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奈落の底でも最弱でした。
生まれ変わる
しおりを挟む「キュ? キュッキュッ……シャァア!!!」
可愛らしい鳴き声から一気に威嚇の声へと変わった。あの狼のような青い線が、薄らと血管のようにいくつにも分かれて描かれていた。そして、この時になって、ようやく蛍は気がついた。
「!?」
金縛りにあったように体は動かず、声も出ず、瞬きすら許されなかった。その間に兎もどきは蛍との間合いを詰め、1番尖った棘──つまりは角の先端を蛍の顔に目掛けて構える。
その瞬間、ようやく金縛りが解けた。直後、兎が飛んだ。蛍は回避しようと全力でしゃがむ。しかし、枝状に別れている兎の1番下の1番小さな棘が、蛍の瞼を貫通して眼球に抉りを入れた。
「っつ!! 痛てぇぇぇえ!!……こっの……離せぇ!」
兎もどきの腹に思い切り蹴りを入れ、無理やりではあるが、距離を取った。左目に穴が開き、空気が出たり入ったりする感覚と血が溢れ出ている感覚が同時に分かった。
「あぁぁぁ!! 痛てぇ……! くそっ……左目がっ!」
しゃがんで、左目を抑える蛍と蹴りから起き上がる兎が睨み合う。状況から見て蛍は逃げることを判断する。チャンスは1回。上手く行けば、成功する可能性はあるが、失敗すれば命は終わる。
お互いが攻撃する合図は、風の靡く音が終わるのと同時に始まった。蛍の予想通り、兎もどきは渾身の頭突きだった。さっきの2倍は速い速度で、次は胸を目掛けて飛び込んできた。
それを予想した蛍は、しゃがんだ時にこっそりと掴んだ砂を、真っ直ぐ突っ込んで来る兎もどきの攻撃を右に避けると同時に、目に目掛けて砂を投げた。命中した兎もどきはム〇カ大佐のように目を抑え、藻掻く。その隙に蛍は逃げた。
「はぁ……はぁ……ちきしょう……目が……」
カッターシャツを無理やり切り、それを包帯代わりとして左目に巻き付ける。応急処置程度しか出来ないがないよりはましだった。
洞窟に着く頃には、空は曇り、ポツポツと雨が降っていた。小さな窪みのある石を並べて降ってくる雨を貯める。一定の量が溜まるとそれを一気に飲む。普通の水なのに何故か力が少し湧いてくるのだ。そして、雨は大降りになってきた中なのに蛍は少し歩く。
「俺はこんな所で何してるんだ……? 情けねぇ……こんな所で躓くわけはいかねぇんだ!」
今、蛍の体を突き動かしているのは、心にあるのは復讐心だけだった。
こんな場所に捨てた騎士を、何食わぬ顔で賛同した家臣を、蔑んだ王を、馬鹿して来たクラスメイトを必ず地べたに引きずり降ろすために生きる。それが蛍の全てだった。
これが目的。これこそが生きがい。学校にいた前までの普通のやつだった頃の蛍とは、もうおさらばの時間だ。
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