月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
188 / 361

月の砂漠のかぐや姫 第186話

しおりを挟む
 当然のことながら、隊の前の方を歩いていた男たちも、何者かが崖の上から攻撃を仕掛けて来て、自分たちの後方の隊が大混乱に陥っていることは承知していました。でも、ここは岩壁と崖っぷちに挟まれた細道で、ある程度広くなったり細くなったりはするものの、その最も細い部分の道幅といえば駱駝の横にそれを引く男がようやく立てるほどしかありません。振り向いて後続の仲間を助けに行くことはとてもできず、自分たちは攻撃を避けるために前へ前へと足を早めるしかありませんでした。
 そこへ、攻撃を受けた場所で壁際に避難した男たちが引き綱を離した駱駝たちが、まるで寒山の雪肌を崩れ落ちてくる雪崩のような恐ろしい勢いで、茶色の濁流となって押し寄せてきました。この駱駝たちは「恐ろしいものから逃げたい」としか考えておらず、バシンッ、グシャッと音を立てながら、前を歩く男や駱駝たちにぶつかってきました。
 狭い小道を急いで歩いていた男や駱駝たちも、これにはたまりません。男たちは駱駝に轢かれないようにと壁際に飛び退り、彼らが引いていた駱駝は興奮してさらに前へと走り出しました。それでも、後方から押し寄せた駱駝の勢いがあまりに激しかったので、逃げるのが間に合わずに駱駝の蹄の下敷きになった男や、興奮のあまり小道を飛び出して崖下へ落下していく駱駝もあるのでした。
 こうして、交易隊の真ん中で生じた大混乱は、男たちの悲鳴と駱駝の怒号と共に、瞬く間に前へ前へと伝わっていきました。


「う、うわっ・・・・・・。う、羽磋殿、後ろで大きな音がしましたよっ」
「ええ、僕にも聞こえました。一体後ろで何が起こったんでしょう」
 細道を抜けた先に敵が潜んでいることはないかと、前方にありったけの神経を集中していた彼らは、後方で不意に起こった轟音に背中を撃たれると、一瞬息ができないほどに驚かされました。なぜなら、彼らは自分たちが通り過ぎた場所は安全であるとして、後方にはまったく注意を向けていなかったのです。
「後ろを見てみます・・・・・・。な、なんだ。うわぁっ」
 ひょろっと背の高い王柔がさらに背伸びをして、自分の後ろで騒いでいる交易隊の向こう側を見ました。
 彼が見たのは、茶色い壁、すなわち、興奮した駱駝たちが、細い道の幅いっぱいに広がって、自分たちの方に向かって押し寄せてくる姿でした。駱駝たちの恐慌が前方へと伝わる速度は極めて早く、王柔や羽磋たちが崖上から次々と大岩が落下してくる轟音に後ろを振り向いた時には、興奮した駱駝たちの暴走の伝播は、既に彼らのそばにまで及んでいたのでした。
「あぶない、理亜っ。しっかりとつかまれっ」
 王柔が慌ててあげた注意の声が理亜に届くのとほぼ同時に、興奮して走りこんできた駱駝の先頭が、王柔たちのすぐ横をものすごい勢いで駆け抜けていきました。
 王柔たちのすぐ後ろを歩いていた交易隊の男は「ヒャッ」と悲鳴を上げて自分の駱駝の引き綱を離すと、転がるようにして壁際に逃げていきました。彼が離した駱駝は、すぐに茶色い濁流の一部となって前方へ走り去ってしまいました。
王柔は理亜が乗る駱駝の首元で、引き綱をしっかりと握ったまま立ち尽くしていました。理亜の乗る駱駝を放置して逃げるなど、彼には思いつくことすらないことですが、かといって、細道を口から泡を吹き出しながら次々と走りこんでくる駱駝の奔流の中では、どうすることもできないでいたのでした。
 その時、後方でバシィンと大きな音がしたかと思うと、駱駝の体が大きく震えました。理亜の乗る駱駝に走りこんできた駱駝の一頭がぶつかったのです。
 ビイイイッツ!
 痛みと驚きで大きな悲鳴を上げた駱駝は、それから逃れようと猛然と走り出そうとしました。でも、あまりに突然に生じた痛みのせいか、駱駝は自分がたまたま向いていた方に走り出そうとしており、それが進もうとしている先は、小道の崖を超えた空中でした。
「イヤァッ・・・・・・」
 激しく動きだした駱駝から振り落とされないようにと、理亜は反射的にその身体にしがみつきました。
 駱駝の引き綱を握っている王柔の手に強大な力が掛かりました。彼は大事な理亜が乗る駱駝の引き綱を絶対に離すことがないようにと、それを手に巻き付けていましたが、その力は彼の体重など問題にしないほど大きなもので、理亜の乗る駱駝は自分のの引き綱を握る王柔を体ごと引きずりながら、前へ進もうとしていました。
 彼らの隣で、自分の馬にぴったりと寄り添って駱駝の狂騒から身を潜めていた羽磋は、その事態に気づくととっさに自分の馬の引き綱を手離して、王柔が握る理亜の駱駝の引き綱に飛びつきました。
「お、王柔殿ぉっ」
「う、羽磋殿、すみませんっ。う、うううう」
 小柄な男とは言え、羽磋も立派な男です。しかし、極度に興奮してしまった理亜を乗せた駱駝は、王柔の体に加えて羽磋の体も引きずりながら、前へと走りました。
「くくうっっ。止まれ止まれぇ」
「ああ、駄目だ。理亜、しっかりと掴まって・・・・・・」
 王柔も羽磋も、最後まで理亜が乗る駱駝の引き綱を離しませんでした。
 そう、彼らの体が駱駝に引きずられて、小道の崖を超えて空中に放り出される、その時までです。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

最前線

TF
ファンタジー
人類の存亡を尊厳を守るために、各国から精鋭が集いし 最前線の街で繰り広げられる、ヒューマンドラマ この街が陥落した時、世界は混沌と混乱の時代に突入するのだが、 それを理解しているのは、現場に居る人達だけである。 使命に燃えた一癖も二癖もある、人物達の人生を描いた物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

処理中です...