紅の夢

ちくわ

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紅の夢

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紅の夢

【 退屈な日常 】

「退屈だ。」 アパートに強い朝日が差し込み、真夏の酷暑が猛威を振る。田中悠希は重い身体を起こし、大学に行くため身支度をして狭く散らかった部屋を出て、ポストの中を確認し家を出た。飽きるほど見た通学路の景色は代わり映えも無く、大量に咲く枯れかかってる木瓜の花や、小学生の登下校を見守る老人、囀る小鳥の群れ、話に花を咲かせる近所の人、毎日毎日同じ日常の繰り返しに田中の退屈は増すばかり。
「めんどくさいし、今日は学校いいや。」
コンビニに寄り、安っぽいチューイングアイスを買って田中はある場所へと向かった。
「懐かしいな。」
そこは、色々な思い出があり、自分の全盛期を彩った場所でもある"月極高校"だった。校門の前で田中は思い出や教師、そしてある親友のことを思い出していた。

【希望】

炎天下三十度の中外でサッカーをする同級生、些細な事ですぐに怒る教師、鳴り止まないセミの音、高校二年生の田中は学校生活全てにおいて嫌悪感を抱いていた。ただ一人を除いて。隣の席の女子 佐々木仁子 とは唯一気が合い、両者共に隣の席なのにも関わらず、紙伝いで気持ちを共有し合っていた。うざい知人の愚痴や自身の好きな食べ物等のベタなものなどでも共有し合い、自分と同じ性格、周りに劣等感を抱いている等の共通点の多さ、整った顔、美しい髪の毛、そんな様々な点から田中は徐々に佐々木に惹かれていった。ある放課後、皆部活動等でいなくなった後、田中は勇気を振り絞り佐々木に声をかけた。
「始めまして、田中悠希です。」
「…始めまして。」
言葉足らずだが佐々木もそれに応えた。そこからは、屋上や誰にの目にもつかない所でのみ、紙伝いではなく"言葉"で気持ちを伝えあった。
「佐々木さんは、なんで他の友人を作らないんだ?佐々木さんなら沢山出来そうだけど。」
「必要ないから。」
「なら俺と話してるのはなんでだ?」
「なんでだろうね。」
「友人を作らないんじゃなくて作れないのか?」
「そうかもね。」
「俺は佐々木さんの友人には値するのか?」
「……」
その日はそれで会話は終わった。次の日も校内では紙伝い、自分達だけなら言葉、そんな風に毎日を過ごしていた。

ある日の休み時間の事、ふざけた猿のような同級生共に佐々木さんは絡まれていた。
「こいつ、ずーっと外ばっか見てんじゃん笑笑」
「ほんとだ笑、友達居ねえのかな笑笑」
「……」
「何とか言えよ笑」
「……」
「こいつなんも言わないってさ~」

佐々木さんは終始無感情と無言 だけ は突き通していた。



「なんで今日言い返さなかったんだ?」
「なんでだろうね。」
「悔しくないのか?」
「別に。」
「ならなんであの後紙伝いで俺と話してくれなかったんだ?」
「……」
その日もそれで会話は終わった。
次の日も、次の日も、少し変わったとしても同じような毎日をずっと過ごしていった。



一ヶ月後佐々木さんは初めて学校を休んだ。田中は孤独感を感じざるを得なく、一人机に突っ伏していた。
六限目にて、田中は教師から信じられない言葉を聞いた。
「佐々木の事で、知ってる人もいると思うが、とある高校に転校することになった。」
「……え?」
その日田中は校内で初めて声を出し、絶望した。明日も明後日も明明後日も、横を向いても佐々木さんの居た机とカーテンしか目に入らない事を、、佐々木さんがもう居ない事を、田中は受け入れることが出来なかった。

三年生になる直前、田中は学校を辞めた。教師にも止められず、理由も何も言わず、誰にも心配される事無く。
 
一そして四年後、田中の人生に"何か"が訪れた一

【再会】

帰りに、自転車を押しながら、元あった佐々木の家の前 一今は空き地一 を通ってから本屋に寄り、好きな小説家の本を買って帰路に着いた。昼過ぎに家に着き、昼ごはんを食べること無く買った本を読み、床についた。
午後九時に目が覚めた。何もすることも無く、田中は寝癖も直さず、財布をもって徐に外出した。外は雨が降っており、早朝のような雰囲気とは一変して人気が全く無く、常に孤独感や劣等感を感じるような暗く、希望も何もない夜道を傘を差し、歩いた。

十分後、田中は雨の中、すぶ濡れになりながら座っている女を発見した。何故だか田中は敬語を使わず友人のように話した。
「…大丈夫、じゃないよな?」
「…ほっといて。」
「こんな雨の中、ほっとけない。」
「……」
「家はどこにあるんだ?」
「…知らない。」
「……とりあえず雨止むまで、俺の家行くぞ。」
「……」
女は無言で着いてきた。女に傘を渡し、先導するように歩いた。
家に着き、無造作に散らかった家に女を招き入れた。
女は頑なに隅から動かず、体育座りをしながらずっと外を見ていた。刻々と時間が過ぎて行き、やがて雨が止み、まだ雨の生臭い匂いが残っている状態で、田中は一つ提案した。
「自転車で、何処かちょっと遠くに行かないか?」
自分でも何故こんな事を言ったのか理解出来ない。
「……」
女は無言で着いてきた。田中の後ろに女が乗り、ひたすら真っ直ぐ突き進んで行った。
「何歳なんだ?」
「…21」
「俺と同じだな。大学には行ってるのか?」
「行ってない。」
「仕事は?」
「してない。」
「そうか。」
三十分程進んで、とある公園に着いた。
雨で濡れたベンチに座り、女に質問した。
「あそこで何してたんだ?」
「…人を探してた。」
「誰をだ?」
「誰でも。」
「どういう事だ?」
「私の手伝いをしてくれる人を探してた。」
「…手伝い?」
「そう、手伝ってくれる?」
「何を手伝えばいいのか分からないが、俺に出来ることなら」
急に饒舌になった女を見て、少し田中は困惑していた。それと同時に微細程度の "畏怖"を感じた。そして次に女から出た言葉で、田中は絶句した。


 『復讐という名の人殺しを、手伝って欲しいの。』


【報復】

「…はあ?人殺しって…正気か?」
「そうよ、貴方には私の復讐を手伝って欲しいの。」
「いや、なんで俺なんだ?他にも沢山いるのに。」
「貴方にしか頼めないから。」
「……」
田中は葛藤した。このまま生きてれば一発逆転、まだ大金持ちにもなれるかもしれない。そして、これから先、 佐々木さんにも会えるかもしれない。 でも、常識から外れた頼み事、初めて感じた畏怖、警察に捕まればゲームオーバー、そして退屈な人生に色が着く出来事に心が踊る自分もいた。

「分かった。俺もその復讐、手伝わせてくれ。」
「決まりね。」
「復讐したい相手は全部で五人」
「誰だ?」
「私の父、私をいじめた主犯格の女、体育館裏で私の事を強姦した教師、いじめに加担して助けてくれなかった元親友」
「あと一人は誰なんだ?」


『貴方よ、田中悠希。』
田中はまたもや困惑した。
「…なんで俺なんだよ。」
「私の名前、 佐々木仁子。」
その言葉を聞いた途端、田中は全てを理解した。
「…なるほどな。」
「そうと決まれば、まずは武器の買い出し。」
「そうだな。」
田中は佐々木さんが急に目の前に現れたにも関わらず、動転等は全くしなかった。

田中は佐々木さんに連れられるままに百貨店に入った。佐々木さんは、武器に包丁や、ナイフではなく、目立たない裁縫鋏を選んだ。
「とりあえず、明日になるまで 貴方の家に居させて。明日の朝から動きましょう。」
「あぁ。」
2人はそのまま田中の家に行き、何も会話せずに就寝した。見る度佐々木さんは、微かながら震えていた。

【進捗】

翌朝六時、2人は足早に家を出た。
「まずは私をいじめた主犯格の女。」
「分かった。案内してくれ。」
聞けば佐々木さんは、前の学校からそう遠くない学校に転校した事を知った。だからまた佐々木さんと出会えた。田中は自分が復讐の相手だと分かっているのにも関わらず、気分が高揚していた。そんな自分に少々恐怖を感じる。

「家に着いたら、あなたはバックアップに回ってください。」
「分かった。」
いじめっ子の女の家に着き、佐々木さんは綺麗に研がれた裁縫鋏を左手に握り、インターホンを押した。
中から出てきたのは、髪の毛は金髪、ネイルも沢山している、メイクも濃い、ギャルっぽさが垣間見える様な女がでてきた。そんな事を思ってる間に、その女の腹部には先程見た裁縫鋏が刺さっていて、大量に血が出ていた。何が起きたか田中にも分からなかったが、女に絶叫させる暇も与えずに、佐々木さんは何度も何度も何度も何度も何度も何度も裁縫鋏を刺し続けた。やがて内臓が見え、顔は生前の面影もなく、見るも無惨な 何か になっていた。
「これで1人目は終わりです。」
「あ、あぁ…」
案外呆気なく終わったな と田中は口には出さず心に留めておいた。
「……」
「……」
「…一旦、家に戻っても良いですか?」
「あぁ。」

田中は気持ちの整理があまり出来ていないまま自転車を漕いだ。
「…佐々木さん、精神的には大丈夫なのか?」
「ええ、ちっとも。」

だが田中は自分が人殺しに加担しているのに対して高揚を覚えずにはいられなかった。
家に着き、佐々木さんは血だらけになった服を着替えそのまま田中のベッドに横になった。
田中は佐々木さんの横に座った。
「本当は精神的に参ってるんじゃないか?」
「…知らないです。」
「そうか。」
田中はキッチンに行き、汚れたコーヒーメーカーを起動してコーヒーを作り始めた。
「佐々木さんは苦いの大丈夫か?」
「……」
返答がないのでとりあえず砂糖をすり切り1杯入れた半ブラックコーヒーのようなものを2つ作った。
佐々木さんは重そうに身体を起こし、小汚い床の上に座っている田中と共に、両者コーヒーを口に運んだ。
「佐々木さんは俺に怨みがあるのか?」
「…そりゃありますよ。」
「ならなんで最初に俺を殺さないんだ?」
「つまらないからです。」
「じゃあ最初にあの女を殺したのは?」
「価値のないゴミクズだったからです。」
「俺は違うのか?」
「知りません。」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか2人のカップの中は空になっていた。
「…そろそろ寝るか。」
「……」
佐々木さんは無言でベッドに入った。田中は佐々木さんを起こす事無く、渋々床の上で雑魚寝した。


翌朝、田中が目を覚ますと佐々木さんはもう次の復讐相手を殺りに行く準備をしていた。
「佐々木さん…まだ朝5時だ…早過ぎないか?」
田中は疲れも溜まっている為少々ふてぶてしく佐々木さんに尋ねた。
「そんな事言ってる暇があるなら早く準備してください。」
「へいへい。」
少し時間が経って覚醒してくると、田中はちょっとした変化に気づいた。
「…もしかして佐々木さん、片付けてくれたのか?」
「ネズミでも来たんでしょう。」
「ははっ、そうか。」
田中は久々に素で笑った。

「早く行きますよ」
「わかったよ。」
2人は昨夜よりも軽い足取りで家を出た。お決まり通り佐々木さんはいつも通り自転車の後ろに乗り、田中が運転する。
「昨日より早めに漕いでください。」
「分かってるよ。」
二人は次の復讐相手、元親友の家へと向かった。


元親友の家に着いたが、今度は手に裁縫鋏を握らず、家の玄関に歩いていった。
「昨日みたいにすぐ殺るんじゃないのか?」
「…改心してるか見てみたいんです。」
「そうか。」
元でも親友であったのには変わりないと、田中は深く疑わなかった。
インターホンを押すと、中から女が出てきた。やせ細って、髪も無く、とても二十代には見えない容姿の。
「久しぶり、元気だった?。」
「…………」
何も言わずに女はドアを閉めた。
「…次に行きましょう。あんな人に復讐しても無駄です。」
「いいのか?昨日よりも絶対殺りやすいぞ?」
「あのままほっとけば、いずれ死にます。」
「自分の手でやらなくていいのか?」
「いいんです。」
「了解だ。」
「次に行く前に、少し私と話しましょう。」
「…分かった。人が来なさそうな場所に行こう。」

【追憶】

人気のない路地に着いた。佐々木さんは路地の角に行き、いつも通り体育座りで座っていた。田中は路地の石壁の上に登り、佐々木さんを見下ろす形で座った。
「…話ってなんだ?」
「…少しだけ、昔の話をしましょう。あれはまだ私達が同じ学校、隣の席同士だった時の話です。あなたはあの時、私を…」


ある日の休み時間の事、ふざけた猿のような同級生共に佐々木さんは絡まれていた。
「こいつ、ずーっと外ばっか見てんじゃん笑笑」
「ほんとだ笑、友達居ねえのかな笑笑」
「……」
「何とか言えよ笑」
「……」
「こいつなんも言わないってさ~、悠希。」


「なあなあ悠希、こいつ全然喋らないぜ?どうする?」
「…そうだな。なんで喋らないんだろうな笑」
田中は苦笑した。
「いつも通り悠希もなんか言ってやれよ笑」
田中は非常に気分が高揚していた。
「おい、お前なら俺の気持ち理解出来るよな?なら放課後とか暇な時、屋上来いよ。来ないなら、まぁ分かるよな?」
「……」
「やっぱ悠希はキッついなー笑」
「流石悠希だ笑」
「うるせえな、黙れよお前ら。」
田中は、綺麗な顔や髪の毛の人、自分が良いと思った人を脅し、貶し、恐喝し、段々と自分の顔を伺いながら生活するようになっていく様を見るのが大好きで、快感を感じる。そんなサイコパスないじめっ子だった。だから取り巻き達にも全く興味を示さず、簡単な言葉で終わらせる。

放課後、屋上で田中は佐々木さんと対になって屋上の角まで行った。
「…誰にも疑われないように、普通に接しろよ?」
「…分かった。」

「なんで今日言い返さなかったんだ?」
「なんでだろうね。」
「悔しくないのか?」
「別に。」
「ならなんであの後紙伝いで俺と話してくれなかったんだ?」
「……」
会話はそれで終了した。

「悠希、どうだった?」
「…あいつも絶対…」
「お、おぉ、頑張れよ悠希」

それから1ヶ月もの間、田中は佐々木さんへのアプローチという名の嫌がらせを続けた。
「おっと、手が滑った。」
滑った手は佐々木さんの頭部を直撃し、佐々木さんは後ろに仰け反った。
「うわ、痛そっ…でも…」「可哀想…でも…」「でも」「でも」「でも」
「でもしょうがないよね…」
周りもただただ傍観してるだけしか出来なかった。

「佐々木さん、これからもちゃーんと学校来いよ。つまんねぇから。」
「……」
「いやなんか言えよ。」
「……」
そして1ヶ月後、佐々木さんは他の学校に転校していった。田中は「佐々木さんがいないなら、こっから先どうせつまんねぇ」と思い学校を辞めた。佐々木さんは、次の学校でも、女子校だった事をきっかけにいじめられ、親友に裏切られ、教師にも見捨てられ、波乱万丈な生活を送った。



「……そうだな、俺は佐々木さんを貶めようとしていた。」
「なら貴方が全ての元凶なのに何故、私が貴方の事をすぐに殺さないか、こうやって面と向かって話せているか、分かりますか?」
「すまないが、全く分からない」

『私は、貴方の事がずっと好きだった。』

田中は苦笑した。
「俺が佐々木さんに嫌がらせしてたのにか?」
「ええ、ずっと好き  でした。でも段々とエスカレートして行く嫌がらせに嫌気が指していたのも事実、転校してから嫌がらせを受けるにつれ、貴方に対する怨みも段々と増えて行きました。怨みと好意が混在する状況、こんな事をしようと思ったんだと思います。だから私は貴方を1番最後に復讐(殺す)んです。」
「……ただ、改心している貴方を見て、少し復讐の気持ちが薄くなっているのも事実です。」

考えるより先に、田中の口からある言葉が出かけた。
「…佐々木さん、本当に…」
そこまで言った時、佐々木さんが話を遮った。
「謝らないでください。許しません。」
「…だよな。」
「…なら、俺に罪滅ぼしをさせてくれないか?」
「なんです?罪滅ぼしって。私に対するただの点数稼ぎでしょう」
「そう思うなら仕方ないと思う。なら佐々木さんが最後に殺すに相応しいと思う様な行いをさせてくれ。」
「勝手にしてください。」
「ああ、勝手にさせてもらう。」
「…こんな状況で言うのもなんだが、佐々木さんの事、仁子って呼んでも良いか?」
「…勝手にしてください。」
「ああ、勝手にさせてもらうよ、仁子。」
太陽が一方向から差し、ハルジオンの咲く路地を明るく照らした。

【絶望】

「次の相手は誰にするんだ?」
「私を強姦した教師です。」
「またいつもので行くか?」
「はい。」
田中は仁子を後ろに乗せて、また自転車を漕ぎ始めた。
「急ぎでお願いします。」
「了解っ。」

男の家に着き、仁子は左手に裁縫鋏を握ってインターホンを押した。
「…はい、なんでしょうか?」
「た、宅配便デース。」
「今行きます。」
「…貴方、演技下手すぎです。」
「ははっ、ごめんごめん。」
中から出てきたのはしっかりした身なりに髪型、清潔感のある40代から50代の男。
「…おお!佐々木じゃないか!それと、彼は?」
「えーっと、仁子の友達です。」
「それは良かった!ささ、上がった上がった!」
一人で勝手に盛り上がって、話の聞く気のない男の様子を見ていた田中と仁子は、その剣幕に負け家に上がることになった。
「…これは仕方ないと思います。」
「ああ、同感。」

家の中はしっかり清掃されており、様々な家具が並ぶ中、比較的質素な部屋に案内された。
「好きなとこに座ってておくれ。」
「あ、はい…」
それから五分程経ったあと、男が2人分のお茶を田中達に差し出してきた。
「あ、どうも。」
「……」


「今回はどんな要件で?」
「私が来た  ということで、分かるでしょうに。」
「……」
男は暫し沈黙し、やがて言葉を発した。
「あの時は、本当にすまないと思っている。俺もまだまだ未熟で、後先考えられてなかった。」
「そんなので許してもらえると思ってるんですか?」
「思っていない。でも、俺にはこれしか出来ない。本当にすまない…」
「………」
2人は同時にお茶を1口飲んだ。その後も話は続き、仁子が男を貶し、男はそれに反論する事なく、謝り続けるという図が展開された。
「全く、何度言ったらわかるんですか…」
「すまない…すまない…」
「謝罪は必要ないと言ってるで………」

突然仁子の動きが止まり、その場で倒れた。田中は仁子の容態を確認するため、立ち上がり仁子の側まで寄った。その時に目に入ったのは、自分の飲んだお茶には何も入っていないが、仁子が飲んだお茶の中には大量の 何か が粉状になって沈殿していた。
そこで田中の頭に腰に激痛が走った。
田中は何が起きたかも分からず、ただ床に這い蹲るしか出来ない。警棒で殴られたのだ。
「…すまないなぁ佐々木。俺はずーーっとお前の事を考えて考えて…」
田中は仁子の名前を何度も呼んだ。しかし、返答はない。
「…仁子!仁子!」
「…ちっ、うるせえなぁ」
男は田中に近づき、何発も何発も警棒で殴られた。意識が朦朧とする中、田中は仁子の名前を呼び続けた。


田中が目覚めた時には、仁子の上に男が跨るように座り、仁子に向かって何かを言っている。田中はさっきよりも痛みが和らいでおり、動ける様になっていた。
「お前が悪いんだぞ仁子ぉ。俺を、俺を誑かすから。ははっははははっ。」
気づかれぬよう男の背後に田中は忍び込み、思いっきり頭をお茶の入ったコップで殴った。男は一事怯んだが、直ぐに立ち上がり、田中の方に向かってきた。
田中は為す術なく、警棒の餌食に。
「お前はなんなんだよぉクソ野郎」
直後田中の左手に激痛が走った。警棒を捨て、小さなナイフに持ち替え左手の甲を刺されたのだ。
「うっ…」手の様々な所を何度も刺された。仕舞いには、指を…
「お前が悪い…お前が悪い…」
男は田中の薬指にナイフを掛けた。そしてそのナイフを思いっきり自分側(男側)に引いた。血や脂肪、色々な物がとび出て、田中はうずくまった。
「もう終わりだ」田中がそう思った時、男が急に倒れた。
「…仁子?」
仁子は男に跨り、拾った警棒で男の顔を何度も何度も殴った。
直に男は動かなくなり、仁子は崩れるように後ろに下がった。二人は五分間、ただただ唖然としていた。

「…田中さん、大丈夫ですか?」
「ああ、何とか。」
「私のせいで、すみません。」
「生きてるからなんともない。大丈夫だ。」
「…応急処置はしときます。」
「ああ、頼む。」

応急処置が終わり、仁子は足早に家を出ていった。

だが田中は、すぐには外に出ず、落ちているナイフを徐に拾い上げ、一気に男の指を全て切り落とした。
「…俺の指を落としたんだ。こんくらい良いだろ。」
ガーベラの花にも気づかず踏みつけ、田中は興奮を抑えきれないまま男の家を後にした。

【前進】

「私のせいで、すみません。」
「仁子のせいじゃない。悪いのはあの男だ。」
「…ありがとうございます。」
二人は自宅に帰ってきた後、倒れ込むように眠りに入った。帰る際、血だらけの服を誰にも見られなかった事がせめてもの救いだった。田中は痛みで十分も寝れなかったが、仁子はぐっすりと熟睡していた。涙を流しながら。

「…あと一人で、次は俺か。」
刻々と迫るタイムリミットに、田中は覚悟を決めていた。


痛み止めのおかげか、田中はいつの間にか寝ていて、仁子と同じくらいに起きた。時間は八時半、だいぶ寝ていた。
「…四人目、行かないか?」
「……田中さんが大丈夫なら、私は行きます。四人目は、失態を冒しません。」
「…そろそろ俺のことも名前で呼んでくれよ。」
「……分かりました。」
少しばかり、静寂が訪れた。
「うし、じゃあ行くか。」
「はい。」
仁子はもう、微かにも震えてなんかいなかった。


いつも通り悠希は自転車を漕いだ。下り坂だった為、楽に目的地まで行けるようになった。
「…そろそろ警察がやってくるかも知れません。急ぎましょう。」
「ああ。」

目的地に着いた。表札には「佐々木」と書いてある。
「自分の父親を殺しに行く気持ちはどうだ?」
「最高です。」
「そう来なくちゃな。」

インターホンを押し、男が出てきた。男からは強い酒の匂いが充満している。
「…あぁ?なんだ?」
「…どーも」
悠希が挨拶をした途端、相手の腹部からは血が出ていた。そして仁子がまた、何度も何度も男を刺した。
同じような風景を見たなと悠希は思いながらその光景を眺めていた。

もう何も感じない。
ただ人を殺すだけ。
見ているだけ。
手伝うだけ。
殺すだけ。
殺すだけ。
殺すだけ。
殺すだけ。


「…ん……希さん…悠希さん?」
「…ごめん、少しぼーっとしてた。」
「終わりました。ぼさっとしてないで早く逃げましょう。警察が来ました。」
「ああ、分かった。」
とりあえず人気のない所へ悠希は自転車を走らせた。

【終幕】

知らない町、知らない場所、知らない土地、どこだか分からない所を悠希は警察から逃げる為自転車を漕いでいた。
「…流石に車には勝てないな。」
「悠希さん…あそこです。」
「…おっけい。」
悠希はある高い丘へと自転車を走らせた。太腿の筋繊維がブチブチと切れ、乳酸が溜まり脚も動かなくなってきたところで頂点に着いた。
「…警察は、とりあえず来てませんね。」
「ああ、だが時間の問題だ。」
「……あと残りの一人は、貴方だけですね。田中悠希さん。」
「ああ、残りは俺だけだ。」
「…私が一番恨んでいるのは、貴方です。だから、貴方が1番嫌がる方法で復讐します。」
「そうしてくれ。」

突如、自分たちのいる場所が光った。警察が来た。
包囲されている。
「……ここで、終わりか…」
「……」
「悠希さん、貴方は今でも私の事が好きですか?」
悠希は暫し沈黙した。
「…あぁ。大好きだ。この手で俺の物にしたいくらいに。」
「良かったです。最後に貴方がそう言ってくれて。私も貴方を憎み、恨み、そして最も愛しています。だからこそ、私なりの復讐の仕方をさせて貰います。」
「仁子なりの復讐?」
「はい。」
「~~は~包囲~~る~~~~い~~」
音割れする警察の音でかき消されそうになるが、耳に全神経を注いで、仁子の話を聞く。
「私は、貴方が大好きです。だからこそ、復讐します。」

『貴方は、生きて永遠にその罪を償い続けてください。
悪夢を、後悔を、絶対に絶やさないでください。』

そう言って仁子は  "自分の首に裁縫鋏を立て、思いっきり刺した" 貫通し、動脈が切断され今にも溺れそうな程出ている血液。それを見た悠希は、迷わず抱きしめに行った。

『絶やさない、永遠に苦しみ続けるよ、仁子。』

『愛してる。』

締め付けられる感覚がある。最後に、仁子が少しだけ力を込めてくれたのかもしれない。

警察によって引き剥がされ、仁子は救急搬送、悠希は警察に出頭した。


仁子は 九月 十四日 22歳の誕生日、死亡した。


田中悠希は終身刑となった。当然と報いだと、悠希は告訴せず、終身刑を受け入れた。


悠希は牢獄の中でこう綴った。


「俺は、大量の過ちを犯し、それを見て見ぬふりをしてきた。欲にまみれて、後先考えず動き、大事な人を死なせた。後悔をしてもしきれないほど。だけど仁子の思いを、、悪夢を受け止め、後悔し続ける事を絶やさず、苦しみ続ける事を。絶対に、自分を許すことなく二度と忘れない事を、ここに書します。」

~年後

真夏の酷暑が猛威を振るっている。仁子が生きていたら、もし俺が、誠実に仁子と付き合えていたら、今頃結婚を考えている時期だろう。今も俺は、牢獄の中で悔やみ悲しみ、後悔している。

ある贈り物が俺の元に届いた。その贈り物には、佐々木仁子 の名前が書いてある。どうやら仁子は遺書を書いていたらしく、自分が死んだあとこれを時間が経ったあと、俺に届けて欲しいという内容だった。

その贈り物を、俺は開いた。

中身は、俺と仁子が大好きでいつも家に飾っていた、

『紅い彼岸花』だった。


彼岸花の花言葉は『悲しき思い出』


 今の俺たちに、ぴったりだ。
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大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

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