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文目
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いつしか願った、ありきたりな言の葉。そんなもんでもいいだろうと、静かに口を噤む。
五月蠅いくらいに輝くいつかの日の焦燥も、足早に駆け抜けた君の目の前も。消えてなくなった、壊れていったあの日々を。いつか、忘れてしまうように。そうして君のいたプロローグを綴る。
いつになっても消えない画面の前、音も立てず崩れていった日常は、もう二度と僕の前には現れなかった。
あの日、文目は帰ってこなかった。愚かにも文目を願った僕は、深い海の底へ堕ちるように、ただ絶望に飲み込まれていた。もう一か月。彼女はどこで、何を考えているのだろう。いつかの夢想に思いを馳せる。後ろへ倒れ込んだ先、見えない空に手を伸ばす。
僕は憶えている。彼女の体温、匂い、声。美しい、その横顔も。全部、全部。ずっと傍にいたから、笑っていたから。
笑っていたのに、僕は。
何かに気付いた。その何かに突き動かされるまま飛び上がる。気付けば外へ飛び出した僕は、無我夢中で走り出していた。見つからなくたっていい。いつか見た背中を追いかけたかっただけで、
僕は。
走り続ける。目的地も、目標もないまま。ただ足を動かす。
僕は憶えている。彼女の体温、匂い、声。美しい、その横顔も。全部、全部。ずっと傍にいたから、笑っていたから。それなのに、どうして。
僕は文目が、何もわからなかった。何も、わかろうとしなかった。ずっと傍にいたのに、どうして気づかなかったんだ。おかしいのはわかっていた。あんなの前の文目じゃないなんて、心のどこかではとっくに気づいていた。それなのに、何も見ないふりをして、ただ笑って、
「ぁっ……」
石か何かに躓く。宙に浮く身体、その瞬間、落ちてくる地面。
「いっ……ぐうぅ……」
擦りむいた手から血が流れる。打ち付けた体はあまりの痛さに蹲ってしまう。
苦しい、苦しい、なんて言って。ずっと文目を見なかった。ずっと、自分ばかりで。
こんなところで蹲っている場合じゃない。
「う、ぐうっ……!」
立ち上がった僕は力強く前を見る。進むべき未来が見えなくても。
痛む足で立ち上がる。追いかけた先に彼女がいなくても。謝らないと。ずっと傍に、僕がいたこと。
「はあ、はあ…………あっ」
悩む暇もなくひたすらに走り続ける僕の目に、それは突然飛び込んできた。それは見慣れた姿。
「文目!!」
駆け寄った瞬間、その幻想は消えてしまう。彼女を掴んだはずのその手には、土が付いていた。
公園の外れの花壇、たくさんの花が咲くそこには、一輪の花が咲いていた。文目模様のその花は優しく、まるでいつかの彼女のように光を反射する。
そっと両手で、花弁に触れる。それまで流れなかった涙が溢れだす。
どうか、君が花に溺れるまで傍に居られれば。
どこにも届かない願いを閉じ込める。
いつしか綴った、「最悪の思い出」。
ああ、なんだ。
「最悪なのは、僕じゃないか……。」
静かに流れる涙は、やがて花のように散る。
きっともう僕は彼女を求めてはいけないのだと気づいた。
そばにいてはいけないのだと。
壊れてしまった全ては、きっと僕が壊したのだと。
涙で滲んだ茜色の空は遠くて、苦しくて。
僕はそっと、目を閉じた。
次の日、僕は昨日の公園に来た。いつもの淀んだ部屋よりこちらの方が作業がしやすいと、そう判断したからだ。部屋の中とは違う、暖かな日の光に照らされる。昨日の傷に貼った大きめの絆創膏には、血が滲んでいた。
ベンチに座って広げたノートパソコンの端、書きかけの文章を消す。もう思い出すこともない、君の名前さえも消す。
そして再び描くのは、君のいないプロローグ。真新しい、新鮮な世界。どこか曇りかかっていた心が、少し霽れた気がした。
「小説、書いてるんですか?」
不意に、聞きなじみのある声が響く。何故だか、とても懐かしい気がした。遠くて苦しいはずなのに、僕は笑っている。もっと、素直になれたらな。君といたいなんて、ずっと思っていたのに。
「突然ごめんなさい。どうしても、気になってしまって。」
ああ、いつかと同じだ。でも、もう僕はあの時とは違う。
声の主が言葉を続ける前に問う。
「……まだ書きかけですけど、読みますか。」
高鳴る鼓動に息を呑む。振り返った僕の目には、涙の浮かぶ文目が咲いていた。
「……はい……!」
そこに綴られていたタイトル。僕の、ささやかな願い。
『君が花に溺れるまで。』
五月蠅いくらいに輝くいつかの日の焦燥も、足早に駆け抜けた君の目の前も。消えてなくなった、壊れていったあの日々を。いつか、忘れてしまうように。そうして君のいたプロローグを綴る。
いつになっても消えない画面の前、音も立てず崩れていった日常は、もう二度と僕の前には現れなかった。
あの日、文目は帰ってこなかった。愚かにも文目を願った僕は、深い海の底へ堕ちるように、ただ絶望に飲み込まれていた。もう一か月。彼女はどこで、何を考えているのだろう。いつかの夢想に思いを馳せる。後ろへ倒れ込んだ先、見えない空に手を伸ばす。
僕は憶えている。彼女の体温、匂い、声。美しい、その横顔も。全部、全部。ずっと傍にいたから、笑っていたから。
笑っていたのに、僕は。
何かに気付いた。その何かに突き動かされるまま飛び上がる。気付けば外へ飛び出した僕は、無我夢中で走り出していた。見つからなくたっていい。いつか見た背中を追いかけたかっただけで、
僕は。
走り続ける。目的地も、目標もないまま。ただ足を動かす。
僕は憶えている。彼女の体温、匂い、声。美しい、その横顔も。全部、全部。ずっと傍にいたから、笑っていたから。それなのに、どうして。
僕は文目が、何もわからなかった。何も、わかろうとしなかった。ずっと傍にいたのに、どうして気づかなかったんだ。おかしいのはわかっていた。あんなの前の文目じゃないなんて、心のどこかではとっくに気づいていた。それなのに、何も見ないふりをして、ただ笑って、
「ぁっ……」
石か何かに躓く。宙に浮く身体、その瞬間、落ちてくる地面。
「いっ……ぐうぅ……」
擦りむいた手から血が流れる。打ち付けた体はあまりの痛さに蹲ってしまう。
苦しい、苦しい、なんて言って。ずっと文目を見なかった。ずっと、自分ばかりで。
こんなところで蹲っている場合じゃない。
「う、ぐうっ……!」
立ち上がった僕は力強く前を見る。進むべき未来が見えなくても。
痛む足で立ち上がる。追いかけた先に彼女がいなくても。謝らないと。ずっと傍に、僕がいたこと。
「はあ、はあ…………あっ」
悩む暇もなくひたすらに走り続ける僕の目に、それは突然飛び込んできた。それは見慣れた姿。
「文目!!」
駆け寄った瞬間、その幻想は消えてしまう。彼女を掴んだはずのその手には、土が付いていた。
公園の外れの花壇、たくさんの花が咲くそこには、一輪の花が咲いていた。文目模様のその花は優しく、まるでいつかの彼女のように光を反射する。
そっと両手で、花弁に触れる。それまで流れなかった涙が溢れだす。
どうか、君が花に溺れるまで傍に居られれば。
どこにも届かない願いを閉じ込める。
いつしか綴った、「最悪の思い出」。
ああ、なんだ。
「最悪なのは、僕じゃないか……。」
静かに流れる涙は、やがて花のように散る。
きっともう僕は彼女を求めてはいけないのだと気づいた。
そばにいてはいけないのだと。
壊れてしまった全ては、きっと僕が壊したのだと。
涙で滲んだ茜色の空は遠くて、苦しくて。
僕はそっと、目を閉じた。
次の日、僕は昨日の公園に来た。いつもの淀んだ部屋よりこちらの方が作業がしやすいと、そう判断したからだ。部屋の中とは違う、暖かな日の光に照らされる。昨日の傷に貼った大きめの絆創膏には、血が滲んでいた。
ベンチに座って広げたノートパソコンの端、書きかけの文章を消す。もう思い出すこともない、君の名前さえも消す。
そして再び描くのは、君のいないプロローグ。真新しい、新鮮な世界。どこか曇りかかっていた心が、少し霽れた気がした。
「小説、書いてるんですか?」
不意に、聞きなじみのある声が響く。何故だか、とても懐かしい気がした。遠くて苦しいはずなのに、僕は笑っている。もっと、素直になれたらな。君といたいなんて、ずっと思っていたのに。
「突然ごめんなさい。どうしても、気になってしまって。」
ああ、いつかと同じだ。でも、もう僕はあの時とは違う。
声の主が言葉を続ける前に問う。
「……まだ書きかけですけど、読みますか。」
高鳴る鼓動に息を呑む。振り返った僕の目には、涙の浮かぶ文目が咲いていた。
「……はい……!」
そこに綴られていたタイトル。僕の、ささやかな願い。
『君が花に溺れるまで。』
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