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――――小さな離宮。
俺は以前、ジュール様とその母上が住まれていたという使われずに放置されていた離宮に来ていた。急造の鉄格子が備えつけられており……
その中にヘンリー王子……いや元王子と言った方がいいか……
俺は彼に王国での変化を告げる……
「バカな!!! 俺をこんな兎小屋に幽閉した上に、廃嫡して、妾腹のジュールを王太子にするだと!?」
質素な机を両手で叩き、憤慨している。
「父上は正気の沙汰か!!!」
俺はあなたこそ、正気で数々の蛮行を繰り返したのかと言ってやりたかったが……
ジュール様がアランの尋問と裁判は行ったのは陛下のご裁可によるもので、ヘンリー王子を廃嫡し、ジュール様を王太子に据えた上での初仕事だった。
だが、幽閉されたことに気落ちしたのか、急に弱気になり、俺にアーシャとの面会を求めてくる。
「頼む……このような生活がずっと続いたら、地獄だ……せめて、アーシャと会わせて欲しい……」
「分かりました、アーシャに掛け合ってみます。但し、お会いするかどうかは彼女が決めることですので確約は出来ません」
「それで構わない……頼む……」
判断に迷ったがアーシャ自身がこの男と決別する機会があるなら、と思い話を持っていくことにしたのだった。
☆
ヴェルからヘンリーが私と会いたがっていると聞いたときは驚きました。少し躊躇ったというのが正直なところ……
でも、ヴェルの言った決別する機会にはちょうど良かったと思い、話を受けたのです。
イライザや若い女の子達の無念を伝えるために……
鉄格子を隔て、私はかつての婚約者だったヘンリーと対面していました。自信満々だった形は潜め、弱々しく感じた彼の姿。
「なあ、アーシャ……俺は間違っていた……イライザに騙されたんだ。お前という良き婚約者を蔑ろにしたことを謝罪したい」
「私よりもイライザに……彼女の魂を弔ってあげて下さい」
「ああ……そんなことくらい幾らでもしてやるから」
「必ずですよ!」
「それよりもだ、俺をここから出すよう皆に働き掛けてくれ、なあ、頼むよ……男と女の仲になった間柄だろう?」
「それを断ち切ったのはあなたです……もう、お話しすることなんて……」
「待て! いや、待ってくれ……もし、私が軟禁を解かれ、王太子に復帰した暁には望む物は何でもやろう。いや、俺とやり直し、王妃の地位もくれてやってもいい!」
「私は別にそんな望む物なんて……」
もう、ヘンリーと過ごす苦痛には堪えられない!
「そうか? 侯爵令嬢だったお前だ。騎士如きの給金では贅沢な暮らしどころか満足のいく食事すら出来まい」
私の着ている綿で出来た街娘のような庶民的な衣装を見て、そんなことを言ってきます。
「どうだ? 悪い話ではないだろう?」
鉄格子の間から腕を伸ばし、私に触れようとしてきました。私は席を立ち、拒絶します。
「ヘンリー、もう諦めて! 臣下のアランには極刑が下るそうよ。あなたの命だけは助かるんだから……それに比べれば……」
「何故だ、アーシャ! 臣下が一人や二人死のうが知ったことではない。それよりもだ、この俺がお前にわざわざ頭を下げてやっているのだぞ?」
イライザのときもそうでしたがヘンリーには私の言葉は届きそうにありません。それどころか……
「それにあんな一介の騎士と添い遂げて、何が得られるというのだ! お前さえ、偽証してくれれば、王太子に返り咲くことも夢ではない!」
ヴェルのことまで悪く言うなんて……それに偽証したことをあとで掘り返し、イライザのように私を……
「なあ、頼む、この通りだ……」
せがむ彼に私は強く首を横に振りました。この鉄格子がなければ、彼の頬を思い切り、叩いてやりたい……
「ヘンリー……分かったわ。もっと顔を近づけて……」
「何だ? 格子越しにキスでもしたいのか? それぐらいなら、よかろう。幾らでもしてやるぞ」
ブッ!!!
でも、檻に阻まれ、出来ません。だから、思い切り唾を吐きかけたのです。イライザや犠牲になった若い子達の無念も込めて。
「何をするっ!?」
「ありがとう、ヘンリー。あなたのお陰で本当に私を愛してくれる人を見つけられたの。もう会うこともないでしょう、さようなら……」
もしかしたら、ヘンリーが心を入れ替えてくれる。そんな淡い希望を持った私が馬鹿でした。
「アーシャ! こんなことをして、どうなるか分かっているだろうな! 楽には殺さんぞ!!!」
話していて、全く反省の色が見えなかった彼の下から踵を返し、離宮をあとにします。離宮を出るとヴェルが待っててくれていて……
「終わったのか?」
「はい! ヘンリーはこのまま幽閉されている方がこの国にとって一番だと思います」
「だな」
ヴェルは私の言葉にそう一言返事したのでした。
「じゃあ、帰ろう」
差し出された手……私は彼と手を繋ぎ、家路に就きます。
しかし、数日後に事件が起こるなんて予想もしませんでした。
俺は以前、ジュール様とその母上が住まれていたという使われずに放置されていた離宮に来ていた。急造の鉄格子が備えつけられており……
その中にヘンリー王子……いや元王子と言った方がいいか……
俺は彼に王国での変化を告げる……
「バカな!!! 俺をこんな兎小屋に幽閉した上に、廃嫡して、妾腹のジュールを王太子にするだと!?」
質素な机を両手で叩き、憤慨している。
「父上は正気の沙汰か!!!」
俺はあなたこそ、正気で数々の蛮行を繰り返したのかと言ってやりたかったが……
ジュール様がアランの尋問と裁判は行ったのは陛下のご裁可によるもので、ヘンリー王子を廃嫡し、ジュール様を王太子に据えた上での初仕事だった。
だが、幽閉されたことに気落ちしたのか、急に弱気になり、俺にアーシャとの面会を求めてくる。
「頼む……このような生活がずっと続いたら、地獄だ……せめて、アーシャと会わせて欲しい……」
「分かりました、アーシャに掛け合ってみます。但し、お会いするかどうかは彼女が決めることですので確約は出来ません」
「それで構わない……頼む……」
判断に迷ったがアーシャ自身がこの男と決別する機会があるなら、と思い話を持っていくことにしたのだった。
☆
ヴェルからヘンリーが私と会いたがっていると聞いたときは驚きました。少し躊躇ったというのが正直なところ……
でも、ヴェルの言った決別する機会にはちょうど良かったと思い、話を受けたのです。
イライザや若い女の子達の無念を伝えるために……
鉄格子を隔て、私はかつての婚約者だったヘンリーと対面していました。自信満々だった形は潜め、弱々しく感じた彼の姿。
「なあ、アーシャ……俺は間違っていた……イライザに騙されたんだ。お前という良き婚約者を蔑ろにしたことを謝罪したい」
「私よりもイライザに……彼女の魂を弔ってあげて下さい」
「ああ……そんなことくらい幾らでもしてやるから」
「必ずですよ!」
「それよりもだ、俺をここから出すよう皆に働き掛けてくれ、なあ、頼むよ……男と女の仲になった間柄だろう?」
「それを断ち切ったのはあなたです……もう、お話しすることなんて……」
「待て! いや、待ってくれ……もし、私が軟禁を解かれ、王太子に復帰した暁には望む物は何でもやろう。いや、俺とやり直し、王妃の地位もくれてやってもいい!」
「私は別にそんな望む物なんて……」
もう、ヘンリーと過ごす苦痛には堪えられない!
「そうか? 侯爵令嬢だったお前だ。騎士如きの給金では贅沢な暮らしどころか満足のいく食事すら出来まい」
私の着ている綿で出来た街娘のような庶民的な衣装を見て、そんなことを言ってきます。
「どうだ? 悪い話ではないだろう?」
鉄格子の間から腕を伸ばし、私に触れようとしてきました。私は席を立ち、拒絶します。
「ヘンリー、もう諦めて! 臣下のアランには極刑が下るそうよ。あなたの命だけは助かるんだから……それに比べれば……」
「何故だ、アーシャ! 臣下が一人や二人死のうが知ったことではない。それよりもだ、この俺がお前にわざわざ頭を下げてやっているのだぞ?」
イライザのときもそうでしたがヘンリーには私の言葉は届きそうにありません。それどころか……
「それにあんな一介の騎士と添い遂げて、何が得られるというのだ! お前さえ、偽証してくれれば、王太子に返り咲くことも夢ではない!」
ヴェルのことまで悪く言うなんて……それに偽証したことをあとで掘り返し、イライザのように私を……
「なあ、頼む、この通りだ……」
せがむ彼に私は強く首を横に振りました。この鉄格子がなければ、彼の頬を思い切り、叩いてやりたい……
「ヘンリー……分かったわ。もっと顔を近づけて……」
「何だ? 格子越しにキスでもしたいのか? それぐらいなら、よかろう。幾らでもしてやるぞ」
ブッ!!!
でも、檻に阻まれ、出来ません。だから、思い切り唾を吐きかけたのです。イライザや犠牲になった若い子達の無念も込めて。
「何をするっ!?」
「ありがとう、ヘンリー。あなたのお陰で本当に私を愛してくれる人を見つけられたの。もう会うこともないでしょう、さようなら……」
もしかしたら、ヘンリーが心を入れ替えてくれる。そんな淡い希望を持った私が馬鹿でした。
「アーシャ! こんなことをして、どうなるか分かっているだろうな! 楽には殺さんぞ!!!」
話していて、全く反省の色が見えなかった彼の下から踵を返し、離宮をあとにします。離宮を出るとヴェルが待っててくれていて……
「終わったのか?」
「はい! ヘンリーはこのまま幽閉されている方がこの国にとって一番だと思います」
「だな」
ヴェルは私の言葉にそう一言返事したのでした。
「じゃあ、帰ろう」
差し出された手……私は彼と手を繋ぎ、家路に就きます。
しかし、数日後に事件が起こるなんて予想もしませんでした。
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