月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
299 / 361

月の砂漠のかぐや姫 第296話

しおりを挟む
 理亜の言葉で、いまでも彼女が自分を好きでいてくれていることを確認できて安心した王柔は、激しく感情を昂らせた反動もあってか、彼女の身体に手を回したままで少し気を緩めていました。そこへ飛んできたのが、思いがけないほど厳しい羽磋の声でしたから、王柔は仕事中に居眠りをしていたところを揺り起こされた子供のように、理亜の身体からバッと手を離すと、背筋をピンッと伸ばしました。
「す、すみませんっ、羽磋殿。あ、えーと、あの球体ですよね、濃青色の。あれは・・・・・・、いや違う・・・・・・。確かに、見当たりませんね。どこに行ったんだろう・・・・・・」
 羽磋に促されて、慌てて王柔も首を振って周囲の確認を始めました。
 彼らは丘の上に立っていましたから、広い地下世界の奥の方まで見通すことができます。視線を理亜から外して辺りに向けたところ、即座に幾つかの丸い球体がプカプカと空間を漂っているのが見て取れました。母親に投げつけられた竜巻の恐ろしさが思い出されたのか、それが目に入った途端に王柔の息はクッと止まってしまいましたが、僅かな間の後に、彼は大きな安堵の息を吐くことができました。地下世界の空を漂っていた球体は、いずれも下草の葉の上で光る朝露のように透明で、濃青色の球体の姿はどこにも見られなかったからでした。
 始めはあちらを見た後で直ぐにこちらを見るなど、恐々とした様子ではありつつも緊張感を持って確認をしていたのですが、自分たちの近くには濃青色の球体がいないようだと思えてくると、緊張が解けたのか、王柔の動きは緩慢なものになってきました。
 もともと王柔は、「母を待つ少女」の母親や、それが転じた姿である濃青色の球体から逃げようと、羽磋や理亜たちに訴えていました。ですから、その姿が見られないことは、王柔にとってはとても嬉しいことでした。緊張で力が入っていた王柔の肩は穏やかに下がり、表情も柔らかなものに変わりました。
 一方で、王柔の傍らでは、彼とは対照的に心配気な表情を浮かべた理亜が、キョロキョロと周囲を窺い続けていました。
「どうやら、理亜はまだあの濃青色の球体のことを、心配しているみたいだ。アレは僕たちを殺そうとした、あの母親なんだぞ。それなのに、どうしてそんな気持ちになれるんだろう。いや、さっきみたいに怒っちゃいけない。それはいけないけど、理亜の気持ちはどうしてもわからないな」
 王柔は感情に流されて理亜を激しく詰問してしまったことを深く反省していたので、その疑問をまた理亜にぶつけることは、とてもできませんでした。それに、ちょうど羽磋から声を掛けられたところでもあったので、その疑問は羽磋に対して投げかけることにしました。
 恐怖の対象である濃青色の球体がどこかに行ってしまったようだったので王柔はホッとしていましたし、過度に感情的にならないようにと強く意識をしていたところでもあったので、彼が羽磋に掛けた声の調子は、いつもののんびりとした調子以上にのんびりとしたものになっていました。静かな地下世界に生じたその声は、焦りの色を濃くしながら周囲に球体の姿を探す羽磋や、まるで身内の者を探しているかのような心配の表情を浮かべている理亜とは、全く対照的なものでした。王柔と羽磋たちとでは、いまの状況に対する捕らえ方が大きく異なっていて、それが態度にはっきりと現れているのでした。
「羽磋殿。やっぱり、あの濃青色の球体は見つからないですね。どこかに行ってしまったんじゃないでしょうか。いやぁ、良かったですよ。あんな恐ろしいもの、もう二度と出会いたくないです。ところで、どうして理亜はあんなのに対して、お母さんなんて呼び掛けるんでしょう。羽磋殿には、わかりますか? 僕には、その理由が想像もつかないんです」
「わかりませんかっ?」
 必死になって濃青色の球体の姿を探しているところに、あまりにものんびりとした、それも、球体の姿が見えなくて喜んでいることがありありとわかる声を掛けられたものですから、羽磋が反射的に返した答えは、とても尖ったものになってしまいました。
 思っていたものとは違う羽磋の反応に、驚いて羽磋の顔を見る王柔。口から出た言葉の激しさに自分でも驚いてしまい、王柔の顔を見上げる羽磋。一瞬の間が生じましたが、次の瞬間には二人は我を取り戻して、お互いに「すみません、すみません」と謝罪の言葉を口にしました。そして、辺りを見回すのを一時中断して、話を始めました。
「すいません、変なことを聞いてしまって。でも、どうしてもわからないんです。理亜は、どうしてしまったんでしょう。ここに入って来てから自分一人で走り出したかと思うと、この丘の上で濃青色の球体にお母さんと呼び掛けたりしてます。それに・・・・・・」
 王柔は、チラッと理亜の方へ視線を走らせました。彼女は足を止めて話し出した二人とは違って、まだ、空間のどこかに濃青色の球体が浮いてはいないかと、懸命に探し続けていました。
「それにですよ、羽磋殿。僕たちが球体に飲み込まれた後、どういう理屈なのかはわかりませんが、僕たちは母を待つ少女の母親と会っていましたよね。そこで、僕たちを殺そうとしてきた母親に羽磋殿が立ち向かってくれたのに、理亜は羽磋殿ではなくて母親の方をかばうように、間に入ってきました。一体どういうことなんでしょうか、そもそも、理亜のお母さんはもう亡くなっているはずですし・・・・・・」
「おっしゃること、わかります。僕も、理亜が僕と母を待つ少女の母親の間に割って入って来たのには、本当に驚きましたから」
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...