を休めてくれる寒気のオアシスとなるのでした。その温泉地の中でも特に大規模なのは、双蘼族の根拠地である筑紫村でした。双蘼族はこの村周辺の地熱や温泉を積極的に利用することで、体の弱い者や高齢の者が冬の間も留まることができる根拠地としており、そのことが月の民中に知れ渡っているほどでした。
もちろん、交易隊と共に各地を旅することが仕事の護衛隊も、寒さが厳しい季節には、温泉が湧き出しているところを選んで野営をすることが度々ありましたから、苑も間欠泉の激しい吹き出しを見たことがあったのでした。
でも、騎馬隊の上に降り注いでいる青く輝く飛沫は、苑が良く知っている間欠泉のものとは、決定的に異なっていました。
それは、大地の裂け目から天に向かって噴出し、勢いを失ったところで細かな飛沫となって地上に舞い落ちるという、間欠泉から噴き出す温水と同じ動きをしていましたが、騎馬隊の男たちの頭や体は全く濡れてはいませんでした。自分の頭や肩に付いた水滴を落とそうとした苑の手は、何にも触れることなく体の上を滑っていきました。男たちの体の上に落ちた青い光は、瞬く間に体に吸い込まれて消えてしまいました。ところが、その当人たちは、温かみなどは少しも感じていないのでした。
青く光る雫が幾つも幾つも続けざまに落ちた地面でも、やはり男たちの体の上に落ちた光の飛沫と同じように、青い光は大地にすっと吸収されて消えてしまいましたが、大地の赤土はいっこうに湿った様子は見せておらず、馬や男たちの激しい動きにより赤茶色の砂煙となって、その場に舞い上がっていました。
不思議なことは、それだけではありませんでした。
男たちがその青い光の飛沫を浴びるたびに、心の中に大きな悲しみや怒りが、それこそ間欠泉の噴出の様に、湧き出してきていました。
「うわっ、止めてくれっ、」
騎馬隊の中でも年嵩のいった男の一人が、両手で耳を塞ぎながらしゃがみ込みました。この男は、ちょうど亀裂の間近にいたせいで、全身に青く光る飛沫を浴びていました。
先ほどからこの男の耳には、「どうして、どうして・・・・・・」という涙ながらに女性が話す悲しい声と、「私を捨てるのねっ」と言う怒りに満ちた叫び声が聞こえていて、それは、彼が飛沫を浴びる度にどんどんと大きくなってきていました。
ずいぶんと前のこと、匈奴において、男は幼少の頃の冒頓の従者の一人でした。男は、自分の立場を大変誇りに思い、冒頓を盛り立てて匈奴を強くすることを、自分の一生の仕事と考えていました。耳を塞いでもなお聞こえてくる声の持ち主は、その頃に彼と将来を誓い合っていた故郷の恋人の声でした。
愛と希望に満ちた二人でしたが、思いもかけない恐ろしい出来事に襲われてしまいました。祖国匈奴が月の民との戦に負けたのです。さらに、その結果として、冒頓が月の民へ人質として出されることとなったのです。男はどうしたでしょうか。彼は自分の立場に誇りをもっていましたから、冒頓と共に異国である月の民へ行くことを決めました。
戦に勝った月の民へ人質として出される戦に負けた匈奴の単于の息子の冒頓、その従者としてです。今でこそ、月の民の単于である御門の計らいで、冒頓は護衛隊という立場で活動することを許されていますが、当時はそのようなことはとても考えられませんでした。良くて軟禁状態だろうし、もしも月の民と匈奴の間に問題が生じれば、見せしめとして冒頓以下従者とその一族までもが処刑されることも有り得るとさえ、考えていました。
ですから、男は「私も連れて行って」と泣いて頼む恋人に、自分のことは忘れるようにと告げて故郷へ残したのでした。男のことをとても愛してくれていた彼女にとっても、これは身を引き裂かれるように辛い別れだったでしょうが、男の心の奥底にも決して癒えることのない深い傷として刻み込まれることになったのでした。長い年月が経ち表面には出なくなっていたその古傷でしたが、どうしたことでしょうか、急に大きく口を開いて、男を激しく攻め立て始めているのでした。
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